2024年10月17日

「山窩物語」

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山窩物語〜日本のジプシーをさぐる〜 --- 三角寛/著 読売新聞社 1966

古い本だわー。図書館で借りました。

サンカと呼ばれるようになった(著者も書かれていますが、山はともかく、窩 という字を当てるのは実情に則さないそうです)人たちの途方もない魅力はともかくとして

特におもしろかったのはお産の習慣の記述です

そういえば、ってすっかり忘れてたけどわたし
自分が出産した前後は
結構なお産マニアでありました
(マニアっていうかさぁ、興味があるものはひたすら研究したいのよね)
わたし自身はそうして病院でなく助産所で出産したのでありますが
この辺りのあれこれはむかーしおさかなやにも書いたことがあったような(なかったような)

ともあれ
妊婦の衛生
産湯使わぬ分娩(みふたつ)
というのがその章です

著者も書いていますが
「瀬降の女は出産について(中略)一般社会のように大騒ぎはしない。
予定日が来ても、平然として働いている。
ユサバリを畳んで、移動中にも産気づくことがある。
そんな時でも、肩の天幕を下ろして、その場で産む。
かつて、異常出産の実例がない。
ということは、それが本来の人間の常態である。
にもかかわらず一般社会に産婦人科が繁盛して、異状産の増加しつつある現在としては、実に驚くべき常態の事実と言わねばならない。
したがって、医学の未開の分野が、ここに秘されているのである。
謎ではない」


これだけ体を動かして、自然の中で生きるのは、今の日本ではめまいがするくらい難しいことだろうけどなぁ
でも
研究すれば取り入れられることがもしかしたら、あるんじゃないかなぁ

そしてお産だけではなく。

posted by しろくま at 18:37| Comment(0) | こんなん読みました^^

「タカツカヒカルの右脳開発セミナー」

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タカツカヒカルの右脳開発セミナー --- 高塚光/著 東急エージェンシー 1995

この方の本は3冊目なんだけど、これが一番おもしろかったなぁ

今は左脳社会に極振れてしてるので、これからは右脳を・・・

みたいな趣旨なんですけれども

例えばね。
「感覚と感情を退化させた現代人」っていう章に
こんな指摘があります

「テレビコマーシャルほど人間の感情を削っていく媒体はないと思っている」

「時間がくればそんな人間の感情にはお構いなしに、なんの脈絡もなくコマーシャルが割り込んでくる」

「みている人間は喜怒哀楽の感情や余韻の受け皿をなくし、切断されたその感情は未解決のままに取り残されてしまう。
そんなことが繰り返されているうちに、現実にさえも鈍感になって、現実味を伴わない映像のように心と現実がどんどん乖離していくのだ」


今の例えば若者たち(この本が書かれたのは平成7年ですが)
の虚無感みたいなものもテレビコマーシャルの影響だと

コマーシャル!
いや言われて見れば本当にそうだなぁ
ぶつぶつっと切られてしまうことになんと慣れっこになっていることか

そしてTVニュースでウクライナやガザの爆撃の様子を流しながら
ご飯食べたりしているお茶の間の異常さときたら


印象に残ったのは(また↑とは違うところなんだけど)

「いかに自分のことを信じられる自分をつくっていくか」
というくだりです

少し前から引用すると

「人間は、『人間の本質は何か』ということを見極めるために修行している。仏教に入ってお経を丸暗記して、毎日を読経三昧で明け暮れたり滝に打たれたりしたからといって人間の本質を知ることができるだろうか。
人間の本質を知るためには、自分自身の問題と直面してみなければ分からない。それでは次に自分自身と関わるときに、何を修行の目標にしていくかというと、それは
『いかに自分のことを信じられる自分をつくっていくか』ということなのだ。
これは傲慢になったり、エゴイストになれということではない。
『自分という存在は、いい意味でも悪い意味でもいろんな面を持っている。長所も短所もある』
(中略)
『自分のことを信じてくれる最高の人間というのは、自分なんだ』ということに気づくことが修行の一つであるのだ。そのことに気づくには、(中略)人間関係の中で行動してみなければ分からない」



話は飛びますが、先日車を運転していて
たまたまStingの"Englishman in NY"がかかっていて
コーラスのリフレインが

Be yourself, no matter what they say

何度も何度も聞こえてきて
いえ、もう若い頃から何百回も聞いてきたフレーズなのに

初めて、ハッと思ったんですよね
このリフレインが耳に残って
心の中に想いが入ってきたんですよね



自分って
自分を信じるって
自分はこういうもので大きくも小さくもなくってこれがわたし
それが素晴らしくて素敵だと思う
ってことで

そう聞くと一方で「等身大の自分」っていう言葉があるんですけど
なんか近い意味のように思われるけど
でも

等身「大」って
いや別に、大きいとか小さいとかっていうことじゃなくて
大きいのがよいとか小さいのがいいとかそういうことでもなくて
サイズじゃなくて


これがわたし

他の人が(あるいはむしろ自分の狭い自我が)なんと言おうと
これがわたし


っていうのがなんかストンと胸に落ちてきた気がします



そんなこんなちょうど巡り合わせのようなこの本なのでありました


posted by しろくま at 18:21| Comment(0) | こんなん読みました^^

2024年10月13日

ボディーコントロール講座に行ってきました

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この写真、なんのことかわかんないでしょうけども

車のフロントガラスにとまっていた蛾を室内から撮ったものです
なんかねー
ピントが、会わないんですよねー。接写したかったんだけど。


ところで
うまさきせつこさんというかたの、「ボディーコントロールレジスタードマーク︎」をお試し受講してきました

わたしのこの
頑固な反り腰と巻き肩と腸腰筋の使えなさを本当にどうにかしたいからなんですが

場所が分かりにくくてちょっとトラブルがあったものの・・・


よかったです!

うまさきさんは最近instagramで知ったんですけど
モダンバレエを長年やってらして
まぁ動画を拝見すれば、体の使い方のプロだなぁということはすぐに分かりますが


5人ほどの集まりの中
丁寧に体を見て指導してくださって
おっしゃったこと全部はとても理解できておりませんが

ひとつとっても、(わたしにとって)新しいことをいただいて帰ってきました

あ、2つかな


ひとつは、足裏の重心のこと。わたしずいぶん前重心だということがわかりました
それで足裏の使い方を教わりました
すると甲野善紀さんの、「膝は伸ばさない」が、初めてしっくりきました。

もう一つは
脊椎を・・・わたしの場合は腰椎を・・・

(わたしの場合は)ひとつずつ後ろへ動かすこと


これ、色々指示が飛ぶ中でやったことの一つで
その時の感覚を
大変新鮮に思ったのです

おほー!

考えてみたら腰椎が前に傾いているのだから
それを真っ直ぐに近い角度に戻せばいいんだけど
それを実際「やって!」と言われるまで
(腰椎、という言葉などは使われませんでした)
やったことがなかったという


週1の教室なのですが
大変面白かったので
しばらく通ってみようと思っていまーす。
自分の体のことだけど
いつでも色々新しい発見があるので
おもしろいです!



posted by しろくま at 13:46| Comment(0) | 日々雑感

「『大地の再生』実践マニュアル」

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「大地の再生」実践マニュアル〜空気と水の浸透循環を回復する〜 --- 矢野智徳・大内正伸/著 大地の再生技術研究所/編 農文協 2023

もう忘れてしまったんだけど以前、このかた(矢野智徳さん)の映像を・・・
映画だったかも・・・
みたことがあって、すごく感銘をうけたことがある

今回全く不意にといいますか幸運にもといいますか
友人の友人がこの方をお呼びすることになったそうで
(入手した土地を見てもらうということで)
矢野さんたちにお会いできる機会をいただき
大喜びで参加してきました

矢野さんとお仲間たちと一緒に草刈りして、お話を聞きました

いやーすごかったなぁ

本読んでもらったら、あるいはYouTubeなどで見てもらったら詳しくはお分かりになれますが
このかた

日本の国土を「水」と「空気」の流れで見ている

マクロからミクロまで


でもコンクリートの構造物やなんかが
概ね「直線」が
その流れを止めてしまっているのよね・・・



本文中にありますが
2018年に北海道厚真町で大規模な土砂崩れがあったでしょう
海からは海からは結構離れたところの。海側の斜面でしたねそういえば

周辺を大きく見たら、その斜面の先には苫小牧周辺の開発地区と港湾があるのですね

「ダムによって気・水脈が分断されただけでなく」
動きを止められた水が詰まって
「地中飽和水の上昇」を起こし、地形的な特徴がそれを促進し・・・

という図式だそうで

これってでも
多かれ少なかれ
日本のどこでも起こっていること



今回矢野さんのお話を(小雨の中で)お聞きして
1番印象的だったのはその視点の大きさと繊細さです


わたしは北海道から戻ってくるとよく
(北海道では、家々に覆われていない土地をたくさん見るものだから)
地元の風景の中に(家々で覆われている)大地の起伏を感じることがあるんだけれども
(そしてその都度感動するんだけれども)
なんかその感覚を思い出した


思い出しながら

我が家の藪化した庭の草刈りをしようかなぁ
季節はすでに
気持ちのよい秋なのであります






posted by しろくま at 12:42| Comment(0) | こんなん読みました^^

2024年10月04日

なんの日?

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これを見に難波まで行ったのに
なんと10月1日で終わっていたという・・・
(北海道展をやっていたから、てっきりその一部だと思い違いをしてたわたしの早合点)

いやー
わたしなんのためにここにいるんやろ

ってことで
とりあえず物産展で奮発してお寿司を食べ(梅田ならもっと並んでるんじゃない?難波の方が空いてる気がする)

軽くぶらぶらしてたらPIAFFEのお店があったので(大阪にできたばかりらしいんです)
馬モチーフのピアスを買い

梅田に戻って紀伊国屋書店で馬の外乗の本と馬が主題の小説の本とパウロ・コエーリョの本(アルケミストじゃないよ)を買い
地元の駅に戻ってきてカフェに入ったら風変わりなおばさん(わたしより年上な感じ)が
お店の人になんかのコピーを突きつけてこれを読めといってて
(多分ワクチンの害に関することじゃないかなぁ?何人死んだとかいい気味とか言い募っていてお店の人が引いていた)

いやー世間にはホントいろんな人がいるもんよねぇ

でまだ日の高いうちに戻って参りました

what a day ...

蓋を開けてみたら馬の日?
けどピアスかわいいのよ。写真撮ったら上げてみましょう
posted by しろくま at 20:26| Comment(0) | 日々雑感

「闇の虹水晶」

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闇の虹水晶 --- 乾石智子/著 創元推理文庫 2018

オーリエラントシリーズの作者の本です。
違う場所が舞台だけど
まぁおんなじ(シリーズの)ようなもんだわね。

今度は
人の感情や資質が色で見える、
それに手をかざし石に変える(その人からそのエネルギーを抜き取ることになるね)ことのできる
「創石師」という青年が主人公。


あー面白かった
おもしろすぎて他のことが停滞いたしまする
posted by しろくま at 19:55| Comment(0) | こんなん読みました^^

2024年09月25日

「沖縄の聖地 御嶽〜神社の起源を問う」

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沖縄の聖地 御嶽〜神社の起源を問う --- 岡谷公二/著 平凡社新書 平凡社 2019

沖縄や八重山 先島諸島あたりに行くと

あ ここはいったらあかんとこやな

ってピンとくるようなところがあります
(思い出すのは大神島 とか 波照間島 とか・・・)


森だったり
あるいはちょっとした林の向こうの空き地だったり
もしかしたら勝手にそんな気がしているだけのこともあったかもと思うけど
でも
間違って失礼をしてはいけないと思うので危うきには近寄らず(あ、意味違う)なのであります

ってわたしは、結構慎重に遠慮するタイプなんでありますが

まぁこのかたは、研究者っていうこともあると思うんだけど
でも、しかも男性なのに
平気でいろんなところに入って行ってたまに怒られたりしてるんであります

(すごい心臓)

だけど
おかげでこういう面白い本も読めているんよねぇ

章立てを見ていくと

御嶽とは
御嶽遍歴
神社と御嶽
貝の道
済州島
新羅の森

とありまして
つながりを求めて
御嶽と似たありようの聖地を持っている(でも寂れなくなる様子でもある)
日本列島で言うと日本海側を遡ったり(「ヤブサ」など)
あとお隣の韓国にも(「堂ダン」と呼ばれるそうです)調査に行かれたり
すごい熱量に頭が下がります

似たありようの聖地というのは
森や巨木や石など
その「場」を聖地としていること
女性が場を取り仕切ること
その他の人、もしくは祈りの日以外には(厳しい)禁足地となること

面白かったです

そこには明らかに何もないのだけれど
神の遊ぶ地、神の訪れる地であることから
まったく人工のものを強い意志で排除しているのだと

「人工のさかしら」という言葉が心に残ります
posted by しろくま at 19:04| Comment(0) | こんなん読みました^^

2024年09月22日

建仁寺と意識の関係

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京都行ってきました。
行きたかったのは建仁寺。

天井画の双龍を描いた、小泉淳画伯の展覧会が
夏は(京都に)足を踏み入れたくなかったので待ってたんだけど
連休最終日まで・・・
連休中は行きたくない・・・

ということでまだ暑い京都へ。覚悟して行ってきました

建仁寺。

りーっぱなお寺やぁ
天井の龍の皆様もすごかったんだけど
襖絵の方々もすごかったんだけど
わたし一番びっくりしたというか感動したのは
これでした

風神雷神。

あのね
観音様を中心に
向かって左に絢爛豪華な(おなじみ)「風神雷神」の絵。(複製らしいんですけども)
右側に、シンプルかつダイナミックな「風神雷神」の書。

これ
人間の意識と「右脳と左脳」を表していませんか

イメージの右脳と論理の左脳。

もしくは
イメージ思考と論理思考。
visual thinkingとverbal thinking.

真ん中に自己がいて、二つの思考形態がある人間観。
(ちなみに私自身は visual思考優位の、でも両方使うタイプです)

小宇宙としての人間観と
大宇宙としての世界観。

禅的に言うと別の説明があるのじゃないかなとは思いますが
わたしはaweに包まれしばらくそこを動けませんでした
ということで・・・


素晴らしかった。ぜひ一度体験してください。


あ、それとですね
(天井画の双龍はいつでもみれるみたいなんですが)
画伯の展覧会は期間があって
でも結構たくさんの作品が境内の書院とかにも飾ってあったのですけど
(これもいつでも見れるのかはわかりません。たぶん違うんじゃないかな)
やっぱ暑い中行ってよかったなぁー!と思ったのは
今回の展覧会の図録が。

アイディアにあふれていてすっごく素敵でした
posted by しろくま at 12:16| Comment(0) | 日々雑感

2024年09月16日

モノビジョンていうの?

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先日ひょんなことから、はじめて!気が付いたんですけど

わたし遠くは右目のほうがよく見える
でも
手元みたいな近くは、左目のほうがはっきり見える

んです

びっくりしたわー。

で、これって何なんですか?って少しググっていたら

モノビジョン
っていうものがあることを知りました
どうやら
白内障の手術をしたり、コンタクトを作る、つまり両目のレンズを人工のものにするときに
わざと
片目は近くに、もう片目は遠くに焦点を結ぶようにする方法があるそうなんです
そうしたら
(デメリットはあるとはいえ)
脳が片目ずつを器用に使い分けることができるために
近視や老眼のメガネがいらない生活ができる
のだそうな。

とはいえ、人工処置では脳がなかなか適応できないことも多いらしく
もともとモノビジョン的見方をしていた(脳がもう慣れている)人にしか勧めない、って書いてる眼科のお医者さんもいらっしゃいました。

へー。そういえば、わたし、裸眼で運転できるし、老眼鏡もいらないんですけど
これってモノビジョンだったんやー。

でも
最近、うれしがってYouTubeばっかり見ていたためか目が疲れて?
調子悪くなったことあったし
(気持ち悪くなって画面見れなかった)
そうそう、zoomのセミナーも数日続くと気持ち悪くなっちゃうので

目の酷使は苦手なのかも。
画面の見すぎは気を付けなくっちゃ。
本はいけるのにねぇー(全然違うよね、たしかに)
posted by しろくま at 15:47| Comment(0) | 日々雑感

カトリック夙川教会


(画像はwikipediaより)

先日フランス語の授業で、前置詞の勉強をしていて
道順を説明する作文(宿題)をそれぞれが発表していた時に
わたしは近くの教会へ行く道順を、遠藤周作さんの逸話も絡めて説明してたんですね

そしたら先生(フランス人)が、
教会の建築様式がご自分の地元(フランス西南部)のものにそっくりだっていうので
そんな話になって、それでググっていたらカリヨンの音色がYouTubeに上がっていたのをみつけて
音出してみたんです


知らなかったけど曲になってるのね
そしたら、先生曰く
この曲、僕の地元の曲だー!セカントー!!!って(Se Cantoかな
すごーく喜んで

そうよねぇ、たとえばじぶんが外国に暮らしていて
ふとふるさとのなにか。。。たとえば母校の校歌とか。。。を聞いたようなものかもねぇ


教会のホームページなどによると初代の司祭さんがフランスの方だったそうで
創建時から、地元の人々にも愛され大切に守られてきた教会なんだなぁって
改めて感銘を受けた次第。

それと、なぜか遠藤周作がこのごろでてくる。






posted by しろくま at 14:29| Comment(0) | 日々雑感