2015年01月08日

「イティハーサ」


イティハーサ(全7巻) --- 水樹和佳子/作 早川書房 2000

そして新年第2弾はこれ。マンガです。
年末に読み始めたんだけど、体調が悪くても布団の中で残りを読み切ったわ
(かえって嬉しかったともー)

( ̄w ̄)


古代日本が舞台でね
神代文字なんかも出てきてね
モチーフも面白いファンタジーです



ユートピアのウソ臭さはなかなかぞっとするものがありましたけど

ストーリーはもっとおもしろくてもいいと思うなぁ
なんていうか
いろいろ細かいところが気になって、
どの登場人物にもイマイチ感情移入ができなかったし。
(しいていえば女性剣士の桂くらいか)

やっぱ絵があるから(も、ある)かなぁー


またいつかよみかえしてみよう
posted by しろくま at 21:44| Comment(0) | こんなん読みました^^

「馬語手帖」


馬語手帖 ウマと話そう --- 河田桟/著 カディブックス 2012

あけましておめでとうございます。

と、いいつつ、もう8日でございます。ご挨拶が遅くなりました。

今年は2日からオットの実家へ行き、4日に戻りましたが
その日は夜明け前から下痢嘔吐(多分食あたり…)で苦しんでおりました。
昨日あたりからようやっと元気になり、今日は完璧に元通りでございます。

身体のエネルギーが不調なのも大変ですが
(吐き下しは結局4日だけでしたが、お布団で寝ていても腰から下が板のように冷えて
それはそれはしんどかった。)
そして回復すると
ぎゅーーーーん!!!
ってエネルギーが身に満ちているのがよくわかりますが

心のエネルギーの枯渇も辛いものですよね。

…っていうのをわたし、去年の12月(確か8日)に大変わかりやすく実感いたしました。


心のエネルギーがないなーー…って言う日は、そう思ったその日は、
もう何もする気にならなくって
うつってもしかしてこんな感じ?って思いましたけど

次の日にはエネルギーが戻っていて
さっぱり!さわやか!元気!!!ってその落差を実感しました

とってもたいせつ。心のエネルギー…




余談が長くなりました

この本は、文字通り去年が今年になるときに読んでいたもの。

すきだなぁこういう、素朴な本。
シンプルで手作り感があって


与那国馬っていうずいぶん小さいお馬さんと暮らす著者が
馬の言葉…しぐさや表情や距離感などの持つ意味…を
イラスト入りで丁寧に解説してくれています
(詳しくはこちらを)


ほのぼの。

与那国島に行ってみたい。(心の充電ができそう)



本年もどうぞよろしくお願いいたします。楽しい一年にしましょうね^^
posted by しろくま at 21:29| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年12月30日

「給食で死ぬ!!」


給食で死ぬ!! --- 大塚貢+西村修+鈴木昭平/共著 コスモトゥーワン 2012

なんだかすごいタイトルでしょう
でも内容はそうカゲキでもなくすこぶるまっとうなのよ
じつはこの映像↓を見て読みたくなりました

これダイジェストです


kindle版が安かったしすぐ読めるので買ったのですけど

あーーキンドルキライ〜〜〜〜〜〜

ハイライトしても(なんかトラブルが起こって?)消えちゃうし
複数ページの参照がめちゃくちゃめんどくさいし
写真は白黒だし(iPadで見たらカラーだけどハイグロウで目が痛い)
おまけに
安いわけじゃん DVDついてないし!(って本読むほうが早いから同内容なら多分見ないけど)


ストレス溜まりました(やっぱリアル本がいい)


このvideoにもでてる大塚さんって方は
元長野県の中学校の校長先生で、
子どもたちのために給食を改善して、花づくり花壇づくりを教育にとりいれて
先生たちも巻き込んで分かりやすい授業を追求して
(すごい熱意とパワーと信念!だったんだろうなぁ)

子どもたちや学校が変わって行った様子が
素晴らしかったです

あといろんな少年事件の環境も独自に取材されてて。
(食と花の視点がほとんどでしたが)( ̄w ̄)
でもわたしがとても知りたいところでもあったので
興味深く読みました

この方は子どもたちが荒れる、キレる原因を「食事だ」っておっしゃるけど
松本先生は「心のエネルギーの枯渇だ」って傾聴をされるけど

そしてどちらも(お二人によると)とても改善に効果があるようだけど

きっとどちらでもあるんだろうなぁ
いろんな事柄はつながっているわけだしなぁ


だから
そうか、食!!これしかない!!っていうのって、気持ちを強くもつためにはいいと思いますが
排他的になってはいけないなぁと思います


いやーでもホント、私は気をつけている方だと思うけど
やっぱり(これからも)気をつけよう…

あと花もねぇ。
お庭きれいにしたり、花に水をやったりって苦手分野だけどすこしチャレンジしてみようと(また)おもいました
植物をいつくしむってことなのよね要は…



鶏のえさ(輸入飼料)のことも…
(これは最後の方の文章ですが)
ちょっとぞっとしましたです…


糾弾的に聞こえるから
タイトルで拒否感持つ人もいるかも。でも読んでためになる本だと思いました

posted by しろくま at 23:43| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年12月28日

「カワサキ・キッド」


カワサキ・キッド --- 東山紀之/著 朝日新聞出版 2010

ヒガシって同い年だったんだぁ
(あまり興味もないもので知らなかった)
ダンスがひときわうまい、いつも超然としている人だと思っていたけど

あの無愛想なのは緊張してたのね
そして
ダンスのうまいのは努力とプロ意識の賜物だったのね

脱帽…

「古今東西の偉人たちの生涯を知り、僕はあることに気づいた。
彼らは自分の中でルールを作り、それを徹底的に守ったということだ」

彼もまちがいなくそんな人の一人であるようです

貴公子然とした風貌から想像しづらいけど(でも影があるともいう)
同世代なのにヨイトマケの残る(そういうのってあの時代田舎よりもむしろ大都市郊外なのかも)地域で育ち
子どもなりにいろいろ経験して考えて育ったことも
きっと今の東山さんを作っている大切な栄養分かもね


ダンサーらしい感性が心に残りました
幼い頃、体の不自由なおじいちゃんにつき添って歩くことが日課だったそう。
「それは僕にとっては、まるで違うリズムを体得する機会になった。
人間は年齢によってリズムが違う。

(中略)
自分のリズムを相手のそれに合わせると、年齢の違う人とも仲良くなれると、僕は漠然と気づいた。
いま思うと、役者にとっても、生きるうえでも、リズム感は何よりも大切なものだ」


TV出演後追っかけの車が50台、でもマッチは100台だったから特別な感慨はなかったって
若い(頃の)アイドルならではの傲慢さも書かれています^^


よい本でした!
posted by しろくま at 11:18| Comment(0) | こんなん読みました^^

「ピンチさんのHAPPY HORSEMANSHIP」


ピンチさんのHAPPY HORSEMANSHIP 〜馬と仲良くなれる本〜 ドロシー・H・ピンチ/文とイラスト 牧浦千晶/訳 恒星社厚生閣 2012

著者は私の生まれたころにはもう亡くなっていた方ですが
この本は以来ずっとロングセラーなのだそうです

今年、私が新しく始めたことは二つありまして
ええと、習いに行ったのは金継ぎとかへそ道とか他にもありますけれども

なんというか感覚的にメルクマールな感じなのは二つ。

傾聴(療法士講座の受講)と乗馬です

乗馬はねー
うちの近くに乗馬クラブがあってここに転居してきた10数年前から
いつか習いたいと思っていたんですけどホラ
小さい子どもがいるとなかなか通えないでしょう(あとまた妊娠するかもしれないし??)

けどもうそろそろ大丈夫かなと思って
長年の夢に踏み出しました^^


乗るのももちろんだけど、馬装(馬の手入れと鞍や手綱をつけたりすること)が
手順が多くて難しくって
はじめのうちインストラクターの方の指導をよく聞いて体当たりで挑戦しておりましたが
そろそろ
なんか本読んでもいいかな〜って

(いきなり読んでも未知すぎて多分頭に入らなかったなと思うのよね)


いくつか当たってみましたがこの本素晴らしいなって思いました
馬の独白、って形で分かりやすく楽しくきめ細かく書いてあるんですけれども
なんといっても
イラストが秀逸!!

ムーミンみたいに難しい顔してたりさ( ´艸`)

ちゅん2に見せたら「かわいい…」ってうけてました(←ムーミン好き)

馬の習性とか体のつくりとか
手綱(頭絡)の構造とかやっぱり今読んでよかった〜

まだ後半は全然意味分かりませんけど
(駆足とか襲歩とか外乗とか…)

いつかは行きたいなぁ!外乗〜〜〜〜

(精進します。それでもってこの本も読みこもう♪)


それはそうと
新しいこと始めたんだから、古いことをいくつか手放さないとね…




posted by しろくま at 11:06| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年12月26日

「神さまとのおしゃべり」


神さまとのおしゃべり --- さとうみつろう/著 ワニブックス 2014

ちょっと前から気になっておりましたが買うまでもないかなぁとその都度思いなおし
だってさあ
よくあるオモシロいスピ本じゃないの?っていうか〜
これみたいな。これもおもしろかったけど!)

本屋でも素通りしておりましたが

ソレガなんどもなんども目の前に現れるもんでとうとうつい
amazonでぽちっと買ってしまいました

それで…

あぁでもね
おもしろかったんです
それに
イイカンジなんです(なんのこっちゃ?)


結構分厚い本なんだけどでも軽〜い感じですぐに読めちゃいそうな本なんですけど
隙間の時間に少しづつゆっくり読んだんです( ̄w ̄)

でもそれがちょうど
わたしの日常の進むペースと本の内容がわりとシンクロしてたっていうかね
そのとき読んでる内容と関連のある気づきが前後に起こることもあるっていうかね
(我ながらユルイ)

ええと
まずは
神さまのおことば集。こんなかんじです(いや作中はもっとずっとファンキー)

「自分の固定観念を知りたければ、目の前の『現実』を見なさい。
そこに映っているすべてが、あなたが勝手に信じ込んだものだから」

「感情が湧く場所には全て、確実に『固定観念』という前提がある」

「たいていの場合、自分の信じている深層意識の意見は『他人』を使って言わせる」

「人間よ、あなたの『現実』を見て『現実』よりも先に笑いなさい。
鏡は先には、笑わないのだから」

「その目の前のできごとは『いいこと』の布石なのかもしれない」


このあたりを読んでですねぇ(こんなことも実は思いだすのだが)

あーー あれか〜〜〜

って思ったことがつい最近ありました

少し前神戸に行く用事があって、
車停めて電車乗って行くには少し時間が足りなかったので車で直接向かったんだけど

なーんか道チョイ混んでて!
で、国道と並行して走ってる高速道路に乗ったらもっと混んでて!!

むむー これじゃ国道の方が早かったかもだよ…


なんて内心大変焦りながら運転しておりましたが
ふと。

でもさー 下走ってたら自転車が出てきたりして交通事故起こしてたかもしれないじゃん?


なーんて能天気な考えがふと浮かんで

いいじゃん 高速道路にして よかったかも♪

なんてただ、心の中でそう思っただけなんですけど
気持ちは打って変わって穏やかになり
なんだか渋滞もだんだんおさまり
なんと
時間前にちゃーんとついちゃったという…


それを思い出して

この神さま
ちゃんとしたこと言ってるわぁと…( ´艸`)


つづき〜
「他人を褒めることで、自分の幸せに気づける。
幸せになりたかったら、他人を褒めなさい。これが一番の近道」

「完全に『現実』の全てが愛おしいという目線に戻れた時…(中略)
本当の私の視点に重なる!
その場所に戻れれば、DVD
(今見ている現実)は替え放題」

「矛盾を認める」
(←これすごーーーく深く結構難しいよ)


じつは
ここ数週間、歯医者探しをしていたのです
高校時代(ってもう30年前だーーー)に折れちゃった前歯に
そのとき接いだ歯がとれちゃってさぁ

何年か前に歯痛を起こした時にお世話になった歯医者さんに行ったら
そのとき担当してくださった先生は独立していなくなってたし
別の歯医者さんが診てくれたけどなんだか違和感が…

で、
歯医者の評判って結構当てにならないもんなんだけど少し調べて
別の医院に行ってみたらそこが今度はすごい乱暴で!

帰り道泣きたくなりながら運転していましたのよ

でもね
再度調べに調べて悩みに悩んで決めた別の歯医者さんに行ってみたら
それがまぁ!
すごーーーーーーく素敵な、“普通の感覚をお持ちの”歯医者さんでーーーー!!!

いやあのときの絶望感は日の出前のいちばん暗い時間だったのね。

なーんてことも
この本を(別の箇所ですけど)読んでたら思い出した

ということで日常の現実の全てが愛おしいような気持ちにちらっとなりました
(でもやっぱりなるべく骨身にしみることはスル―していいことだけ起きたらいいなぁ)
( ̄w ̄)

しばらくそのあたりにおいていたのでちゅん2もオットも興味深げに
眺めてましたがちゅん2はちらっと読んでたかな
曰く
「この神さまの言ってることって結構へりくつだねぇ。
…まぁ視点を変えてみたらいいよ、ってことだろうけど」

いやいやあのちびっこちゅん2↓が
2004-04a.jpg
いっちょこまえにこんなこというようになったかと思うと
また別のところがツボですが…
( ´艸`)♪


この本おすすめです


※そうそう、もちろんこの本を若干パロっていえ敬意を表していると思われます
<


posted by しろくま at 16:09| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年12月25日

「ウエストウイング」


ウエストウイング --- 津村記久子/著 朝日新聞出版 2012

「エヴリシング・フロウズ」の主人公ヒロシくんが
この小説では主人公の一人。
あっちでは中3で、こっちではまだ小学生だけどもね。

「エヴリシング…」ちらっと出てた、
昔通ってた塾(あたり)が舞台なんだけど

で、時代はほぼ今(みんながスマホとか使ってる)なんだけど

この舞台になっているビルのロケーションは
昔わたしが会社勤めしていた頃のすぐ近くっぽくて(貨物ヤードの反対側)

本当はすごいビルが建っているところなんだけど昔は結構古いビルがあったような
そんなあたりをイメージして読んでました

(でも読み終わってから1週間ほどたってしまったので読後感は薄れてしまった)



小学生の男の子がそのビルで働く他の2人と期せずして文通チックなことをするっていう
その他にもいろいろ大人たちとのつながりが生まれたりして
きっとお母さんにしてみたらひゃぁ〜〜って感じだろうと思うけど(バイトもしたりね。知らぬが仏)

でも
中2のヒロシくんより小5のヒロシくんの方が魔法がかっていておもしろいなぁ。
思春期前夜ってそういう感じだよね。うん。



こっちを後に読んでよかったのかそうでなかったのかしばらく考えました

始めのうち(主人公たちの平凡な生活に)少し読む気が遠のくけど結構おもしろかった
posted by しろくま at 09:23| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年12月16日

「幼ものがたり」


幼ものがたり --- 石井桃子/作 福音館文庫 2002

だれもが知ってる(そしておせわになったであろう)日本の児童文学界の重鎮石井桃子さんです
幼い頃の思い出を、老年になられてから、思い出しつつ書きつづられたエッセイです

人生の終盤に差し掛かって
子どもの頃のことが鮮やかによみがえってくるってあるのだろうなって思う
(それで結構呼応しているものなのかも…わたしはまだあまり実感していませんが…)

でも
あれこれ思い出してみたりしました(読みながら。わたしも)



1907年(明治40年)生まれの石井さんは6人兄弟の末っ子だそうです
読んでると
末っ子気質というか…がすごく鮮やかに際立っていて

わたし(長女)なんてちょっと苦しくなります

同じ100年前の回想録でも
以前読んだこっちの方がずっと
(境遇はずいぶん違って過酷でも)ワカルっていうか、心に摩擦が少なかったかも


もちろん末っ子なりの気遣いや気苦労はあったでしょうけれどもね
だからどっちが恵まれてるとかどっちが気楽とかはないんだろうけれどもね
やっぱり

あー末っ子って甘えられてるなぁって
思いっきり泣いても「まぁ小さいから」って多めに見てもらえたりとかね
ある種の傍若無人さがね
気兼ねせずに好きなことにつき進むまっすぐさというかね

うらやましい

いいなぁ


そういうの、してみたかったんだろうなぁきっとわたしは〜



石井さんの一つ上のお姉さんのことを書いた文章の中に
こういうくだりがあります

すぐ上のお姉ちゃんは小学校に上がってから
しばらく一人で(誰かの付き添いなしには)学校に行けなかったんだそうです
よくよく聞いてみてわかったのが…

「姉が、ひとりで学校へいけなかったのは、
帰り路のどこかの角で、『人さらい』が、むっと顔を出すような気がしたからだそうである」

「ねえさんがついていかなくなってから、
姉は、どのくらいの期間、『人さらい』の恐怖とたたかいながら、
必死の思いで学校から帰ってきたのだろう」


( ´艸`)なるほど。
はたから見てはわからないけれど
子どもの心の中でこういう嵐のように何かが席巻していて
それがその子には…その子の世界では…重大事なんだってこと、あるよね。

「しかし、子どもは、だれも、自分で切りぬけなければならない、そういう心の問題をもっているのだろうし、
もつべきなのだろう。
それが成長なのだと、私は考える」


ここまで読んで、私ははたと思いいたりました。
これ
あった!!


やっぱりちょうど(わたしの場合)
幼稚園年長〜小学校に上がるか上がらないか
ってくらいだったと思うんだけど

当時のわたしはねー

「死」ってことがすごくこわかったんですよね

たとえば

棺おけに入れられた後で目が覚めたらどうするの?
焼かれてるときに気がついたらどうするの?

コンセントにヘアピンを挿したら感電して死ぬの?

母親に聞いてもあまり相手にしてもらえなかったような気がする。


ある日母が朝TVドラマを見てて(たぶんNHK)
おじいちゃんがこたつの中で寝ているうちに死んでしまうシーンがあったんですね
それが心にすごく強烈な印象を残して

「こたつで寝たら死ぬんだ」って思いこんでました

うちには当時こたつはなかったんだけども
(うちだけじゃなくって、当時札幌の家でこたつに入ってる人を見たことがないです)
小4で関西に越してきて家にこたつがきて
しばらくはこたつに入るのも妙に緊張してたような…


コンセントで感電云々に関しては
ある日どうしても「コンセントにヘアピンをさしてみたい!!」って衝動にあらがえそうになくなって
身の安全のために
家の外に逃げた
のを覚えてます
(その時階段の踊り場の窓から外を見て、ほっとしたのをすごーく覚えてる)

あと
裏手の公園の隅っこでティッシュをこっそり燃やして炎に見入ってみたりね。


変な子〜( ̄w ̄)わたし、へんかなぁ

って自分では思ってたかな

でも

そういうことって
心の中の恐怖とたたかうようなことって
あるのよね こどもって ホント


いつのまにかそんなことを思い煩うこともなくなって


それが成長だったのかな





posted by しろくま at 11:45| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年12月09日

「エヴリシング・フロウズ」


エヴリシング・フロウズ --- 津村記久子/著 文藝春秋 2014

この作者は初めて。

でも、イラストが内巻敦子さんで(ちゅん2がこの方のサッカーのイラストのファン)
舞台が大阪で結構出てくる地名に土地勘があって
(舞台になってるこの地区になじみはないけどここのイケアになら車で一度行ったことがある。あんまり住宅街の印象がなかった)
ついでにイラストレーターのお名前と並んで書かれてる装丁の方のお名前に親近感があり

楽しく読みはじめました


中3の男の子の一年間の物語。

ランダムに一見だらだらと雑多な事件が起こるんだけど
最初と最後がキレイに相似形になっていて
でも
自分が大きくなった、ってことが
「そして唐突に、大土居が縮んだのではなく、自分の背が伸びたのだという当たり前のことを悟った」
って分かり(これだけじゃないけど。)

(この大土居さんっていう女子を見送る場面がすっごくすてきで、3回くらいリピートして読んでしまった)

主人公の感覚の描写の繊細さとともに
この構成の美しさにすっかりやられてしまった。


ちゅん2(中2)を見てても
これほど激しい事件は起こってなさそうにしても
内面ではいろいろ大変だろうなぁ…って思うことあるものね。
(そして成長してるよなぁ!って)



それはそうと…
作中
この中3の少年は(祖父母と母親と4人で住んでいるのだが)
ほとんどまともなものを食べていないんだけど

朝ごはんはいつもお茶漬けとか。(それも漬物にお茶じゃなくっていろんな味の新商品が出るやつだし)
冷蔵庫にはまともなものが入ってないとか晩ごはん食べずにおやつとか
牛丼屋とかそんなとこでばっかりごはん食べてるしコンビニのから揚げばっか食べてるし
まぁお昼は毎日お弁当持ちみたいだけど...

食生活が気になったよ。( ̄w ̄)食べたいよねぇ!野菜〜


この話、設定は中学生だけど
学園祭の様子や「あの映画にはプロットがない」云々って会話は高校生かな


おもしろかった〜







posted by しろくま at 17:56| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年12月07日

「フランス人は10着しか服を持たない」


フランス人は10着しか服を持たない〜パリで学んだ“暮らしの質”を高める秘訣〜 --- ジェニファー L. スコット/著 神崎朗子/訳 大和書房 2014

書店の店先に山積みになっていたの。
ふ〜んって1回通り過ぎて、
それから1回手にとってぱらぱらして戻して
次に通った時に買いました。

だってさ
面白そうだったしね!

これもこのごろ流行りの体裁…章建て短く最後にまとめ!
っていう読みやすい(売れるんだろうね?)スタイルでしたけど

おもしろかった!!

アメリカ人の女の子が
フランスの、っていうかパリの落ち着いた(シックな)ご家庭に半年ホームステイして
その間の
カルチャーショックで目から鱗〜 な様子をあれこれ綴ってあるのですけど


なるほど。
「物質主義の」アメリカ、
「週に2度も3度も同じ服を着ていたら、恥ずかしいと思われる」国アメリカ
的価値観からしたら

「自分の魅力(良く似合う色をはじめ…)」をよく知っていて
上質なものを少量持ち
おんなじ服を回して来てたら人がどう思うかなんっていう発想のない
シンプルに自分らしく身の丈で生きている(らしい)パリの人々の暮らしぶりは、
さぞ衝撃だったでしょうね!
(素敵!と、素直に思えたこの著者もすてきだと思います)


全編を通じて伝わってくるメッセージは

「自分を大切に扱うっていうことはどういうことか」

たとえば…
洋服でも、食器でも、
いいものは「よそいき」に取っておいて
いつもは気楽な(でもよれっとした)普段着・普段使いの食器を使ってたり

しがちでしょ?
で、
がらくたや、「イマイチ」な服が大量に増えていく…

でも
「じぶんのためにいつも一番いいものを(使う)(許す)」

っていうことは

自分自身に(文中の言葉で言うと)
「わたしは、いつだってキレイな女性らしいものを身につける価値がある」
「わたしは、美しい空間で素敵に暮らす価値がある」
「わたしの持ち物も、しかるべき場所にきちんと収納される価値がある」


ってメッセージを何度もなんども発してることなんですよね
(これって、マークの風水とおんなじやねぇ)

そう思ったら
「(よそいきのために)とっとく」のって
自分の価値を下げていると共に
そもそも不安や恐怖…その時に手元になかったら困る…から生じてる行動なんだなって
ことにも
気が付きますよね


そうそう
服のことばかりではなくて「家事と雑用」のところでもね。

「秘訣は、自分なりに楽しみながら片づけること」

そのためのヒントは
「五感をフルに生かす」こと…

!!!
そうなのよ。以前、ちゅん2に(ちゅん2の「りそうのまま」はムーミンママなのです)
「ママ、ムーミンママはね、家事をたのしんでるんだよ!」
って言われたことがありましたっけ…(まざまざと思い出しました)


それもこれも。
等身大の自分を愛して、喜んで、人生を楽しむこと。

そんな自分を大切に(尊重して)生きること。
そうありたいね。
それは
自分の周りの人を大切に(尊重)することでもあるしね。

良書!

(注:ここでいう「10着」は衣替えごとの数で、
下着や上着類、ドレス--日本でだと喪服とか和服とか--類は含みません)

「『10着のワードローブ』のポイントは、
似合わない服や、ほとんど着ていない服、質の悪い服であふれかえっているクローゼットとおさらばすること。
最終的な目標は、自分らしさを表現してくれる大好きな服ばかりにすること。
そして、大切な服をゆったりと収納できるようにすること」


posted by しろくま at 16:53| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年11月30日

"Soul Speak"


Soul Speak - The Language of Your Body --- Julia Cannon, Ozark Mountain Publishing, US, 2013

病気などの症状には意味がある
それは身体からのメッセージだよ〜〜

っていう
この手の本は実はけっこうあるんですよね

You Can Heal Your Life/ Louise Hay

もそうだし、

病気が教えてくれる病気の治し方 --- T.デトレフゼン&R.ダールケ

もそうだし(これかなりおもしろかったな)


自分を愛して!―病気と不調があなたに伝える〈からだ〉からのメッセージ --- リズ・ブルボー
とかとか…

おのころ心平さんにもそんな本があったよね。

こういうのを好きで読んでいたのはもう数年前でしたけど
(ホメオパシーの勉強やセッションしていた頃。でも、
こういう知識がクライアントさんを見る際の先入観にならないようにしなくちゃ
っていう気持ちもあったっけ。)

ただ
正直どの本にも書いてある「症状の解説」は、
しっくりくることもあるしよくわからないこともあったわけ。

で、このジャンルは久しぶりなのもあるけど
今回のこの本が新鮮でいいなーと思ったところは

「この本を辞書のように使うのではなく
自分の身体と対話して自分だけの(自分が一番知っているはずの)答えを得るのが一番大事
そんなふうに書きました」


っていうこの方のポリシーですね

ご自分やお母様(ヒプノセラピーの開拓者の一人らしい)が経験してきた事例が載ってはいて
モチロン参考にはなるんだけれど

人生で大切なのは経験なんだから
行き止まりがあったり、角の向こうが見えなかったり遠回りしたりするいわば
迷路のようなものだけど
そしてtry&errorはつきものなんだけど
(だから間違えないことがいいことじゃないのよね)
でも同じところを堂々巡りはやっぱり辛いのだ。
そんなとき「上から」いつも眺めている存在から
ちょっとヒントをもらったり方向を示してもらったりできれば
いいよね?

それが"your own private guidance (message) system"
それが実はいろいろなサイン・メッセージとなって現れているってわけ。
症状もそのうちの一つ…


身体の系統ごとに章が分かれているのでもちろん
症状のsymbolic languageを読み説く辞書としても、使えるのではありますが

この
「自分で知ることのできる考え方と方法」
っていうのがツボでございまして結構すぐに読んでしまった。

これって翻訳されているのかな
でも
症状や感情について書かれている本は
できるならやっぱり原書で読むのがいいなぁと思います
(翻訳されると結構印象がわたしの感覚と違ってたりするので…)


メッセージがちゃんと伝わって(自分が受け止めて)
そして行動を起こして方向修正すればもうメッセージの役割は終わるから
こまった症状も(状況とかも)なくなる



"Universe is not complicated,"
だからこの仕組みもこんなにシンプルな筈。


なんか勇気が出るなぁ。

posted by しろくま at 21:23| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年11月24日

「世界を、こんなふうに見てごらん」


世界を、こんなふうに見てごらん --- 日敏隆/著 集英社 2010

これは、中学校から借りてきた本。(例によって貸出期限が…)

図書館がちょっと苦手なのは
自分の好きなタイミングで読みたいからなのよね。発酵させるっていうかさ…( ̄w ̄)
だけど図書館には、本屋さんにはない本があるのだ。むむー
(そしてこの本は明らかに誰もまだ読んでいなかった。中学生っ!!)

著者は日本の動物行動学の先駆者であり第一人者です。

わたしが大学時代に取り組んでいたのも動物行動学です(ニホンザルでした)

なんか違うなぁ…この先生のお書きになっていることとは〜



自由です。

学生時代にこの本を読んでいたら(って、ありえないですけど。)
わたしの覚悟もなんか違っていたのかも。(なんてねー)

いろいろな時に書かれたものをまとめた本のようですが
一番最後の章
「イマジネーション、イリュージョン、そして幽霊」
にでてくる
「つまり、幽霊はイマジネーションの産物だと昔からいわれているが、そうではない。
イマジネーションの欠如の産物だとライルはいう」


と、このあとに「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の句が続くんですけど

これ!!!

むかーーし(多分20年とか前)、どこかで読んで、だれの文章だったかなぁって
ずーっと気になってたのこれかも。
いやライルかも。でも枯れ尾花のことも書いてあったしなー


あーーこんなところで邂逅!嬉しい!


まぁそういう小ネタはさておき


この方は人間も動物の一種くらいに眺めていてそれが
たいそう公平でおもしろい。


そのうえで

人間は(他の動物と違うところは)イリュージョン(という変なもの)を持っているっていうこと

だからそれをたのしめばいいってわけだけど
でもそれは
イリュージョンなんだってちゃんとわかってないといけないのであるよ。


指摘されてました

「神であれ、科学であれ、ひとつのことにしがみついて精神の基盤とすることは、
これまでの人類が抱えてきた弱さ、幼さであり、
これからはそういう人間精神の基盤をも相対化しないといけないのではないか」


で、
自然とはげに複雑なものよ…
というお話をされるのですが
ご自身の研究でもあった「なぜアゲハチョウのさなぎは保護色になるのか」の謎ときに例をとって
わたしたちにもとってもわかりやすく自然界を織りあげている事象の関連の複雑さを説明してくださるのです


いやーおもしろかったなー


実際の研究はまず「おもいつき」から多くの場合始まるのに
論文(など世間に示すとき)にはいかにも
「データから論理的に推論したように」書かなくちゃいけない
(でないといい研究だと判断されない)
なーんて糾弾してるところなんかも

( ´艸`)
ほんとね。大人ってかしこまって権威ぶってへんなことしてるわよね。


「いくら我々がまじめに考えてやっても、それはやはりひとつのイリュージョンであって、
ほんとうにそうであるかどうかはわからない。
あくまでも、我々がそうだろうと思うだけの話だということです」

「そのうちに、それは違うんだという、別のイリュージョンがまた出てきます」

「しかし、これもイリュージョンだから、いずれはまた変わりますという」

「そうやってイリュージョンをだんだん変えていくと楽しいじゃありませんか」

「科学は、真理の追究だ、などという人がよくいますけれども、
そういう人のことは、ぼくは全く信用しません。
そんなものはあるはずがないというような気がします」



「かたわらにいつも、これはイリュージョンだという悟性を持つこと」

それで楽しむこと。

いやぁやっぱ中学生に読んでほしいわ。
おすすめカード書いておこう^^




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2014年11月22日

「フローラの肖像」


フローラの肖像 --- 倉本四郎/著 講談社 1993

表紙の写真の絵はボッティチェッリの「春(プリマヴェーラ)」ですけど
昔ホメオパシー学校の模擬授業でわたしはpulsatillaを担当して
この絵(など。ほかにも。)をモチーフにしてはなしをしたことがあったなー
なぁんてことを思いだしつつ


絵画の解説本だし好きな絵だし植物の話題が多そうだったので珍しく図書館で目がとまって借りて
でものんびりしていたらあっという間に返却期限になってしまって
急いで読みだしたのですけど

ページが抜けていたり(これは著者のせいではないけど)解説は男性目線全開だったりで
面白かったけど若干興ざめのような。

でも
神話(に題材をとった絵がほとんど)実際そういう要素たっぷりかも。
なんといっても
人間が増え栄える話だもんなー

これ本のタイトル自体も「フローラ逍遥」にひっかけているのかもね。



さっ返しに行こうっと。
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2014年11月14日

「大切な人を一瞬で笑顔に変える人の話し方・気遣い方」


大切な人を一瞬で笑顔に変える人の話し方・気遣い方〜あなたの温かい気持ちが伝わる46の習慣〜 --- 倉島麻帆/著 ぱる出版 2014

「大切な人」って
てっきり家族や身の回りの人たちだと思ってそのつもりで本を開いたら
要は
「出会う人みんな」って感じだった…((^┰^))ゞ

ちょっとタイトルに騙されて読んでしまった^^

このごろのhow-to本ってこういう作りですよね
1ページいっぱいにまずはお題があって
若干(2〜3ページ)の説明があって
さいごに簡単なまとめがあって
それで1ユニット

10ユニットで1章

すごく読みやすくってあっという間に本が終わるという…


ナルホド。


著者はアナウンサー出身で、(でも新卒で局アナ、とかじゃないのでおもしろい)
NLPなども勉強されているので前に聞いたことのあるような理論的な説明もあって

面白かったです

覚えておきたいところをメモしておこう〜

スピーチにストーリー性をつくりだす構成法“PARLの法則”
Problem: 問題状況
Action: 解決するための行動
Result: 結果
Learning: その体験から学んだこと


「自分の中で
(人に)優劣をつけ、比較してしまう態度は恥ずかしいものです。気づいた時にやめるべきです。
相手によって態度を変えないように習慣づけましょう」


「あなたも日ごろから、『それは丁度いい!』を、ぜひ口癖にしてください。
問題があっても気分が落ち込むことなく、前向きにとらえていく思考、クリエイティブな思考が身についていきます。
嫌なことが起こっても、『これが起きたことによって、わたしの何が成長できるのだろう?』と考えるようにしてください」



アファメーションリストの中にあった…
「わたしは大事なことからすぐやる!」


「潜在意識は一人称で主語がありません。
人をほめていても、すべて自分に言っていると認識します。
自分をほめていることになるので、自分のセルフイメージ(自己価値)も上げて、自信をつけていくのです」



「注意をするときは『good&better』」


それから
「人前で上がる」とか「話下手」とかいうのは、
「上手に話そう」「相手に断られたらどうしよう」などじつはとても“自己中心的”な考え方、
というご指摘は
確かにそうだなぁ〜と思いました。

たまにはこういう本も面白い





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2014年11月10日

「生存者ゼロ」


生存者ゼロ --- 安生正/著 宝島社 2013(文庫版2014)


ちょっとハード(戦隊モノっていうか自衛官が主人公)な生物ミステリーとでも
いいましょうか

ちゅん2が「これおもしろかったー!」って勧めてくれたので
^^
読んでみましたら

すごいおもしろかった。どんどんおもしろくなって、夜なべして読んでしまった。


北海道が全住民ごと壊滅する(ような)悪夢が起こるのですけど
狂気の天才感染症学者なんかも出てきて
モチーフは「黙示録」で(パウロの黙示録というものだそうで、本書によると和製らしい)

主人公は40がらみの防大出の自衛官なんですけど

この人家族いないのかなー
この生活ぶりはいないんだろうなー

っていうのをずっと頭の中で思ってました。(全く説明がなかった)( ´艸`)


権威を笠にきた分からんちんの上官とか
政府首脳がそろいもそろって無能だったり

こういうところはなんていうか
アルイミ青春小説かもなぁ


中2男子はこういうの好きなのかー
ちゅん2と感想を話し合ったり展開を予想したり楽しかった♪♪♪

ヽ(。^∀^。)ノ
posted by しろくま at 19:53| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年11月06日

「歯医者に虫歯は治せるか」


歯医者に虫歯は治せるか --- 志村則夫/著 創元ライブラリ 1997

いやーなかなか来れません
ここんとこ朝から夕方まで出ずっぱりのことが多くて
ゆっくり本も読めないし(でも読んでる)PCの前にも座れないのですけど(書かないと忘れそう)

気がつくともう11月。
寒いはずでございます…


さて
この本。
むかーし、ちゅん2が小さかった時に、この方の本はありがたく読みました。
なんだったかな…「歯みがき病」だったかな

そのとき大層共感したのでございます
この本もやっぱりおもしろかった

虫歯を作るらしい菌だから、口の中に入れないようにしよう!って
同じスプーンを使わないようにしよう運動みたいな(勝手に命名しましたが)
そんな子育ての風潮はどうも気にくわんのです

ミュータンスにも酸で雑菌を殺す、というようなよい面があるらしいってこの本に書いてあった
「悪玉か善玉かという二者択一的な考え方では、大きな概念で正しく菌と人間の関係を捉えているとはいえません」
と、示唆に富むご指摘なのだ。

っていうのはじつはまだまだ瑣末なことでして大切なことは要するに
(この本に書かれている「情緒の揺らぎによって歯の体液の流れが変化」!!っていうところでもしみじみと思うのですが)

人間のいのちというのはダイナミックに躍動しているもので
「身体は、切り刻んで静的にただ客観的に迫るだけでは、このダイナミックな姿を見失う」
「免疫系や自律神経などの適応の生理機能系がこのように揺れていることで生体全体が維持されている」



「外から薬物を投与したり、操作したりするのではなく、人々が自分自身の心身が最大に適応できる状況を自ら創造できるということが、大切」

それには

「知(どのような考え方をしているか)・情(どんな感情を持っているか)・意(どのような思いで病気を見て生活しているか)のバランスが整うように働きかける」こと


志村先生は、
お仕事(歯医者さんです)がら「虫歯にさせないように管理を強める」ことで
こどもの「生きる意欲・躍動するいのちを委縮させている」
ことで、結局は「磨いているはずなのに虫歯になる、そして全身の健康を害している」…っていう事例をたくさん見てこられているそうです

そして
病気というものの捉え方が歴史的に
@呪術的な捉え方(病気は悪魔の仕業)

A医学生物学的な捉え方(病いは原因がある。細菌やウィルスや器質・機能の異常やDNAなど局所を追求していく。人間生物機械論とも)

B生態学的な捉え方(環境や生活習慣などの個人をとりまく環境が病気を作る)

C社会学的な捉え方(社会的生活行為から病気を見る。社会の一員としての役割を果たせているか、これにこたえられない状態が病気。)

D適応反応の不全と捉える(周囲や環境と適応する生理機能がうまくはたらかなることで病気になる)

というふうに広がってきたということですけどでも
今だって余裕でA、ストレスが〜なんて言ってるときでせいぜいB、って気がしませんか


生体全体の問題というDの見方ができて、
身体だけじゃなくて心も、それこそ「知・情・意」のバランスがとれているかって
生命力が生き生きとダイナミックに働いているかって
ひとりひとりが自分や他人を見れるようになるといいですねぇ



考えてみれば
知・情・意と一口に言っても、それぞれ、生まれて以来
発達する時期が違うじゃないですか

幼児期にまず意志。
そして学童期〜情。
知はさいご。思春期くらいからですよね(くわしくはシュタイナーの発達論を)(お手軽にお読みになりたい分にはこちらを)

それなのに
幼児のころから早期教育とかで「知」を発達させようってまるで
胎児に歩き方を教えるようなこと、今社会的に大々的にされる傾向がありますけど

これが人間の「知・情・意」のバランスを崩して
わざわざ健康のバランスを崩すようなことをして、社会的な様々な問題を作っているような気もするね


「人間をバイオ、サイコ、ソシオに分けることで、
いくぶん人間の実態にアプローチは出来ましたが、
この3つは何によって統合されているのか、何によって統合するのか、
統合した結果、自然治癒力そのものを、どう引き出すかという人間観を持つことがこれからの医学にはぜひとも必要」


「いのちの能動性」
ホメオパシーで言うvital force (principleとも)をみつめよ、ってことですねぇ
まさに…



こうやって歩み寄っていくといいな。っていうか人間自身のためにあるべきように。

posted by しろくま at 12:52| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年10月12日

「アイヌの物語世界」


アイヌの物語世界 --- 中川裕/著 平凡社 1997
著者は日本人(和人っていうのか本州人っていうのか)ですけれども
北海道でアイヌ文学を研究されている方で(フィールドワークも)

この本は
一度出版予定だった出版社の倒産を経て
紆余曲折の末にようやく出版とあいなったもののようで

ホンマに出してくださってありがとうございました…

わたし札幌出身ってこともあって(か?)
アイヌの伝承文学って好きだし興味があって
先日も書いたようにお話を探しているんですけれども
(それであれこれ読みあさりながら並行してこの本を読んでた)
用語や習俗だけじゃなくて形式やら筋立てやらも結構風変わりで
不思議だなーって思っていたことが

この本を読んで目が覚めるような心もちがしました


日本の中の、そして近いのによく知られていない、異文化だなぁ

たとえば

「カムイ」って「神さま」って訳されてますけど
普通わたしたちが想像する「神さま」とはずいぶん違うものなんですね
この本にはこうあります

「この世界は二種類の精神的存在によって構成されていると考えられていた。
ひとつはアイヌ=『人間』であり、もうひとつがカムイと呼ばれるものでる」


つまり(極論すれば)
人間以外はカムイなのよ?



「つまり、一羽一羽のスズメ、一匹一匹のキツネ、一本一本の木や草が
それぞれカムイなのである。
日本語で『キツネの神様』や『桂の木の神様』などというと、
キツネ全体をつかさどる一段と偉いキツネの王様のようなものや、特別な桂の木を思い浮かべてしまうかもしれないが、
そういうことではない。
何百匹ものハチが群れていたとしたら、そこには何百ものハチのカムイがいるのである」


それにそれに、はやり病みたいなものも「カムイ」なのだそうです!

著者はこのことから、

「われわれの言う『自然』という言葉に非常に近い」
と書いていますが、

わたしからみるとカムイ=「精霊」 っていうのがしっくりくる気がするな


そんな精霊たちとの交信でおもしろかったのが
「夢」

わたしたちは「そんな夢みたいな」「夢物語」「夢でしょ」とかって(=非現実、という意味で)いいますけど

アイヌにとって「『夢』というのは『事実』と対立する概念ではない」

「夢で得られた体験というのは現実の体験と全く同じ価値を持っている」

このあたりアイヌの物語を読んでみるとよくわかります。


アイヌの文学はよく「わたしは…」ではじまって、「…と、○○のが語りました」
で終わるものがありますけどこれも
にほんごにすると「わたし」となる一人称に、いろいろ種類があるんだそうで
このあたりの説明は結構専門的で一度読みましたけどあまりよくわかっていないです

でも

近くても異文化。
ってしみじみとおもいました
(そしてとても魅力的)


本書によるとアイヌ文学のなかには大きく分けて
★神謡(カムイユカラ、あるいはオイナ)←呼称は地域によって異なる
★散文説話(ウェケペレ、あるいはトゥイタク)
★英雄叙事詩(アイヌユカラ/人間のユカラ)
というジャンルがあって

神謡は「サケヘ」(っていう話ごとに違う繰り返し言葉、これといっしょに歌われるように語られる)がついてたり
英雄叙事詩っていうのは娯楽っていうか、
人間離れした超人が出てくるし、
聞く人が血沸き肉躍るわくわくする体験を楽しむものだから
闘うとか殺すとかいう場面が多いということとか(まぁチャンバラを見るようなものか。)


ジャンルによってもかなり特徴が違うのだそうです。

いやー そうなのかー なるほどー

オキクルミは神謡にも、英雄叙事詩にもでてくるよ。神謡カムイユカラだとカムイっぽくて、英雄叙事詩アイヌユカラだと人間ぽい。
パナンペペナンペ川上のもの川下のもの、は散文説話の中に入るんだそうな)

すごい。この本、読んでよかった。面白かった。
そして
いつか、アイヌ語の語りを聞いてみたいな…

とりあえずこれをみつけたので貼っておきます


萱野茂さん
(アイヌ資料館の館長さんで、アイヌ初の国会議員としてTVなどで拝見したことがあります。
いまのアイヌ文化継承の担い手、第一人者だそうです)



posted by しろくま at 17:17| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年09月28日

「鹿の王(上)(下)」


鹿の王(上) --- 上橋菜穂子/著 角川書店 2014

鹿の王(下) --- 上橋菜穂子/著 角川書店 2014

金曜日に金木犀が咲いた。
今年はやけにびっしり花がついていて匂いも強い感じがします


いよいよっていうかようやくっていうか
待ちに待った上橋さんの新刊!

amazonで頼んだら「下」が先に来たっていう…( ´艸`)
発売日すぎてからもちょっと間お預けでした


お天気もかなりすてきだし家中の窓を開け放って風を入れて
甘くて爽やかな香りに包まれてハンモックで上橋ファンタジーを読むのって至福…



鹿の王

っていうタイトルが
終わりの方になればなるほど効いてくる。すごくおもしろかった。

でも今回は
違和感もあったなー
それはたぶん

医療あるいは「病む」(今回のこの物語のおおきなテーマ)ということに関する認識が
やっぱりわたしとはずいぶん違うからなんだなー

とはいえ。
そんなことあるイミ些細なことなのだ


挿絵がないのがサイコーです
はじめは
地図くらいあってもいいなぁと思ったけど(地図をみながら読むのってすてきでしょう)
でも
読み終わる頃には頭の中に地図ができてたわ

こっちのほうがいい


読み終わってからしみじみ表紙の絵を眺めましたが

わたしのイメージより飛鹿(ピュイカ)はずんぐりとして半仔(ロチャイ)は毛深かったけど
(敏捷でなさそう)
でも
雪深いところの動物だからこんなものかもー


ともあれ
鮮やかな視覚的イメージが幾重にも重なり合い紡がれた物語で
やっぱりうっとりとすてきな極上の読書体験なのでした


そうそう印象的な言葉

「神というのは、便利な理屈だ」

って
このごろTV視てたら毎日思うよね…





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2014年09月20日

「世界一やさしい速読の授業」


世界一やさしい速読の授業 --- 園善博/著 ソフトバンククリエイティブ 2011


わたしすっかり忘れていたんだけど
「速読」って小説には向かないみたいなんだった…


ミラクルを期待してうっかり手に取って読んでしまいましたが
残念〜

posted by しろくま at 14:34| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年09月18日

「魂の声に気づいたら、もう人生に迷わない」


魂の声に気づいたら、もう人生に迷わない --- アラン・コーエン/著 徳間書店 2010

これいつ買ったんだろう?
本棚を眺めていて見つけました。
スピ系?の講師の方みたいだけど、原著のタイトルも載ってないし、翻訳者の名前もないし…

で、読み始めて分かったのだけど
これは日本の読者に向けて書き下ろされた本のようで

文中に「日本では○○だと聞いていますが…」
って表現が結構たくさん出てきます。

へぇぇ。こういうのもあるのねぇ


今ちょっとミッションブームがきているので読んでみた。


そのまま自分自身を受け入れてごきげんに快適に暮らすために
大切なことを
平易にアドバイスしてくれてる本だと思います^^

このごろ興味津々の「意識」についても
こんなフレーズが

「結果を得る前に、まずわたしたちの思考や意識を変える必要がある」
いや、ほんまそうよねー…(ってわたしは一回実感したってところですが)

ま、でなければまた同じことを繰り返すか結果が出ないかなのだ。


なにかを他人や状況など「自分以外」のせいにすることについても
(これはホ・オポノポノでもキッチリ学ぶことですが)

この著者はこう言います
なにか・誰かのせいにするっていうこと、
言い訳をしたり、原因が外にあるって考えることはは
「『あなたの外側の誰かが、あなたよりも力があり、大きな存在だ』と思いこんでいる状態です」

自分自身よりもそのことのほうがパワフルと認めること。
んまー イヤだー それ!!


それから、何かを選ぶときね。

「すべての行動は、愛か恐れか、どちらかに基づいています。
愛に基づいて選択すると、うまくいきます」

「『もしここで、私が怖れを感じなかったら、どんな行動を取るだろうか』と、あなた自身に問いかけてください」


そして
「自分の内側に二つの選択肢を問いかけたとき、どんな感じがするかじっくり観察してみてください。
方向性を感知する有効な方法です」

これは
「頭ではなく心に聞く」という方法です。内なる声を聞く方法です。

こういうのが
大人になると案外と難しくなるのよねぇ。
子どもの頃は、何なくできていた(はずな)のにねぇ( ̄w ̄)


内なる声に耳を澄ます、って
「へそ道」ともおんなじね。

posted by しろくま at 16:19| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年09月13日

「海の図」


海の図 --- 灰谷健次郎/著 新潮文庫 1991

長い小説でした〜でも
面白くてすぐに読んだ。

舞台は関西の(多分淡路島の近くの)架空の島?
高校3年生の壮吉が主人公。漁師の息子で、3年になってから学校に行かず、
亡くなった父の仕事に疑問を持ち調べている。
男気があって知的で(幼いけど)老人子どもに優しくて魅力的な主人公。


著者のいろんな問題意識がそこここから立ちのぼるというか

灰谷文学はすごいひさしぶり。
たぶんだけど10代前半に「太陽の子」とか「兎の目」とか読んで以来かも。ということは35年ぶりとか?
まーオソロシ〜
(あ、「ろくべえまってろよ」は絵本なのでたまに読みます)


面白いんだけども
読んでるとどうも窮屈な気持ちになるのは
なぜかなぁ

高校生たちが妙に潔癖で、毅然としていて、理路整然としゃべるからかなぁ

胆汁的でストライクゾーンの狭い人ばかりが出てくるからかなぁ

著者はとがった繊細な感覚と独自の正義感とガスのようなエネルギーを持ってて
それであまり鷹揚な人ではなかったんだろうなぁ

いう気がどうしてもしてしまう
posted by しろくま at 23:58| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年09月11日

「誰とも争わない生き方」


誰とも争わない生き方 --- 秋山佳胤/著 PHP 2013

わたしの「意識」への目を開いてくれた本「食べない人たち」の著者の一人でもある
秋山さんのanotherご著書。


ご自身の不食のことは、ほんのちょっぴりしか出てきません。

おおかたは
一つ高い観点からみた(これを「スピ」という向きもあるかも)
人生のこと
宇宙のこと
魂のこと

などなど…
How does he know??
って言いたくなるような

でもー

あれかしら。
「不食者」になると、いろいろな感覚が研ぎ澄まされて
「あの世」?からのメッセージ的なものも、受け取りやすくなるんだろーか…




ともあれ

おおお!!と目から鱗だったのは
「過去を書き換える」方法のところ。

えええええ!!
「過去のストーリーが書きかえられることによって、例えば、
殴られて長年残っていた筈の身体の傷が、きれいに消えてしまうということもあります」

!!

あのね。いいんだって。なんてご都合主義な!って思わなくっていいんだって。
うひょー。
福音♪



そのほか、心に残ったところ…


「問題を問題視しない」
ここにも。)

「どんな状況にもメッセージがある」


わたしは何かを選択するときには、
「それは光に向かうものなのか?」
って考えるように(気づいた時には)していますが
この本は
「その意見、アドバイスが、自分の自由を広げるものなのか、もしくは自由を制限するものなのか?」
判断すると言っています。ナルホド。それいいですー!


ここでちょっと余談になりますけど

先日書きましたが、某セミナーに(わたしは結局参加できなくて)
参加者の方々と食事時間などにおはなしした、ってことがあったのですけど
だからわたしだけ受けてないわけだから若干アウトサイダー的に眺めてたところもあったのですけど

そのときちょっと気になったのが

講師の方々が「勧める」ことごと、温泉のお湯だとかナントカだとか、
受講者の方々が頭から信用っていうか鵜呑みにしているような印象を受けて、
例えばわたしは入ったお湯の「すごさ」なんてちっとも感じなかったので(これは私が鈍いのでしょうけど)

「自分で感じないことを全肯定できるの?」
ってそのあまりの素直さに、ちょっと居心地の悪さと危うさを感じてたのです
(ま、信頼する●●さんのいうことだから信用する、ってことなんでしょうけどもね)

信用する人を間違えたら新興宗教のtrapにハマるみたいになっちゃうじゃんね…
(新興宗教さん一くくりにしてスミマセン)

この本の著者はどんなことも善悪で捉えないし、否定もしていないのですけど

こういうくだりがありました

「彼らがおこたっているところがあるとするならば、
その人の内側にもともと存在する健全な批判精神を行使する行為かもしれません」


うーむ これだ。深く同意。


やさしくわかりやすく、よい本だと思います。

posted by しろくま at 23:29| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年09月08日

「神様につながった電話」


神様につながった電話〜我を消すと、神が降りてくる〜 --- 保江邦夫/著 風雲舎 2014

このごろ、そういえば、新刊の(しかもでたばっかりの)本に出会うことが多いような…

さて
著者は、大学の先生@理論物理学で合気道の師範なのですが
この本には不思議なお話がいっぱい出てきます
祝詞やお経を唱えながら手術をすると成功するとか
神様を降ろして技(合気ね)をかけると初心者が熟練者を倒すとか
本を読んだり、お経を唱えたら病気が治ったとか

お守りを持っていたら戦場でケガをしないとか
お参りしたら龍が降りてきたとか


でもでも
やっぱり一番こころに残るのは
「我をなくす」エピソードのくだり
「我を持たない」人ってすごいんだなぁー

いや
「我」がない、とまでいかなくても
薄いと、こころ穏やかで楽だろうなぁ…ってホントに思うんです
そう思う日々であります(今日もそんなことがあった)
でもそれがなかなか…なんですよね
うーんでも、昔よりまだましかな?(まだまだだけど)
わたしってばその克服のために生きてるのかしら(と、つい思うことがある)

そうかー 「我をなくす」かー...( = =)

スポーツも
「おれが勝つ私が勝つ」っていうモチベーションより
「大いなるものにベストなパフォーマンスをささげます」っていう風な方がみてて爽やかかも…



そうそう
文中、大阪のサムハラ神社の霊験があらたかだと何度も出てきます
サムハラ、って難しい字を書く神社です
ちいさいんだけど結構有名なお社で

って書くんですけど(「サ」と「ハ」が同じ漢字じゃんねぇ)

以前この4文字をお守りに持っていると、事故にあわない(んだったか!?)って聞いて
以来ケータイのメモリに入れていたものの
お社にはご縁があればそのうちうかがうこともあるだろうと

思ってまだ行ったことなかったのですが

この本を読んだのがきっとご縁だわ…
と思い早速今日参拝に行ってまいりました
(で、お札やらお守りやら頂いて/買ってきました)


自分用には指輪のお守りを♪わーい嬉しい!
もう十分個人的には守っていただいていると実感してるのではございますが更にお守りまでっ(欲張り…?)

なんか、自分(たち)の守護を願うのって「我」じゃないのって若干思いつつ…
(読みながらどうもそういう気分のする本でございました)

おもしろかったです!ご縁があったら岡山の奥の院にもうかがってみたいです

(境内にキノコが生えてた…かわいい)samuharakinoko.jpg



文中にあった「あの世は意識でできている」「あの世を作っているものは、意識」
っていう(木内鶴彦氏の言葉ですが)

この経験以来「意識」がわたしの今のテーマなの
この一文に呼ばれて読んだのかもしれないなーぁ







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2014年09月06日

「ユダヤに伝わる健康長寿のすごい知恵」


ユダヤに伝わる健康長寿のすごい知恵 --- 石角完爾/著 マキノ出版 2014


この方すごいんですよ
50代で身体を壊して、健康について真剣に考えるようになって
(ユダヤ系の医師との出会いなどもあり…そもそもアメリカの医師はユダヤ人が多いんだとか)
60歳でユダヤ教に改宗しユダヤ人となられたそうですが

(ユダヤ人ってね、改宗した人か、「ユダヤ人の母から生まれた」人のことをいうんだそうです)

ユダヤ教に改宗ってそうそうできないみたいなんですね
(結構勉強しなくっちゃいけないそうです。ちなみにこの方は個人教授を受けて3年)

で、
「ユダヤ人は異教徒の結婚を禁ずる」って戒律があるもんだから

奥さまをユダヤ教に改宗させ!
(その儀式の一つ)「禊ぎ」を、冬の湘南海岸で海に使って行わせ!
食べ物は戒律にのっとりあれはダメこれはダメ…


まぁその食事の戒律に関する本なんですけれども

わたしはそれよりもこの奥さまの境遇に驚いてしまった。
まぁご本人さえよければいいんでしょうけれども
アラ60でオットに付き合わされ真冬の海に入るなんてなんと御無体な…

でもわたし
本書で紹介されるドライなユダヤ人の気質って好きかも
情緒的な思い込みがない…


でもさ。
ひとつ疑問があるんだけど。

聖書で殺人を厳しく禁じていて、何よりも戒律を重んじていて
(十戒に「殺してはならない」とある)
「自殺」でさえ「宗教的犯罪」とみなすユダヤ人が

どうしてアラブ人を殺しまくっているの?

ユダヤの世界で「人」というのは「ユダヤ人」という意味なの??(としか思えん)



ともあれ

「日本人は、平均2200キロカロリーの食事をとっていますが、
長生きのためには現在の半分にする必要があるわけです」

「一般的に、感染抵抗力も食料不足の時の方が高まります」

「日本の栄養学はせいぜい100年の歴史ですが、遺伝子情報の解析による情報には何十万年もの真理が詰まっています。私たちは100年ほどの情報に左右されてはなりません

排出の大切さを説くこれもまた
「小食」「断食」の効用を説く本なのでありました イェィ!



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2014年09月01日

「やってみました!1日1食」


やってみました!1日1食〜長寿遺伝子が微笑むファスティング〜 --- 船瀬俊介/著 三五館 2014

うふ。みなさまうすうすお気づきの通り
今「小食」がマイブームです。
この本ではファスティングと呼んでます。まぁ「断食」って意味だけど…

でもワタシは断食とは思っていないのだ。
(ファスティング、っていうと多少ましかなー)

この方の本は
「3日食べなきゃ7割治る!」
っていうのを以前読み始めましたが読みづらいし大して面白くなくって
(っていうか肌に合わない)途中で放棄したんですけど

これは結構、面白く読み終えました

主張されてることはそこそこ共感できるのに
文章になんともいえない違和感(読みづらさ)があるのは
読んでて
都合のいいデータだけ恣意的に並べているような気にさせられるところかなぁ

だいたい
結構断言調、決めつけのオンパレードで、
この方の論調はわたしにはなんだかな…だし
結構批判的な目で読んでましたが

紹介されているいろんな方々へのインタビューや、
他の方の調査からの引用はずいぶんおもしろかったですよ



コルナロというルネサンス期のイタリア人で102歳まで生きた人の言葉
「われわれは、最小限の栄養で生きていくようにしなければならないのだ」
彼の実践、というか、(超小食を)心配した家人からの説得で、
食べる量を増やしたりした時の彼の体調の変化のところなんて面白かったです
(彼の体調を心配というより、その人の不安の投影やね)

アスリートの食事(ファスティング)指導をされている山田豊文さんの
「マグネシウムが絶対的に欠乏している日本人が、牛乳なんか飲んだら、余計ミネラルバランスが悪くなる」
っていうのも、チェックチェック…


よく耳にする「糖質制限食ダイエット」に関しては
幕内秀夫さんのこのセリフがツボでした(='m')
「美食家で大酒のみのメタボ男性しかできない『道楽健康法』に、女性や子どもを巻き込むな」

そうそう、主旨からは外れますが
森下敬一博士が世界中の長寿者を調査されるときの項目の一つに
「氣能検査」という「食品に内在する『氣エネルギー』を測定する方法」があるそうなのですが

「デジタル撮影では、『氣能値』は現れないので、フィルム撮影の映像で判定」
するんだって!うひょ〜

(食品添加物なんかは低気能食品なんだろうなー っていうか、食品じゃーないかそもそも?食べてるけど…)



ま、要するに
この頃発見されたという
「長寿遺伝子」と呼ばれるサーチュイン遺伝子を「オン」にするのは
「飢餓刺激」…「カロリー制限」あるいは「空腹感」?
なのだそうです
もともとはオフなのね…



この遺伝子と関係あるかどうかわからないけど
「不食」で生きてる人がいるでしょう

でもー
赤ちゃんは食べ物を与えられずに放置されたら餓死するよね?
動物も。

なので
「不食」っていうのは
自分で意識をもってスイッチを入れて初めて、発動する機能なんだろうなぁ…


そーだ
あと言いたいことが、ひとつ!
芸能人や、一般の人など「この人もこの人も、1日1食実践中!」
ってでてるけどさぁ

このなかに「家族に3食作らなくちゃいけない家庭の母(有職・無職問わず)」っていないんじゃない?
自分で自分の分だけ用意すればいいとか
誰か(奥さんやお母さん)がご飯作ってくれる中からちょっとだけ食べるとか
そういうのって比較的簡単そうだわー



posted by しろくま at 15:29| Comment(2) | こんなん読みました^^

「125歳まで楽しく生きる健幸大作戦」


サンプラザ中野くんの125歳まで楽しく生きる健幸大作戦 --- サンプラザ中野くん/著 ファミマ・ドット・コム 2014

これも和歌山に持っていって読んだ本。
雑誌の連載をまとめたものらしく、
ちょうど、見ひらきごとに読み切りなので、乗り換えの多い電車旅にはちょうどよいと思い持参しました^^

著者の健康オタクぶりはつとに有名ですが
こうやって読むとやっぱり凄いですね〜
健康マニア?ご本人は「健康家」とおっしゃってます。
暮らしぶりは仙人をめざしていらっしゃる(かの)ようです。


書いてはることは結構カゲキっていうか先端っていうか
結構毒のある表現もそこここにあるのですが
口調(と、思えるような口語調文体)が明るく軽妙なので
さらっと読めちゃうところが素晴らしい!

驚いたけどちょうどそのとき向かっていた温泉のことがここにも載っていたのだ。
(と、若干口調がうつっている)( ´艸`)


いろんな話題(豆知識)満載で、おもしろいですよー
「ガンの原因が実はカンジダ菌」ってわたし初耳だった。うひょー

それによると、ガン細胞ってカンジダ菌から身体の細胞を守ろうとして
自らを盾にしているなんとも自己犠牲的な細胞なのね…
(「ガンと闘う」っていう言葉が切なく思えます)

共感したところ…
「想像力の低い国民に仕立て上げられているから」
まぁそう人のせい(と国のせい)にしていいものかとも思いますけども
「想像力」と「検証力」…っていうかそもそも自分で検証しよう、一回自分のアタマを通そう、っていう
姿勢がなんか、希薄な気がするんですけど…
(権威、と自分が思う人がいうことは無邪気に鵜呑みにしてしまうよね)



最後に、不食の本にも登場していらした森美智代さんとの対談が載っています

森さんが
「長野県の学校で給食を変えたら校内暴力が減ったとかって。
カルシウムを牛乳ではなく小魚から摂るようにしたんだったかな?
主食もお米にして、地産地消の健康的なメニューに変えたんですよね

(中略)
子どもたちが穏やかになって、学力も上がったとか」

っておっしゃってますが
ネット上に資料ないかしら…(読んでみたい)





posted by しろくま at 11:22| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年08月31日

「へそ道」


へそ道 --- 入江富美子/著 サンマーク出版 2014

この本出たばっかり。(奥付によると発行は昨日だそうです)
で昨日出版記念講演があったのですが、すっかりわすれてて(・Θ・;)
行けなかったけど(ま、いいか)

先日“1日間違えて”受け損なったセミナーってこの方の
このセミナーだったのですが
本だけ買って自習したって具合になりました…( ̄w ̄)


著者の入江さんのことを知ったのは、何年か前映画「1/4の奇跡」をみたときです
そのあと会場で買った同名の本を読んで

この方がある日不意に体験したミラクルを
わたしも体験してみたくなりました
それで…


本書では「魂」とか「御霊」とか「おてんとさま」のことを
説明してくださっています
(詳しくはお読みください。この本ともずいぶん内容はかぶっています)

そして
おへそで面々とつながってきたご先祖様たち(とその究極の先の「もと」まで)
に想いを馳せつつ(出来うるならば深く感謝しつつ)

「なんとなく」の世界を知って
アタマ空っぽに
「下座」をこころがけ


そうして「へそ」が働くようになると

今、大切なことがふと分かるようになる
そうです

「考えるより感じる」ってのは結構難しいのよね…
(つい考えちゃうのは学校教育のアルイミ弊害なのかー)

ともあれ



この本読みつつ、宿でのんびりしていると

なんか ぽっ   ぽっ   と
ふと頭に浮かぶかすかな思いがあるわけですよ

いや、いつもあるんだけどこれって相当かすかだから
ちょっとした騒音や雑念にもかき消されてしまうでしょう
(で、あとで、あ…あのときこの思いにもっと注意を払っていれば!なんて思うことって人生で何度もあったな)


このとき(滞在中に)わたしの心にひらめいたのは

「静かになりたい」…静かな、水面のようでありたい…みたいなことと
(これ、実はちょっと思い当たるフシがある)

「家をパワースポットにする!」( ´艸`)

みたいな事がらたち〜♪うふうふ



本読んだだけではぜんぜん理解したとは言い難いのですが(そりゃそうかも)
目指したい〜〜〜 「おへそで生きる」





posted by しろくま at 11:57| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年08月30日

「人生の目覚まし時計」


人生の目覚まし時計 --- 富田欣和/著 PHP研究所 2009

この本も同じく宿のラウンジで手に取りました。
こっちは(字も大きく少なかったので!?)気になるフレーズをメモしながら、
最後までじっくり読みました。

話は、幼少期からはじまる「向き合うのを避け、逃げた」体験…
そして学生で起業して--- 失敗
クライアントからののしられ
就職するも解雇
女性にはふられ

どん底ですよね

それから父親の残した会社を継ぐことになり
暗中模索
そのなかから、すこしずつ、大切なことをつかんでいった…

「大切なことはやり方ではなく、在り方」
ってある日閃くんだけど
でもそこから人生が好転するにはまだ長い道のりがあったのでした。

そのことを
「僕の奥深いところでは大きな気づきを得たと思っても、
それを支えるこころとからだには、少し前までの偽りの自分の記憶が残っている」
と書いていらっしゃいます

10代の頃の様子は
「ストグレ!」の悠太を思い出すなぁ
まさに"fixed-mindset"状態です

でもね、気づくんですよね
自分の弱さを否定し続け、逃げ続けていたことに…

「何から逃げたいのだろうか。わからない。
ただ、自分が見たくないものが、迫ってくるような気がしてならなかった」
「それはまるで、ロシアンルーレットのようだった」
「先延ばしにすれば、それは形を変えながら、しだいに大きな試練となってやってくる。
大きな試練になればなるほど、向き合うことが難しくなる。
しかし、いつか必ず向き合わなければならない。
そう、ロシアンルーレットにはまだ弾丸が残ったままなのだ


うふ。このへんは「ゲド戦記」^^
それにしてもこのフレーズかっこいいわねぇ!

で、再建のためとにかく頭(小手先のデータ分析)じゃなくて
手足を動かす(顧客に会いつづける)中で気づく。
最も身近な人が、最も偉大な先生だったことに…
そして決意。
「一番大事なことを、一番大事にしよう」

「自分が探しているものは、どこにあるのか。
それを遠くに探しに出ても、決して見つかることはない。
僕が越えなければならなかった、『逃げない』という壁。
それを越えるために必要だったのは、父の思いを受け止めること。
自分が一番探したかったものは、自分が一番観たくなかったところにあったのだ」


結構感動した。
(字が大きいとか少ないとかじゃなくってさ)
この飾らないありのままをさらけ出した話が胸を打つんだわ

そして、この本の作者と(わたしの中で)キャラがかぶってしまった。

なんかやばい(自分が)

posted by しろくま at 22:02| Comment(0) | こんなん読みました^^

「聖地へ 神々の大地に祈る」


聖地へ〜神々の大地に祈る --- 稲田美織/著 武田ランダムハウスジャパン 2008

先日泊まった宿の、ラウンジの本棚にはたくさんの本がありまして
その中から読んだ中の1冊。
チェックアウトして、お昼御飯までの間に
コーヒーを飲みながらラウンジでのんびりと^^


写真家の方なので、写真が豊富でとてもきれいな本です。

イチゴの時期のウクライナで…

「村のそれぞれの家の前ではおばあさんや子供たちが、
庭や畑でその日に収穫された果物をのんびり売っていた。

(略)
久しぶりに、完全に熟れた甘くていいにおいがするおいしい果物を食べた。
しかも小さいバケツにいっぱいのイチゴで150円くらい。
ぎりぎりまで畑で太陽を浴びたイチゴは、触っただけで手が真っ赤になるほど完熟していた。

ニューヨークでは高級オーガニック・スーパーマーケットが大流行していて、
そこでは、ありとあらゆる美しい果物が1年中並んでいたが、
味も匂いもあまりしないことを思い出していた。
甘くて味の濃いイチゴを食べながら、本当の豊かさが何なのか考えた」

確かに
アメリカのオーガニックスーパーって大きくて品揃えが素晴らしくよくて
圧倒されますけど
オーガニックのものって、こんなにたくさんあるんかな?
「オーガニック」の基準って?
って若干疑問に思うのも事実…

冬の長いロシアでは
何もない季節は本当に何もないのかもしれないね
でも
一体何が「豊かさ」「幸せ」なんだろうなぁって

この夏わたしも同じことをしみじみ思いましたっけ



あと、セドナで拾った「頭蓋骨大」のローズクォーツ
(だったかな?!そのイメージが残ってる)
のエピソードがへぇぇぇぇぇ
でございました。

読み飛ばしたところもいくつかあって、
本当は完読した本しかここに書かないっていうのはわたしのポリシーなのでありますが…
またゆっくり手に取ってみたい。
ということで、書きとめてみました


posted by しろくま at 19:10| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年08月29日

「日本一の大投資家から教わった人生で最も大切なこと」


日本一の大投資家から教わった 人生で最も大切なこと --- 本田晃一/著 フォレスト出版 2014

わたしはこの本田さんって方も存じ上げないし、
投資にも全然興味がないし、
この書名も長くってぜんぜん好みじゃないし(でもこういうの多いのよねぇ)
フツーだったらほぼ間違いなく手に取ることはない本だと思うんだけども

心屋さんのblogでおすすめされてから興味が湧いて読んでしまった。


いい本だった。


ここのところあれこれ本を読んでて整理(blogにup)してなくってなんだか
ごっちゃになってるかもしれないので…ぼちぼちいきますが

この方は若い頃お父さんの事業を手伝うことになって
その中でたくさんの「成功した」人たちや「成功してたけどその後失敗した」人たちに出会って
その方々からたくさんのことを学んで

それからついに人生の師である「日本一の大投資家」竹田和平さんと知己を得て
その教えを得た…
その過程や教えの内容を書かれた本です。


印象に残っているのは
投資家である和平さんが、投資先の(大損を出した)幹部を鼓舞するシーン。

元気のない(そりゃぁそうやわね)相手に向かって

「ええかい、あんたの仕事は尊いねぇ!」

励ますんですね
励ますっていうか思い出させてあげるんですね
その人の仕事の尊さを
(このときのこの会社は先物を扱う会社だそう)


「仕事というのは本来尊いものがね。
世のため人のためになってるよね。
赤字になるのは、何のためにという動機を忘れてしまうからだよねぇ。
会社が何のために存在しているのか?
その動機を忘れてしまうから、赤字になるねぇ。
『何のために』を思い出したら、たちまち黒字だがね」




この方は「徳のある会社」に投資されるのだそうですょ
「儲けよう」と思って投資されてるのではないんですねー
いわば
「世界をよくしよう」とされてるんだな…

(本文には、「自分のためというのを投資から抜いて」
「純粋に世のため人のためという視点だけを持って社長さんたちを応援しようと思ったら、
一気に100社の大株主になってなぁ」
とアリマス)

この
動機
っていうのが結構ずしっとくるわね

「何のために存在しているのか」ってことが動機ですけど
「そもそも…会社を始めたときのアツい想い」だったりそれは豊かな気持ちだったりするのだわね

「成功したければ動機が必要だがね。
動機がある奴は成功するまで気が持つけど
動機がおらん奴は
成功するまで気がもたんねぇ」


ほほー。

和平さんのスタンスは
「いっさい相手を叱らない。
いっさい相手を否定しない。
いっさい相手を支配しない」


それでこの方(著者)は

「自分のやっていることが見えなくなったり迷ったりしたとき、
ふと『自分も尊いとしたら?』と問いかける」


んだそうです
誰だって落ち込むことも揺らぐこともあるけれど

「自分も尊いとしたら?」

おてんとうさまに恥ずかしいことはできないし
前を向いて歩んでいける気持ちになるわねぇ


おじさん(失礼)の愛がたっぷり、豊かな気持ちになるし
生きる参考になるしっ

面白かったです!

posted by しろくま at 23:34| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年08月12日

「間宮林蔵」


間宮林蔵 --- 吉村昭/著 講談社文庫 2011

1987年初出版
この文庫版の装丁がなんとも素敵でしびれます

アムール川へ行ったものだから
なにかかかわりのある物語を読みたくなりました


間宮林蔵。

間宮海峡の発見者、っていう名前くらいしか知らなかったわよ

農家に生まれて、見込まれて役人の用を手伝うようになり
その後測量の手法を身につけて樺太から北方へ向かう…

って
波乱万丈の人生です

何か大きな運命の手を感じるけど
でも何かに導かれて生きた...とも思えないのが
この人が強い意志と慎重な目配りとを持った実際的な人だったからかなぁ

読みながら強く感じたのは
当時の日本って
(モチロン頼む人物は吟味してあったのでしょうが)
託したお金は滞りなく届く
依頼した事柄はきちんと伝えられる
あてた手紙は正確に届けられる

大金でも、貴重なものでも。
人を信頼できる社会だったのだなぁってこと

頼まれたことに責任を持って誠実に遂行する
って私たちの今の社会は受け継いでいるかなぁ

誠実であること
正直であること
を大切にいきていきたいよね…


本書の前半は樺太およびアムール川河口域の探検の描写です
おもしろーーーい!

当時日本の人が蝦夷に行くと、妙な病にかかることが多かったのだけど

地元のアイヌと同じ食生活をする
ということ(彼の人生の大きな山の一つ)を知って乗り越えていくあたりや

食だけではなくて厳しい探査旅行の中で
冬の毛皮は熊皮ではなく犬皮がよい
…熊は冬ごもりをするけど、犬は雪の中でも平気で寝るし、毛皮の雪離れもよいから…
って理解するあたりも

リアリティがあっておもしろかった。
(でもさ。実際に身にしみるまで分からなかったのねー)

アイヌのラロニとの友情らしきもの?も胸を打ちました
(二人で逗留先のギリヤーク人の村に溶け込もうと苦心するあたりは、
面白いというか微笑ましいというか…でもね、必死なのよね)

その厳しくも魅力的な旅行記は本書の半分で終わっていて


後は隠密…単独の命を帯びた、調査的な仕事を依頼され続けた後半生が
描かれています

地図を国外へ持ちだそうとしたシーボルトのことを憤っていたようだけど
シーボルトが世界に紹介してくれたおかげで
間宮海峡発見のことが世界に評価されたのだもんね
禍福はあざなえる縄の如し、ってね

時代のあわいというか、変動期に生まれた異能だったのだなと思います
おもしろかったです!


posted by しろくま at 21:36| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年08月06日

「食べない人たち」


食べない人たち〜「不食」が人を健康にする --- 秋山佳胤、森美智代、山田鷹夫/共著 マキノ出版 2014

なんでこの本を手に取ったかさっぱりわからないのだけど(まぁ「出会い」としか)
読んでいるうちにちっちゃなシンクロがいくつもあったりして
思いのほかおもしろかったのです

以前は、って10年くらい前かなぁ
やっぱ食べない人たち―――プラーナを摂取して栄養として生きる人たち―――がいるってことを聞いて、
ソウイエバ興味深く思ったことがあるのですが

その時にはまるっきり自分とは違う次元のお話だって思っていたことが
もっとずっと身近に感じたというか(10年の間に何があったのかワタシ!?)( ̄w ̄)

そうそうこの頃あのゴボウ茶の(?といっていいかどうか?)Dr.ナグモとか
その後はよく知らないのですけど)
たまたまつい先日TVをみていましたら出ていらして
他のお医者さんたちの養生法を査定するという趣旨の番組で
一日一食(ただしドカ食い)の健康法を実践している方のことを
「ご自分でいろいろ試して、(その人にあう)その方法にたどりつかれたということが素晴らしいこと」
とおっしゃっていまして
それにはとても共感した次第。


さて
この本ですが、著者の3人のみなさまはみんな
ほとんど何も口にせず(秋山さんに至っては水も飲まないとか)毎日ハツラツと暮らしていらっしゃるそうなんですよ

それぞれのストーリーはそれぞれですが
とくに山田さんが(「不食」ということばの生みの親らしい)
食べずに生きることについて、説明してくださっていてナルホドぉと思いました。

どうやら…
「人は食べないと生きられない」という意識を(潜在意識に)持ったままで
食べないことを続けるとそれは飢餓となり危険なものだけれども
「人は食べなくても生きられる」ということを身体も心も納得している人には
それが事実となるようで…


秋山さん曰く「問題は問題と思わなければ問題とならない」

山田さん曰く
「不食を行うには、個人的な潜在意識の情報を変えていく必要があるのですが、
どうやら不食は個人を超えた人類全般の生き方にかかわっているような問題に思われます。
集合的無意識の情報が少しずつ書き換えられているために、人類全体で小食・不食へと向かいつつあるように見えるのです」


(山田さんによると、いま時折耳にする「一日一食」(健康法)ができる人は、
もうじつは微食、そして不食ができる人なんだそうです)

10年くらいかけるつもりで、楽しみながら、我慢せず、ゆっくり慣れていくのが
不食に至るおすすめの方法だとか。
体と心を慣らしつつ
潜在意識を書き換えていくプロセスというわけね


なぁんだ
いいんだー
食べなくても


たしかにー
身体が元気になって若がえるそうだし
ごはん食べなくていいなら
地球の資源も使わなくていいしお金もあんまりいらないしいいことばっかりだなぁ

( ´艸`)
ご飯作るのがどうにもめんどくさいわたしには
ちょうどいいかも〜〜〜♪
(なーんていいつつ、おいしいもの食べるのはLOVEなんでございますが★)


そうそう昨日ちょうど、重ね煮教室行ってて、玄米クリームを作って食べたところ。
ちゅん2が赤ちゃんのときに自分で作ってみた玄米クリームは、手間かかるしそう美味しいとも思わなかったのに
(以降一度も作ってなかった)
昨日はとっても簡単に、しかもおいしく感じましたのよ^^

これもシンクロ??( ̄w ̄)


「科学的」「栄養学」「理屈」「頭で考えてること」…ナドナドのアヤシサはこれまで
結構体験しているものだから
この本の内容を鼻であしらうわけにはいかないわ

不食、興味あるな〜



posted by しろくま at 16:25| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年08月05日

「99%の人が知らないこの世界の秘密」


99%の人が知らないこの世界の秘密 --- 内海聡/著 イースト・プレス 2014

ロシア行く前に読み終わった本なので読後感も薄れてしまいましたが…

それに
おっしゃることに共感するところはずいぶんあるんだけれども
基本的にこの人好きではない。
日本の近代史を「自虐史観」なんっていう人は(確かそういうところがあったような)ワタシ基本的に信用してない。

とはいえ
なんとも読みにくい(読んで楽しいとはいえない)本であるとはいえ
一回目を通しておきたかったのよね。この「彼ら」
…世界を影で動かしている人たちのことらしい…
についてのことを。ネット上にはいろいろあるけども。


というのも

今で言ったら
安倍さんがアメリカにすり寄っていく様子も
小国イスラエルが無茶苦茶している(できている)様子も etc.
世界で起きているいろんなわけのわからないことをみていると、なーんか
そういうあまり表に出てこない(報道されない)力みたいなものを
感じてしょうがないんですよね




著者は本書の中で
自分で考えようとしない、調べてみようともしない、権威やマスコミの言うことを鵜呑みにする
人たちのことを「グーミン」って呼んでコケにしていますが

一番最後の最後の章で
「自分がグーミンであると自覚したのは、今から三年ほど前だろうか」
って書いてあってうふふって思いました
(ちょっとこの人が好きになった)

「三方向から調べ、考えよ」

ってホントにそうだと思う…


文中で2回くらいホメオパシーのことが出てきます
そういえば
この方、ホメオパシーの学校に入られたとか何かでみたような??

こんなとこかな
あんまり感想がなくてすみませーん






posted by しろくま at 17:09| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年07月27日

「私が語り伝えたかったこと」


私が語り伝えたかったこと --- 河合隼雄/著 河出書房新社 2014

夏休みになりました〜
毎日暑いです!!昨日は、地元の夏祭りで私もお仕事があって
夕方から(暑さに)うんざりして出かけましたが意外に風が涼しくって
覚悟していたほど大変でもなかったです

ちゅん2は早々と友だちとお祭りに行き、その割に会場で見かけないなぁと思ったら
浜の方まで花火見に行ったそうで…┐(´-`)┌


さて

長々と持ち歩いていたこの本をようやく読み終えました


今年出たばかりで、先生はもう7年前に亡くなっていますから
ご存命中にいろいろな主に雑誌に寄稿された文章を集めたものです


印象的だったところ…

「おとなになるときには断念する力が要る
(中略)
何かを選ぶというなかには、その代わりこれはやめることになるんだという、あきらめというものがある。
あきらめる力を持っていない人はエゴ・アイデンティティというものは確立しない」




「神話や昔話をいろいろ研究すると、ワンパターンの答えがないということがいえるんです。
つまり、こういうときはこうしなさいという、ルールで言えないんですよ。
そこで大事になるのは、私はどの話でいくかということになるわけです」


うふうふ。「正しい」ってものは窮屈だよね 気持ちも視野も


それから…

「なにか気の毒な人を助けるのがボランティアだと思っているのが大間違いで、
もっとおもしろいことをやるためにボランティアをやったらいいんです」


本書の最後の方にも

「素人の人はすぐ親切にしたり、何か人の役に立とうとしたりするのだけれども、
専門家はそういうことはしないのだ」

というくだりがあります

初めの方には「見守るということは、その子に対して何かをするよりもはるかにエネルギーがいること」

これはそれぞれ違うテーマに関して語っていらっしゃるのだけれども
深く考えさせるものがありますね…


夢の話のところでは

「昔話に良くある魔法の鏡(Zauberspiegel)は、映すものの外的な姿よりは、何らかの内的真実を映し出すものであるが…」
といいつつ
ある患者さんの夢の話で
「昔話にもよくあらわれる分かれ道の主題が生じているが、昔話の三人の旅人のようにわかれ道の選択を迫られているのは、すべて『私の分身』である」

というのもすごく印象的なところです


もうひとつ夢のことで
ある人の夢の中に「その人の自我とは異なる私がその人の夢の中に出現する。
それは彼女の嫌な面、すなわち彼女の受け入れ場大半面を示している。
このことは、自我存在に対して無意識はちょうどそれを補償するような傾向があり、意識と無意識とが合わされて、一つの全体性が形成されることを意味している」

…というのを読んで、なるほどなぁ!って思ったのは

たまに心屋仁之助さんのblogを読んでいて
「(自分にとって)一番ありえないことが解決の道」みたいな指摘があるんですけど
なるほどーーそういうことなのかも。
って合点がいった気がしています

夢でやったりもするんだよね 人間ってすごいなぁ それを無意識でなく意識を持って行動すると
さぞやパワフルなことでしょうね


さて
この本の中で河合先生は洋の東西…というか日本と西洋の
メンタリティの比較をたくさんされていますが
(特に宗教観について)

中でもわたし何より aha! って思ったのはここです

「私の仮説ですが、日本人は身分制度をなくしたけれども、心の中に持っているんです。
『大学出』というのが身分だと思って威張っていた時代もあったし、
みんなが大学に行き出したら、大学にランク付けをして、それを身分みたいに思っている」

「身分というのは個性の反対なんですよ」


現代の身分制度! それで親は必死になる、

なるほどな〜〜〜〜〜〜すごい合点がいくんですけどっ


まさに卓見









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2014年07月15日

「夏の庭」


夏の庭 --- 湯本香樹実/作 新潮文庫 1994


わーーーおもしろかったなーーーー 今期一番かも。


小学校6年生の3人の男の子とひとりぐらしのおじいさんのふしぎな…そしてとてもあったかい…交流

がストーリーの中心なんですけど

この男の子たちがまたきわどくて素敵でねぇ。
彼らを取り巻く家庭や社会もイマドキでねぇ。
おじいさんはじつは北海道の田舎出身でねぇ。
(これはそう、重要なプロットでもないんだけどわたしが道産子なもので特筆( ̄w ̄))

読んでたらどんどんうれしくなってきてねー

でも
でぶの山下くんが包丁を研いでるシーンなんて
わたし
泣けました

子どもたちが庭でホースで水をまいて虹が現れるシーンでは
「光はもともとあったのに、その色は隠れていたのだ。たぶん、この世界には隠れているもの、見えないものがいっぱいあるんだろう」


そうそう
主人公の男の子が読んでる本ってことで
「かかし」が出てきたよ♪


全編を通して「死」がすぐ近くにうずくまっているかんじ。
この子たちは6年生だけど
だれもが6年生とは限らないだろうけど
だれしもさ。大きくなる中で「死」が妙にリアルに近くにいる時期ってないですか?
(わたしは、幼稚園くらいのときだったかも)



すっごい。このひと(作者)、うまいし、繊細だし、自然。
この本読んだ後だったら
これとかがなんだか作りものっぽく思えてしまう


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「大人になることのむずかしさ」


大人になることのむずかしさ〈子どもとファンタジー〉コレクションX --- 河合隼雄/著 河合俊雄/編 岩波現代文庫 2014


このシリーズは
T 子どもの本を読む
U ファンタジーを読む
V 物語とふしぎ
W 子どもと悪
と読んでまいりまして

ようやくこれ。思春期モンダイ。いや思春期の子どもとの付き合いだけでなく、
わたしたち大人もそうでしょ。っていうか、わたしたちってホントに大人??

なーんてあれこれ思ったりしながら

ねっとりじっくり読んでおりました。ようやく読了。

もうどこから話していいかわからんくらいどこもかしこもおもしろかった。


そしてね。
読みながら…

ちょうどその時、その頃、ぶつかっている事柄となんとシンクロしていたことでしょうね
こういうのって
鳥肌たちます


思春期は親子の間が(アルイミ)切断されるような思いもするものです(よね?)
でもそれは
「一時的な切断は絆の質を変えるためのものであった」
これは本書で取り上げられているあるクライアントの例ですけれども

「われわれが絆の強さの方にとらわれ過ぎると、それは相手の自由をしばるものになりがちである。
深い絆はあいての自由を許しつつ、なお絆の存在に対する信頼を持つことができる。
しかし、われわれは絆を深いものとするためには、切断の悲しみを経験し、それを超える努力を払わなければならぬようである」


覚悟。覚悟。。。


ちょうどね、
「いったい誰が悪いのかと考えるのではなく、これはなにを意味しているのかと考える方がはるかに建設的」

っていう一文を読んだ後に
あーそうか

って思うことがあったのです

表現形はいろいろあっても
その人がそういうことを言ったりしたりするというのは
ほんとうは
一体
なにを伝えようとしているのかな?
「その行為によって彼は何を伝えようとしたのか、というように、コミュニケーションの手段として考えてみること」

って思い巡らせるとそれってすごく建設的だし理解しやすいし理解できると魔法が解けたみたいに思う。

(そして、すごくいろいろ心あたりが思い浮かぶ)


中でもおもしろかったのは
今の社会には(昔のような)大人になるための決まった儀式(イニシエーション)がないでしょう
だから
個々人は自分の力で自分なりのイニシエーションを見つけ経験していくことになっているって
イニシエーションが個人として生じているって
(そしてそれは時に死に肉薄するようなこと)


「青年期というのは、今までに建てたひとつの家を壊して新しい家に建てかえるのだ」

先生曰く
子どもの頃の「仮小屋」があまりにりっぱでも、
それはそれで(一旦壊さなきゃいけないからね)大変なものなんだそうで

「家庭内暴力をふるう子どもの多くは、仮小屋をたてるときに、親が妙に張り切りすぎて、本屋まがいのものを建てさせたようなところがある。
したがって、それを壊すには相当な『暴力』が必要なのだ」


なるほどねぇ。
そして
大きな家を建てようとすると、基礎工事も大掛かりになる(深く掘る必要がある)ってのも道理でございまして…


うわーやっぱ思春期って大変。


さて
「大人になる」という考察の中で
「大人とは何か」ということが(やっぱ)大切なわけですけど

そしてそこにはその個人の所属する「社会」のすがたが大きくかかわってくるわけですが
(くわしくは本書を読んでね♪)

「補論」におもしろい話が載っていた。

欧米、あるいは「キリスト教国」にみられる「父性原理」に基づく倫理観

一方日本では「母性原理」が比較的強くそれに基づく倫理観との
違いを解説してくださっているのですが

母性原理に基づく倫理観っていうのは(説明ははしょります)
「与えられた『場』の平衡状態の維持にもっとも高い倫理性を与える。これを『場の倫理』とでも名付ける」
一方で父性原理的な方は「個の倫理」

要するにね。
「我が国においては場に属するか否かがすべてについて決定的な要因となるのである。
場の中に『いれてもらっている』かぎり、善悪の判断を越えてまで救済の手が差しのべられるが、場の外にいるものは『赤の他人』であり、それに対しては何をしても構わないのである」


このことを、よく欧米と日本との文化を語る時に引き合いに出される
「交通事故を起こしたときに謝る/謝らない」という場合にあてはめて説明されてます。

うーん
 すごい納得。

あのね、小学校のPTA役員をしていた時に
不思議だなーって思ったことがあって

女の人ってわりと他の人のうわさ話とか特に悪口を言うのが好き?な人っているんだけど
聞いていると
相手もそんなに悪い人のようじゃないのよね。
でも要するに(その人は)「仲間じゃない」「寄ってない」っていうその属性のゆえに
ひとつひとつの言動を(仲間だったらきっと気にしないはずのことを)あれこれ言われていたんだなぁって
そうだったのかーって
納得しちゃった。

「実のところは、日本ではすべてのものが場の力の被害者なのである」

このなんとも存在感ある「場の力」

これが、主人公じゃないけど、主人公に匹敵する存在感を持っていたお話を
思いだした

少し前に読んだ
「樹上のゆりかご」

辰川高校という「場」の
ほとんど人格を持つように思えるほどの存在感すごかったな。




あちこちおもしろすぎて書き込みしすぎて本が真っ赤。




(うわ 長。)






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2014年07月08日

「一億百万光年先に住むウサギ」


一億百万光年先に住むウサギ --- 那須田淳/著 理論社 2006


この頃
あれやこれや読み散らしているんですけれども未読了のものが
そこらじゅうに…(^_^;)いやー片付かん

その中でこれは唯一
昨日借りてきて読み出したら止まらず昨日中に読了。

なんてったって
この表紙のウサギ…中学校の図書室で目があってもう
心をわしづかみにされたのでございますが
ゾーヴァ!いやー表紙絵挿絵画家の中では一番好きかも。

那須田さんの先日読んだのはおもしろかったけど
シンプルすぎ〜きれいすぎ〜って言ってすみませんでしたっ!

こっちの方が、あれこれ登場人物もエピソードも凝っているんですけど
やっぱ
シンプルな方が
(あれこれ詰め込んでない方が)
すんなり楽しめるかも。って思いなおしました


でもー
読み出したらやめられなくなるのよね〜なんでだろう。



「佐助さんがハーフには美人が多いと言っていたが、神様はそうやって違う人種が混ざり合い同化することを奨励しているのかもしれなかった」(p176)

「人のせいにしないということだ」(p157)


あたりにはっとしたり、うぉぉそう来たかと思ったり。

そうそう、うちのさくらちゃん(雑種/mix犬)も
ほんまに賢いしかわいいし丈夫だし欠点なし!(いや、むやみに人懐こいところとか?番犬としては…)^^



それにしても…


この本、わたしは十分おもしろく読みましたけれども

今の中学生ってこういうの、
大人の勝手な事情があちこちにぼろぼろ出てくるようなものがたりって読みたいんでしょうか?

(反語じゃなくって文字通りの素朴なギモンなんですけど)


posted by しろくま at 13:53| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年06月26日

「『筋肉』よりも『骨』を使え!」


「筋肉」よりも「骨」を使え! --- 甲野善紀+松村卓/対談 ディスカヴァー携書120 2014


ご存じ「武術」を現代によみがえらせている身体の達人 甲野善紀さんと
短距離走者からトレーナーに転身した、「骨ストレッチ」の考案者 松村卓さん

今のスポーツ界の「科学的トレーニング」に真っ向から反論し警鐘を鳴らす本

とでもいいますか。

すごーーくおもしろい。


昔の日本人って(今からすると)ずいぶん「栄養」の偏った粗食で「体格」も悪かったのに
すごく馬力あったしスタミナあったし(こんなさ。)
あるいは超人的に身体を使える武道の達人がいたり

【※後ほど追記※ これはなにも「日本人だから」ではありませぬ。日本人礼賛じゃないからね〜vv
北米のインディアン(の、どこかの部族←覚えてないケド)の人は、麦から作った土着のビールのようなものだけを摂って、一日中走り続けたとかいうのも聞いたことがあります
要はその土地風土そこに暮らす民族それぞれの身体にかなう栄養なり使い方なりがあって、それは全世界共通のしかも今の時点で確認されている範囲の「栄養学」なり「科学」ナドでは、はかれないものがいっぱいあるんじゃないかってことがいいたい】



山は崇めるもので登るものではなく
西洋の役者は頭で考えて役作りをするけど日本(アジア系?)の役者は結構感覚型憑依型じゃないのって思ったり(ドイツのオイリュトミー学校ではそうだったよ?って昔先生が話してた)
(…あれ?だんだん趣旨が違ってまいりましたが( ´艸`))


ともあれ(と、話を戻して)

そのあたり、
「身体を使う」ことにいかに科学(そして現代の私たち)が無知無力であるか
現代のわたしたちが身体より脳を喜ばせているのか
っていうことが
颯爽と論じられていて読んでいて気持ちがよかったです


「見えないところで、これまで当たり前だった常識が大きくひっくり返ってきていると思うんです。
そのことを、身体を動かしている人はもちろん、一般の人にももっと知ってほしいと感じています」
(松村さん)



スポーツのことはわたしあんまり知りませんけど
(経験があるのはうちこんだ順番に合気道とスキーとスノボとダイビング若干くらいさっ)
思えば
(ちょうどW杯now)サッカーのことだってあんまり知りませんけど

今日本代表で活躍している選手って、
子どもの頃はそんなに目立つほど上手じゃなくて…大学のときも補欠で

なんて人、けっこういますよね?

逆に言うと、子どもの頃頑張って練習して脚光を浴びてたような子はそれほど
大成してないんでしょうかね?

「科学的なトレーニング」を熱心にすることで
その子の才能をつぶしている可能性があるかも。


「筋肉よりも骨が重要である」

骨の動きは「目に見えない」

「目に見えないものが重要」

「部分ではなく、部分同士のつながり、全体を観る」


身体のことだから(か)、動きのことも、スポーツ、医療も、おんなじだわねぇ



「これまでの定説、常識」を疑ってかかることって
(だって「現象」を正確に見ていたら疑わざるを得ないことって結構あるのにねぇ)
その道の一流と言われる人ほど難しいらしいってことは本書の中に何度も出てきます

「超一流」じゃないのかもー)

それを妨げてるのは「見栄」ってはっきり。

これ、なにもプロじゃなくてもわたしたち一般人でもきっとそう。


「物理でいう『慣性の法則』のようなものは心理的世界にもあり、
今までの常識に反することに対し、それを起こさせまいとする力は潜在的に巨大なものがある」

って甲野先生はおっしゃっていますが実感こもってるなぁ…



そうそう、予告していました件

この中にね、
松村さんの「尾骨メソッド」の例が出てくるんです

自分の尾骨からしっぽが伸びている状態をイメージするとすごいパワーが出て、また身体も安定するんだそう。

「しっぽは本能的なものとつながっている」っておっしゃってますが

つい先日
新聞だったかなぁ…お名前も忘れましたがどなたかの書かれた詩を
読んだんですよね

しっぽがほしいんだ

って
切実な叫びでしたが
(もし、見つけられたら…ですけど…ご紹介しますねー)


びっくりしたーぁ。詩人って、すごい。






posted by しろくま at 19:28| Comment(0) | こんなん読みました^^

"The Missing Piece Meets the Big O"


The Missing Piece Meets the Big O --- Shel Silverstein,
HarperCollinsPublishers, 1981


これの続編。こんどは、
ちっこい欠片の方のものがたり。


ずーっとずーっと「見つけてもらう」のを待っていたんだけど

それじゃうまくいかなかったのよ。

ある日、アルイミ憧れの人(?)Big Oに出会って…



えへへ なんだか勇気が出るわ




posted by しろくま at 18:50| Comment(0) | こんなん読みました^^

"The Missing Piece"


The Missing Piece --- Shel Silverstein, HarperCollinsPublishers, 1976


この作者の"The Giving Tree"がだーいすきなので
そのうち読もうと思っていたんだけどすっかり今日まで放っておいた。


基本的に
AがBを探す AがBと出会う
っていう物語だから


いろんなAとBを想定してその関係性のメタファーとして
読めるよね
文章も絵もごくごくシンプル(しかもほのぼのとしたユーモアがある…)だし



多分その人それぞれに(覚えのあることで)
心をつかまれる…

やっと出会ったと思ってもいろいろあっただけに慎重になっちゃったりね。



出会いたいなぁ
隙間を埋めたいなぁ
っておもうけど

"And because it was missing a piece
it could not roll very fast
so it would stop
to talk to a worm"



って
ほんとーそうだよなぁぁ


itがなんだか楽しそう


うふうふ。素敵な本。




それにしても…

"Grease my knees and fleece my bees"
なんって、どうやって訳してるんだろ。気になるぅ

posted by しろくま at 18:40| Comment(0) | こんなん読みました^^

「百歳の力」


百歳の力 --- 篠田桃紅/著 集英社新書 2014

著者は墨を使って抽象画を描く美術家。

まぁ
100年前の女性としては、
「100年前の女の子」、読んだのいつでしたっけねー このblogになかったので、もっと前だったのかな)
ずいぶん自由に生きられたというか
おうちも恵まれていらっしゃったんでしょうけれど


芸術家で
独身で

「常識」にとらわれず

きっぱりとした
前を向いてご自身で選びとってきた生き方が潔いです
(人生の大先輩ですけど…)


今でさえ、(今だからさらに?)「常識」ってのから距離をおくっていうのは
結構難しいことが多々ありますから
気楽。自分勝手。ずうずうしい。無責任。輪を乱す。迷惑。なんて言われて…

随分厳しいこともおありだったのでは…

でも
魅力的な人生。

(あはは わたしも、常識?ナニソレ?ツマンナイ〜って思うこと多いニンゲンだからさ。( ̄w ̄))


文中で紹介されていた、草野心平さん(詩人)の言葉が心に残りました
「富士が美しいのは、底に火があって、てっぺんに雪がある。
その両極があること、それが富士を丈高くしている。
ああいう美しいものはこの世にない」




この本は少し前に読み終わって感想を書くでもなくいたのですが
今(次に)読んでいる本(「『筋肉』よりも『骨』を使え!」)が全然ジャンルは別なんだけどやっぱり
常識を疑え
っていうような本でしかも
その中にある一つのエピソードが「詩をかく人」の感覚のものすごい繊細さと正確さに
わたしは正直びっくり仰天したので

そういう意味で共通点がすごくある本です
さっき読み終わったのでまたおいおいご紹介します…^^





posted by しろくま at 18:19| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年06月22日

「地球に生まれたあなたが今すぐしなくてはならないこと」


地球に生まれたあなたが今すぐしなくてはならないこと --- 木村秋則/著 KKロングセラーズ 2014

木村さんの本は、とても全部は読んでいませんけど
あ これは
と思ったものは目を通すようにしています

けどなんだかこれは久しぶりって感じだなー


もうどこかで読んだ話ばかりだったけど
でも
また違った説明をしていただけるとこれもまたおもしろいのだわ

リンゴの病気は「農薬の与えすぎ」「肥料の与えすぎ」「草の刈りすぎ」

んまーなんと
ニンゲンの病気と似ているんでしょうねー(っていうかおんなじ)

「リンゴの木は、自然の山の再現した『土』で根を養い、
自己治癒力を持ったのです。
虫にも『病気』にも耐える力をつけたのです」


そうそうそういえば
自然農の方のおっしゃることってなんとまぁ子育てに似てることよぉぉと
ちゅん2の小さい頃は驚きつつ読んでいたことを思い出した
(今も子育て中なんだけどなぁ)

木村さんの畑の作物からは(近隣では検出される)放射能が出ないんだそうですよ


この本は薄いし字も少なめだしすぐに読めるっていうか
(もうちょっと詰まった本を読みたいなぁ2冊に分けないでさ〜〜出版社さん)
あと若干、今までの本よりも、著者の思い込み的な細かいことがちらほら…っていうのも気になりましたけどでも木村さんいい人だからまぁいいのだ。




今回この本で心に残った2大フレーズはこんなのです

「お金はさ、そんなに偉くないでしょう。
だってさ、リンゴ一つ木に実らせることもできないんだしさ。」



うわー、ホントだ
いくらセミョーンが軍隊で脅しても
いくらタラースがお金を積んでも
いくら悪魔が説得しても
きっとリンゴを摘みとるのはリンゴを世話しリンゴと交歓するイワン
なのだ



もうひとつは
「雪が積もる地方の土は、肥えています」

どうも、冬の間土が直接寒波にさらされるのを雪が防いでくれるために
肥えているんだっていうことです

わたし、むかーしに読んですごく印象に残っていることがあるんですけれども
司馬遼太郎さんがオホーツク沿岸の旅行記を書いていらっしゃって
この厳寒の地には昔々の人々の遺跡が多いんだそうですが

寒くって住みにくかったろうにと思うのは早計で

実は豊かな住みやすい土地だったのだろうって

暖房もないような時代なのに冬は山の実りも手に入らないだろうになんでだろうなー
っていまいち納得できなかったのですけど

それに木村さんは土のことを言っているだけだし
当時の人々は農業はしていなかったかもしれないんだけど


意外に思える所が豊かなんだ
っていうか豊かさは何かって実はあんまり知らないんだ

っていうのを思って(今回のここも)心に残りました



何かひとつ「バカ」になってやってみる!
これが木村さんの渾身のメッセージ。got it!




posted by しろくま at 09:56| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年06月21日

「1/4の奇跡」


1/4の奇跡〜もう一つの、本当のこと --- 入江富美子/著 三五館 2007

この本と並んでこれがもう一冊の「読んでくること」図書で

これは再読。
以前、映画「1/4の奇跡」

を見た後に、
山元加津子さんの何冊かのご著書と一緒に読んだ気が。


でもねー

1/4って何のことだったか??
などなどすっかり忘れておりましたわ。んまぁ。(よくあるけど)


読みなおしまた新鮮に感激していたという…( ´艸`)



大阪の一「おかん」(と、一概に言っても、来し方は人それぞれだよね…)がある日
天啓に打たれたように
「宇宙に感謝の量を増やす映画を作る!」って思ってホントに作ってしまった

という…

ことの顛末が書かれています



その人の
「役割」ってね
言葉が共通語です(先日の本と)



オモシロイように

天からの流れに逆らうと作品が進まず
流れに乗るとスムーズに事が運ぶ様子が書かれていて

「自分勝手な思いを透明にすること、大きな意図に戻ること」


でも
並の進め方じゃ天命はスムーズに行かなくて一見失敗のような妨害のようなことが起こり
実はそれが「シフト」に繋がるきっかけになっていたり

んむむー
スバラシく美しいけど大変なのだ。



心にとまったフレーズがいくつもあって

いくつか書いておきますと

「高橋先生は、その人を見るのではなくて、その人の向こうに流れるものを見るように言うてはったでしょ。
僕はいつも、みんなに言ってるんです。
みんな好きな人に出会うとその人のファンにあるけど、そうではなくてその人の奥に流れるものを見なあかんと。
ファンになるな!プレイヤーになれ!っていうんですけどね」
(出路雅明さん)

これー
すごーくわかる!その人の奥に流れるものが好きでその人がいいなぁって思う。
そっか


「人に思いを伝えるときには、何をするかではなく、どんな思いでするのかを伝える大切さ」



「なんの制限もなかったら、だれがいいん?
なんの制限もなかったら…」


こう発想する習慣をつけとくのってすごく大切かも。

これってホメオパシーのセッションで「どういうかんじ?」ってどんどん聞いていったり
(↑厳密に言うとちょっと違うけど…)
シータヒーリングで「もしわかったとしたら?」
って掘り下げていくのとちょっと似てる感じがしました



「天の期待していることをわたしに大胆に実現させてください」



posted by しろくま at 22:35| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年06月19日

「14歳―日本の子どもの謎」


14歳―日本の子どもの謎 --- 小浜逸郎/著 イーストプレス 1997

先月中学校の図書館で借りて読み始めたんですけれども

前半の大部分は酒鬼薔薇事件に割かれておりわたしとしては
なぜこの事件をそこまで大層に取り上げるのか、そしてこの方の論じ方焦点の当て方にも
どうしても疑問があり(興味を失い)
途中で読むのをやめてしまっておりましたが今日返さなくっちゃと思い立って
後半をぱらぱら読みはじめたら後半は結構おもしろかったという…


ま、でも
あまり得るところはなし。スミマセン。わたし向けじゃなかった


そんな中ですが
書き留めておこうと思ったフレーズを二つほど。

「マスコミは、いってみれば『情緒の共同性』であり、人間の非理性的な部分を代表する公共機関である」(p.38)
―――これは、酒鬼薔薇事件のような劇場型の犯罪はマスコミが支えているものだ、という論旨の中で。

でもすごい同感かも


「親子関係の基盤には、もともと、賢く育てれば育てるほど、子どもは親に逆らって自立していくという背理が存在する」(p.194)

この断言調(根拠がいまいち不明)がこの方の文章の気になったところなんですが
でもこのご意見には
一票いれたいかなー



posted by しろくま at 23:23| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年06月17日

「すべては今のためにあったこと」


すべては今のためにあったこと --- 中山靖雄/著 海竜社 2013

夏休みに行こうと思っている、某集まりに申し込んだら
事前にこの本ともう一冊を読んでおいてくださいっていうことなので

amazonで探したんだけど、この面構え(表紙のことね)に
…かすか〜な既視感が…


クリック購入!を思いとどまって、よかった。うちの本棚にありました。
これ、読んだんだっけかな…そもそもなんでうちにあるんだろうか…


というのはさておき
本の話。

著者は、伊勢にある「修養団伊勢道場」というところの道場長でいらした方だそうです
お若い頃から人生を説く?講演などもなさっていたそうな。
もう70を超えていらっしゃいますが


いやー素敵な本でした
ホ・オポノポノとおーんなじことをこの方もおっしゃっています
(オポノポノの方がシンプルというか「それだけ」っていうか、だけど…)


ちょうどね
これを読んでたおとついの晩ですが

オットとちょっと喧嘩をしました
ケンカっていうかさ、わたしの何気ない言葉にオットがぷりぷり怒ったのです
(わたしは口げんかができないので、丁々発止の喧嘩にはまずならない)

んまー怒ってるわーと思い多少むっともし
お風呂に入って寝転んでこの本を少し読んでそれから台所で茶碗を洗ってたらね


あーーーーーわたし(わたしの言ってることはそんな見当違いのことではないと思うけど)
でも

感謝の心が足りなかったな…


ってしみじみ思いまして

オットに謝ってオットも謝ってくれて仲直りしました


この本のおかげであります


「『目に見える世界』だけを見て生きていると、『このことがありがたい』『あのことがありがたい』と具体的な出来事だけを捉えて考えるので、
『このことはありがたくない』という事柄が出てきてしまう。
すべて理屈の世界になってしまうのです」



一人一人には天から賜った役割があるんだよ

魂というのは「たま」と「しい」でできていて
「たま」は天、「しい」は心
というお話が前半部分に書いてあって

「(略)『こうしよう、ああしよう』とか、逆に、『これは、自分にはできない』とか、いろんな思いが出てきます。
心には計算があるんですね。
魂の世界からすればこういう思いや心の世界はすべて『嘘』なんですね。
このような心を修めていくのが『修養』です。
魂の通りに生きられるように、心を修めていく道なのです」



それで、そんな先生にしてみれば、今の時代は
「今はおしなべて『なんでもなれるよ』と言い、そして『こういう努力をしたらいいんだよ』と教えるので、非常に不幸な時代だと思います」

君はあれもできる、これもできる
あれはどう?なんて大人や社会が早くから介入することが(希望を「持たせる」ことも含め)


その人自身が、世間の価値観に左右されず、本当に自分の心弾むこと、好きなことを
役割
として選んでいく上の、障害になっているのだというのです

それ、すごくすごくわかるきがするよ…


「今の時代は、自分の役割が見えにくくなっています。
本当に自分にぴったりくるものを感じる前から、『こっちがいいよ』と示されるのが早すぎるのです。
自分が心地よくて、命が喜ぶことはこれなのだと、つかんで行く前に頭から入ってしまうのですね。
頭の世界から離れて、それぞれ自分の役割を生きていくことが大事なのです」



そうそう今日最寄り会で聖書を読んでいたら、っていうかその個所はわたしが当番で選んだんですけども
こういう一節がありました

「わたしたちの一つの体は多くの部分から成り立っていても、すべての部分が同じ働きをしていないように、わたしたちも数は多いが、キリストに結ばれて一つの体を形づくっており、各自は互いに部分なのです。
わたしたちは、与えられた恵みによって、それぞれ異なった賜物を持っていますから、預言の賜物を受けていれば、信仰に応じて預言し、奉仕の賜物を受けていれば、奉仕に専念しなさい。また、教える人は教えに、勧める人は勧めに精を出しなさい。施しをする人は惜しまず施し、指導する人は熱心に指導し、慈善を行う人は快く行いなさい。
(ローマの信徒への手紙 12章4〜8)」



わたしは手なのか足なのか神経なのか内臓のどれかなのかそれとも一本の頭髪、一本の虫歯なのか!?



そんな役割はね

天がちゃぁんと教えてくださるそうですよ

自分の頭で考えて探したり決めたりするのではなくてね

目の前のことを、今やっていることにただ一心に取り組んでいれば
その役割と出会いとをよろこんで一生懸命やっていれば
役割との「ご縁」が回ってくるのだそうです

そして天は自分を育てるために
いろいろな命、いろいろな人たちと出会わせてくれるのだそうです

「出会いはみんな、自分のためにあるのです」

いい人とばかり出会うわけもなく、辛く苦い出会いもあるでしょう

「そういう出来事に出会いながら、『ああ、自分にはこういう一面があったのだなぁ』と自分のことを一層理解する」

「『天に口なし』ですから、天は直接教えることはできません、
必要な人に出会うことによって、自分の中にこういう一面があったのだなぁ、とわからせてくれるのです」


そしてここからがまさにオポノポノ、ってところですけど

「目に触れること、聞くこと、みんな自分に関係のあることだとするならば、
そういう事件を起こしたのは自分だったかもしれない、だけど幸いにもそういう場面に出会わなかった。でも、それを見せてもらったことによって、自分はその方の変わりにお詫びをしよう、という思いを持つことです」

「『見せてもらったことは、わたしのこの身にも原因があったかもしれない。わたしの中にもそんなものがあったかもしれない。ごめんなさい。許してください』
と心からお詫びをするのです。しかし、苦しみや罪の意識を持って祈るのではありません」

「お詫びと言っても懺悔のような気持ちや、後悔ではなく、
気づかせていただいた時にふと思わされる『自分の中にもありました』という素直な気づきの思いを伝えるということなのです」



いやーこれだけだとほんの少しの抜粋なので
ご興味のある方は是非手に取って読まれることをおすすめいたします^^

わたしもそっかー!ってすっかり納得、ってわけではないのよ。
(それって頭で納得しようと思うと、ってことでしょうけれども)

戦争をできるようにしようとしている政府と今出会っていることもわたしのため?
(けれどオポノポノのヒュー・レン博士は、アフリカで一人の少女が辛い目にあうのも「自分のせい」だって言ってた)




「聞くも因縁、見るも因縁」

その、(例えば政府の)どうしたって受け入れがたいこと(あ、これ思いだした)と「同じ一面が自分の中にあると感じて」

お詫び、あるいはオポノポノ、していけばいいのかな。
とりあえず、今の自分にすぐにできることだしっ




これいい本です。おすすめいたします


既視感あったけどもう一冊買ってもよかったかも。誰かにあげるとか〜



posted by しろくま at 21:31| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年06月15日

「望んでいるものが手に入らない本当の理由」


マイナスを受け取るとプラスがついてくる〜望んでいるものが手に入らない本当の理由 --- 心屋仁之助/著 ぱる出版 2013

少し前くらいから、TVで見かけるようになったこの方。
以前NLPを勉強していた時に、どなたかから勧めていただいて、この方の別の本…なんだっけ…
あ、これこれ↓

を買ったことがあるんですけど、全部読めずに途中で脱落〜
このときは、著者名の上の肩書のような所に“NLPセラピスト”とありますねー

今は“心理カウンセラー”
こういう方も、日々進化なのでしょうか

これはいい本でした
っていうか
いろいろ書いてらっしゃるけどももうこの本だけでいいんじゃない!?っていうか(いや、他のご著書読んでませんけど…そうだ、なんかkindleで1冊読んだんだけど、kindleだからかどうなのか、あっという間に読み飛ばしてしまって全然心に残っていないのであります)


「自分が一番イヤがっているものは何か?」

っていうのをどんどん追いかけていく
んですけどもこれが

深ーい…



イヤがって、顔を背けることをやめてしまえば、グッと楽になる
っていうのは
よく頭痛とかで私経験してますけれども

んまー
心もそうなんやねぇ

ま、そりゃそうか、なんですけど
いやー自分では思いつかんもんやわぁ


「拒否しないで受け取る」「ただそれを否定しない」


ううむ。なるほど。


テクニックとしてはいろいろ紹介されていましたけど

「最悪の状況を先にいっぱいイメージして受けとる」
「すると、実際にそうなったとしても、受け取り終わっているから、想定内で平気なわけです」


ほほー
これ、なんか、この人も書いていらっしゃったかも?
(違ったかなぁ?あとで見てみよう〜)

「悪くても大丈夫」

「損しても大丈夫」

「自信がないということは、『自分の弱さを拒否』している状態だから。
だから逆に、弱い部分こそ、先に受け取ることが必要なんです」





結局
自分が妙に嫌がっていること、脊髄反射みたいに嫌なこと
って
突き詰めると
それができない自分って愛されないんだ
って(事実じゃないのに)思いこんでいるってことなんだよなぁ

まじ?!一体誰に?( ´艸`)
大人の理性できちんと考えたらおかしいようなことなんよね



ヒントはいろいろ貰ったから、分かったつもりにはなってるけど
多分やってみるのはそう楽ではないかもしれないから
たまには読み返そうかなって思いました


平易ないい本だと思います〜〜




posted by しろくま at 14:26| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年06月14日

「誰もが幸せになる 1日3時間しか働かない国」


誰もが幸せになる 1日3時間しか働かない国 --- シルヴァーノ・アゴスティ/著 野村雅夫/訳 マガジンハウス 2008

先日免許の書き換えに行ってきたんですけれどもね
そうそうあの、有岡城跡のすぐ近くの

その横にアリオってショッピングビルがあって

そっかー!アリオってのは有岡城から…(ってやっと理解しましたわたしってばニブ。)

そこにある本屋さん。前に、なんだったっけか新聞か雑誌か何か?
でおもしろい本屋さんがあるって読んでてずっと行ってみたいなって思ってたのです

場所はうろ覚えで近所をぐるーっと一周したけども結局駅にすごく近かったの
なんだか記事によると脱サラして(いまどきよ!)本屋さんを始められたとかで

あったよ!店内に、大きなテーブル〜〜〜
(そこにどなたか常連さんのような若者が座っていました)

お店はそう大きくないし隅々まで(マンガ以外)本棚を眺めまわしましたが
おもしろそうな本がいっぱい フツーの本屋さんでは見かけないようなブックレット的なものも結構たくさん
わたしのマニアックな本棚と共通する本もいっぱい

うふ。素敵な本屋さんだ…
(こういう本屋さんが近所にあるといいなぁ。このごろこう思うこと多し)



何冊か本を買い込みまして、クレジットカード使えませんでしたけど
いいのだ!今度行くときは現金を握りしめていくのだ

その中の一冊です

昨日の晩読んで、すぐに感想を書くのがもったいなくて一晩寝た。
(夢の中で熟成したかどうかは不明であります)


アジアのどこか、にある、小さな国、キルギシア。
そこにたどり着いた主人公が、驚くべきその国のことを友人に書き送る、
10通の手紙
がこの物語のすべて。フィクションです。おとぎ話です。

けど

だれしもここに帰りたくなるよ?
誰の心の中にも生き続けるよこの国は?
っていうことで「おはなし」の枠を超えている気がします


この国では少し前に大改革があって
国が大きく変わったんだって

3時間しか働かない、っていうけど残りの21時間は自分のために使うのであって
自分のためっていうのは自分の周りの人のためってことでもあり(結局ただぐうたらするってことではない( ̄w ̄)たぶんね)
「武器の墓場」があり、「宿題もテストもなければ、卒業という制度も」ないけど子どもたちは「勉強する」のではなくかけがえのない楽しみとして「学び」、
「健やかな肉体に勝る病院というものはありません」

成文化した憲法はないんだって そもそも1条しかないし、
だれだって暗記できるからだって

大切にしていることは、人間らしくあるための「8つの“ちゃんと”」

ちゃんと眠る。
ちゃんと食べる。
ちゃんと働く。
ちゃんと学ぶ。
ちゃんと与える。
ちゃんと創る。
ちゃんと愛する、ちゃんと愛し合う。
「あらゆるものごとには、それを覆っている不思議なベールがある」ことをちゃんと意識する。
(これ、分かりにくいけど「自分の周りを取り巻く人やものを“はじめて接するかのように”ちゃんと見る」ってことらしい)


多分そのすべての原点にあるのは
「だれしもが自分のことを自然が生み出した傑作だと考えているし、仲間のことも同様に捉えてる」という
人間への基本的な信頼と尊敬。


そういう世界にはウソもないし犯罪もないし絶望も孤独もないんやぁ


著者の信念が…わたしはすごく成熟した信念だと思うけど…
があらゆるところからにじみ出ている(というより信念がファンタジーの洋服を着てる)物語でした
(ヨーロッパ産ということもあり哲学的思想的structureのあるファンタジーとしては「星の王子さま」を連想します)


ほほーと思ったのは次のくだり。( )内はワタシのつぶやきです

「ある研究者が発見したんですけど、
(この国の研究者はいろんなおもしろいことを発見してます。「広告をやめればものの値段は全部半額になる」とかね〜〜^^)
その(社会の)歪みは、愛情をつかさどる三つの構成要素がそれぞればらばらになってしまうことに原因があるらしいんですよ。
その三つというのは、優しさと性欲と愛。
性欲や愛のない優しさは偽善を生む。
優しさや愛のない性欲はポルノを生む。
性欲や優しさのない愛は神秘主義を生む。
ほんの数年前までは、僕たちのところでもそういう病が社会を蝕んでいました」



あなたも最高傑作
わたしも最高傑作
状況のゆえに卑屈になってみたり、「主に自分自身を過小評価することで生じる他人への敵意」を持ったりもするけれど
それは自分や他人のそもそもの価値を目減りさせるものではない。

心からこう思いたいなぁ そういう社会に暮らしたいなぁと思いました

心からこう思う第一歩はまずじぶんの家なのだ。



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2014年06月13日

「超一流の働き方」


世界最高ホテル「ザ・プラザ」 超一流の働き方 --- 奥谷啓介/著 経済界 2013

いや〜〜 おもしろかったな〜〜〜

ニューヨークのホテル「ザ・プラザ」での10年を含め
海外のホテルで長年キャリアを積んでこられた著者が
「サービス業で働く」こと…その超一流の働き方について書いた本

ですが

お察しの通り、ここに書かれていることは何もサービス業界だけに限らないのだ。
だれしも、(とはいわないか)人生を超一流に過ごしたいですよねー?

わたしは、ちゅん2@思春期とのかかわり方や自分の人生なんかを考えながら読んでました。


アメリカの子どもは褒められることに慣れていて、
叱られた経験が少ない、と指摘されてる章があります。
「これが失敗を恐れない心を育て、失敗を省みずに前進する気力を持たせる」

「一方、日本の伝統的教育方針はしつけにある。
しつけには叱るという行為が伴う。
叱られれば、子供は他の子供と同じことをするようになる。他と同じ行動を取っている限り、叱られることがないからだ。
それが『団体行動に適した人格』を育てていく。
だが同時に、失敗を恐れる心をも作りだす。失敗すれば、呵責に襲われ、前進する気持ちが折れてしまう人間性ができあがる」



なるほどー。

民族性っていうか日本人としての考え方の傾向については、
気質的な理由も大きいと思うし、(おおざっぱにいうとアチラは胆汁質多めで日本は憂鬱質多めとかさ)
ニワトリたまごじゃないけど、どっちが原因でどっちが結果…??

ってのはよくわかりませんけれど

でも
採り入れてはいけるわよね。
ひとは自分の思うように、こうなりたいように、変われるんだもんね


そのほか
「自分は正しい。だが、相手の考えにも正しいところがあるはず」

「肝心なことは、いい結果を出すために調整を行うのであり、やめるのではないということ。ここに『必ず結果を出す』という、自分への誓いが必要とされる。
(中略)
『石の上にも三年』は、辛い状況にあったとしても、目的達成にために辛抱が必要という意味で、一度決めたことを変えるなということであってはならない」

「『これをしなければ、どのような結果が待っているのか』と考える習慣」

「言いたいことは、ブラック要素がないかを考えて、白となってから言う」

「職場を、実力をつけるための場として利用する」

「人の怒りは、自分を進化させる材料となる」


なんてあたりが心にグッときましたです。


自分は、こうやれる!と思うと人生(何が起ころうと)楽しいわねぇ。きっと。




たくさん語られるエピソードの中でも、
車いすのお年寄りと小さな子ども二人を連れたお客さんの話…
その方を時刻前にチェックインさせるために、大きな裁量を示した女性スタッフの話が
驚きだったというか驚きというよりも

「規則は完璧ではないから、不都合が生じる場合には、自分たちでそれを補う。
規則を守るが故に不都合を生み出すとしたら、それは鈍する者の行いとなる」



という社会(プラザ?)通念に痺れました。

失敗しないように、人と同じことをするように…

っていう価値観の中で暮らしていたら、こうはいかないよね。

自分の頭で考える人を作る

っていうのはやっぱり
学校だけの問題ではないのだわーと改めて
痛感した次第でございました


「タラレバと数字によるプランなしに働くことは、
ただ日々の忙しさに追われて時間が過ぎるだけとなる」



どき。

(この方のこのコラム面白し。まだ拾い読みですが)


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2014年06月10日

「f植物園の巣穴」


f植物園の巣穴 --- 梨木香歩/著 朝日新聞出版 2009

独特の香りがありますねぇ(そういう文章が好き。)
なんだか
昭和初期(←このあたり多少テキトウ)のような香りが〜


読んでいるうちにどう考えたって妄想の世界のようなんだけれども


木のうろ。う蝕(虫歯)の穴そして抜歯した穴。木の根を掘り上げた穴。
いろんな種類の穴が出てきてそれを主人公が
どんどんどんどん下って行って…


知りたいことは?聞きたいことは?


そう自分自身に問いつつ


意識の外に押し込めて向き合わずに生きてきた、
「私を形作っている何か」のあれこれを探し出しに行く道行きだったのですねぇ


なんとも奇想天外?突拍子もない物語だけれど
道彦のくだりはじーんとしてしまった


よかったねぇ。人間らしくなれましたねぇ

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2014年06月08日

「医者とおかんの『社会毒』研究」


医者とおかんの「社会毒」研究〜「医学不要論」の暮らし方〜 --- 内海聡/著 めんどぅーさ/マンガ 三五館 2013


この方(著者)の、話題になった「医学不要論」は
読み始めましたけど読破していないのです(途中で飽きたというかなんというか…)

マンガのめんどぅーささんもblogおもしろくて
お二人とも毒っていうか(まぁ表現が歯に衣着せてないっていうか)

衣着せる場合かよ!?
っていたってマジメな問題意識と肚のくくり具合が分かる気がするのです


この本は以前に買ってて(読まずに放ってあって)気づくとちゅん2が熟読してて
あーわたしも読もう
って思ってようやく手に取ったのでした


自然療法が好きでホメオパシー勉強していたような私的タイプの者(どんな?)には
(要は問題意識が似ているので)
うわー初耳みたいなところはほとんどなかったですけど
(その割にのんきに生きている)

でもあらためて
そうだよなー…って再認識した(そして心強くなった)ようなこともいくつもありました

そうそう
ファミレスの安いドリンクバーのコーヒーが
「リン酸塩を使って豆から通常の3倍絞りに絞りまくったものに合成香料を加えたもの」
だったってのは知らなかったー…




みなさま


やっぱりさ

ケータイの電波や
薬やフッ素や添加物や
(草を食べてない牛や、ホルモン剤の残留した)肉やGMO(遺伝子組み換え)これ映画)やワクチンや

要は

心のこもっていないモノやサービスには(一応)気をつけましょうね…


(そして自分がそうしていないかどうかも)

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2014年06月06日

「あなたはだあれ」の問いかけから始まるシュタイナー教育


仲正雄講演録F 「あなたはだあれ」の問いかけから始まるシュタイナー教育 --- 仲正雄/講演 ライアー・ゼーレ/発行 2001


(旧版もうちにあった。ナンデあるんだろう?それはね〜〜むかーーしに買いすぎて、忘れてたから〜〜〜??いや、整理が悪くてかも( ´艸`)


先日の「感性の育成」に引き続き、
思春期のことが書いてあるこういうものはホントいまnow必読の読むサプリ。
(いや、飲むサプリは飲みませんけどもね。ワタシ)

薄いブックレットなのでさっき一人ランチしながら読んでたんですけど
うっかり泣きそうになった。
それは
ちゅん2のこともあるけど、じぶんのこともオーバーラップしたからだなー



「『〈自分〉に出会いたい』という気持ち、〈社会〉と〈自分〉との出会い。それを健全にすることが『教育』の本当の目的なんです」


っていうところが
すごく印象深かったです


子どもたちが育っていく中で
お母さんにしっかり抱っこされることも
土をさわったり虫をつかまえたりすることも
色を塗ったりものを作ったりすることも
もちろんいたずらすることも怒られることも
学校で勉強を習うことも

みんな
〈世の中〉と出会うこと。


思春期はその〈世の中〉と〈自分自身〉とを分けていく、
〈世の中〉を自分から跳ね返し押しやって、境界線を引いていく、
それによって〈自分自身〉と出会っていく大切なプロセス。

そして〈自分自身〉を主張していく中で、〈自分〉のポジションに気づいていく…

それが
〈自我〉を育てることなんですね
「〈自我〉というのは〈世の中〉と〈自分〉とのバランスをとる力なんですよ」
…「自分を主張する」ってのが「自我」ではないんですね〜 仲先生は←こんな自我はまだ思春期の、要は大人になってない、未成熟なものだとおっしゃってます


「子どもたちは成長の中で、この、『自分のやりたいことをやるんだ』というわがままを出して、僕たちはその『わがままな自分』を把握させることがいちばん大切なんです」
「『お、これ自分のわがままなんだ』と言える所まで育ててあげないと、この先に〈善〉が見えないんですよ」


(ここに、急に〈善〉がでてくるので戸惑いますでしょ?
これを説明してると長々となるので、気になった方はぜひこのブックレットお読みいただきたいんですけれども、要は「よいことをしなさい」「○○しなさい」ってそれに従って育つようだと〈自分〉を育てることができなくて、すると自分で自分のカタチに気づくってことがなくて、そこに偽善が生まれてくる、、っていうのがわたしの理解。)




なんか
すごいなぁ
そうかぁ
子どもが育つ中であれもこれも
〈世の中〉と出会ってたのか〜〜〜


「『鉄は錆びます。錆びると赤くなります』
と言っているうちは、鉄と出会ってはいないんです。火の中に入れて、熱いうちにハンマーでたたいて、作りたいものを自分で作ってみることによって、初めて鉄と出会うんです」



うひょ〜!

「知識は〈世の中〉との出会いを深めてはくれないんです」

「(略)、〈世の中〉と出会って、その出会いを深めていくことによって生まれてくる『〈自分〉をイメージする力』を育てるんです。
この〈自分〉をイメージできたところに宿る新しい〈社会〉、〈あなた〉が生まれたとき、初めて〈自我〉という力になる。
〈自我〉というのは〈自分と社会〉なんです」





…と、ずいぶん本文から引用いたしましたが




幼児期に母親にしっかり抱かれることで育つ
「〈自分〉という充足」感

が↓

学童期・思春期に自分で「〈自分〉という聖域」をつくりだし



そこへ〈社会〉が入ってきて〈自分〉と出会い、〈自分〉の〈社会〉への課題を探しはじめる


そうやって人間は大人になっていって


〈自分〉の中に今度は〈他人〉…良心、神性…をつくりだしていく



んですねぇ

すごーい。




それを応援して支えていくのが教育なんだー…




さて


先日(おとつい)の続きというか後日談なのですけども

(昨日の夜)

ちゅん2が
「ソーリー、ママ…」
と何気ない風に言いました

「…ん??なにがー?」
と返事をすると

「…まーね。いろいろ〜」



( ´艸`)


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2014年05月27日

「植物図鑑」


植物図鑑 --- 有川浩/著 幻冬舎文庫 2013

身近な雑草---どれもこれも名前があるんだけれども---をモチーフに
しかも写真も学名もちゃんと載ってて
でも短編を連ねた小説。

っていうのは結構ツボで

有川さんの本も(確か図書館戦争シリーズだけだったけど)
わりかしおもしろく読みましたし

書店で何度も手にとってぱらぱらめくっては、

---だめだー これは好みじゃない


って何度も買うのをやめた本でしたけど



先日中学校の図書ボランティアのみなさまと話してたらこの本の話になって

おひとりすごくこれに(親子で)ハマってるって嬉しそうに話してる人がいて

えー そうなの?じゃぁ読んでみようかなぁ

って

立ち読みができないようamazonで買いました



今日は一日ゴロゴロして過ごす!許す!!って自分にオッケー出してた日だし
(まぁごほうびとしては安上がりなもんですな。どこかへ出かけて散財するでもなし)



干物系OLと植物オタクの男の子のラブストーリー。


やっぱり(というか。)この作者の文体は好きではない。
慣れるのにしばらくかかる
でも
ストーリーは結構おもしろかったよ〜〜

特に
最後のがいいなー。


ところで

雑草(ってか野草?)摘んで食べたこと(数えるほどですが)ありますけども
ここで描写されてるほどおいしくないんだよなー

いちばん好きなのはタラの芽♪
あとせいぜいワラビやぜんまいの類。

要するに
おいしいものは「山菜」って呼ばれて普通に食べられてるのよねー( ´艸`)


それにしても
私の小さい頃はワラビも蕗も家族で採りに行ったし
春にはヨモギ摘んでお餅やお団子にしたし
すかんぽ(イタドリ)もかじったしアカツメクサの蜜も吸ったし
(小学校の庭のザクロも食べた。)


いま

そういうのしないわねぇ…











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2014年05月14日

「奇跡のように人生が変わる方法」


奇跡のように人生が変わる方法〜ビジュアルパワーで運を開く --- 窪田千紘/著 WAVE出版 2008

どこで勧められたのだったか忘れてしまったのだけど
なんとも気恥ずかしいタイトルでございますが

「美しいものにはパワーがある それを毎日眺めて暮らしましょう」
っていう本。

ちゅん2が髪を切りに行ったのを待っている間に
カフェで読みました

アイツメ〜
もう一人で美容院行けるってお金にぎりしめて行ってきたのはいいけど

…全然短くなってないじゃないの…(ーー;)モッタイナイ…


「人は頭に描いたイメージに、自然と引っ張られるようになっている」


だから
「普段の暮らしの中でいいものを見る」

そして
そのビジュアルパワーを使えば、
「あっという間に安心感で心が満たされ、毎日が楽しくなっていきます」

という感じの、シンプルなことが繰り返し書かれているので
しかもあっという間に読めるので
…へ? これだけ??

って気もしますけど(中古で買ってよかった)

でも
こういうさりげないメッセージに、時折くり返し触れるのは結構
大切なことかも。

ということで
本棚に仲間入りをいたしました^^



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2014年05月12日

「瞳の中の大河」


瞳の中の大河 --- 沢村凛/著 角川文庫 2011

先日読んだ、「黄金の王 白銀の王」の作者の本をもう一冊読んでみようと思って

こちらの方が先に書かれたもののようですが

おもしろかったけどえげつないシーンがたくさんあってしんどかった
夢に出そう…


一日で読んじゃったけどさ( ´艸`) どっちやねん



エピソードの積み重ね、ストーリーの流れ、なんかはすごく緻密でおもしろいんだけど
前も書いたけど
風景や情景などの美しさをしみじみと楽しめるような描写はやっぱりほとんどなくて
(ま、じぶんなりに想像するだけ、っていうか…)



わたし、この人の作品はもういいわ

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2014年05月08日

「ibマッピング」


ibマッピング --- おのころ心平/著 マガジンハウス 2014

おのころさんの講演会は、ここ何年かめっきり足が向かなくなりました
(かろうじてメルマガは読んでるんだけど、以前に比べて全くおもしろくないですー)

この本になってる「ibマッピング」は、
講座でなんどかペアワークなどで体験したことがありましたが
これだけの習得のために講座を受けるほどでもないしなー
本代だけで(ワークはないにせよ)要点が分かるならいいなー
と思って読んでみました

mindmapに似ています
でも
(mindmapも、cdや本で学んだ程度ですけども)

mindmapは頭の中の美しい整理のような(ま、クリエイティブな側面も重要でしょうけど)イメージがあるのですけど
このibマッピングの方は

(白黒だし)
タイトルには「整理術」とあるけどわたしには
整理というよりもその先の副産物っていうか

この中で被験者の方がおっしゃっていた感想にある

(いままで意識していたことは)「頭の中で描いていた理想なだけで、本当に自分が求めていたものとは違っていたのかもしれない」(ということに気付いた)
という言葉が
端的に表しているように思えました


ルールにこだわらずにできるからとっつきやすくて
連想を広げるツールとしては使い勝手がいいと思います

わたしも
さっそくまたやってみた…^^


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2014年05月05日

仲正雄講演録「感性の育成」


感性の育成 --- 仲正雄〈講演〉 NPO法人京田辺シュタイナー学校・小沼喜嗣/編集 ライアー・ゼーレ/発行 2009

空いた時間に読もうと思って買ってあった小冊子。
仲さんの講演録読むのはこれ以来。再編集した第2版らしく、表紙もキレイになりましたねぇ


「感性」って言えば個人的に思いだすのは

大学を卒業して会社に入社した頃

ま、世の中バブルの時代でしたけれども

上司が…っていうか、上司の上司、そのころいた部の副部長だった方が(後に部長→役員に)
よく
「感性」って言葉をおっしゃっていた(ような記憶が)
それは
「知性、アルイハ悟性的なもの」と相対化される概念として語られていた言葉のような気がします

アタマじゃなくってココロってことですか


仲さんはその「感性」を「育てる」という
今の教育でよく聞かれるスローガンのようなものを問題視するなかから
(要は教育だけで扱うものではない、教育の範疇をこえるものだってことですよね)

感性を「ひとりひとりの中にあるもの」

「規格化されたもの、商品化された「感じ方」ようなもの、点数をつけられるようなものではない」
「感性は情操とちがう」
と…


と、書き始めて
こんなこと書いていては全然わたしの心に響いた要点にちっとも近づけないって思いました


なので前置きなしにいたしますが(で、とっつきにくかったらこの本薄いし読んでね♪)

すごい大切な(ありがたい)ことが書いてありました
そして
わたしの心の助けになることでした



できるだけまとめると…

幼児期  家庭生活の中で「安心感」が育つ

学童期  「ものを作る」ことを通してものと「出会い」、「沈黙」(聴く、心の静寂)を十分に経験する
 --->これが「感性」を育み「イメージの力」を育む根っことなる

思春期  「文句を言う」ことが「感性」
―――「関心があるから、文句を言ってる」
このときの「文句を生み出すような感性」は、幼児期に育てた<安心感>から生まれる

自己主張の成長期 「自分というものを主張する」
20歳過ぎくらい〜 「自分というものを感じる力」

30歳くらい〜 「相手のことを聴ける」
「自分と他人」「自分と社会」のバランスがとれてくる

これまで培ってきたことが「社会に働きかける」「他人を理解する力」「社会を理解する力」に生まれ変わる

健全な自我形成が完成する、自分を確立する、「個」の確立
―――自分というものの根っこである「静かな存在感」は、幼児期に培った安心感から育まれる(形を変える)

他者に対する健全な関心が育つ <---思春期に「文句を言うことで」充分培われた感性が、「社会への関心」を培う


「健全な関心というものを育てる力は、段階を追って生まれてくるものだ」

他者への関心なんて、「持て」と言われたからって持てるものではないのね。

今の社会を覆う無関心は、もしかすると思春期に充分文句を言っていないからで、
それはもしかすると幼児期に安心感を涵養できていないからなのかも。

「感性をはぐくむ」という名目の元「感性」が育まれずに「固められて」いるからかも。


「感性豊かな子どもに育てたいと、すごく親としてエゴイスティックに考えるわけじゃあないですか。でもそんなとこには感性はないんです。
それは一見感性といわれているようなものを固めるための努力なんです。
僕たちは、固めちゃいけないんです、子どもたちを」




あはは
「赤ちゃんは泣くのが仕事」
っていうのとまったく同じように
「思春期の子どもたちは文句を言うのが仕事」

なんだー!!うほほー♪こりゃあ嬉しい!

思春期にしっかり文句を言うことって、そんなに大切なんだ。

よしよし…( ̄w ̄)



それから…
こうやってみると
自己主張できるようになるのって大学生になってからじゃないですか。

子どもの成長を先取りするように、間のプロセスを一切無視して
子どもに(無理に)自己主張させないようにしよう

あ、そうか。だから、シュタイナー教育では
teenagerが新聞に自分の意見を投書するようなことをあまりよしとしてないんだ...


学童期に
「いろんな物事に出会わせてあげる」ことが大切だそうなんだけども
そのときに
「大人がコメントしない」というのがどんなに大切かってことも
よくわかりました。それって
「感性をチョキッって切ってるみたいなもんですよ。
感性の一番の敵はコメントなんです」

「コメントのようなものを、知識として子どもたちの中に入れると、子どもたちの感性っていうのは育たない」

「感性が育たないっていうことは、それは、本当の健全な判断ができなくなちゃうってことなんですよ」



記憶偏重の詰め込み教育は子どもたちの感性を刈り取って摘んでいるのだわ



最後にちょっと長めだけど引用。

「『ひとつひとつの感じている、その感じ方の中にそれぞれの真実があるんだ』ということですよ。
これが、感性というものの大きな秘密です。
そして、この感性の中で育ったものが、この、他人を理解するということです。
自分のことばっかり言うんじゃなくて、他人という人間を理解する力っていうのは、成人した人間の中に生まれるわけですよ。
悲しいかな、生まれない人も結構多いんですけどね。

学童期あたりに育てた、沈黙の中に育った、イメージの力、そのイメージの力が、僕たちが成人した時に〈他人を理解する力〉、〈社会を理解する力〉になってるんです。
理解するっていうのはコメントすることじゃないですよ。
今は世の中、新聞、テレビ、ラジオ、全部コメントだけです。僕たちは今、感性を本当に失い始めてるんですよ。
感性の中に宿っているひとつひとつの感じ方が、正しいんだという、そこにしか個というもの、考えられないんですよ」



それにしても
「幼児期に安心感を培う」ことって、すべての人間の成長の基本っていうか
生きるための養分になるのね。
学童期の、思春期の、そして大人になってからの問題の根っこはすべからく
このあたりにあるのかも。。


そしてわたしは、ちゅん2におそらく安心感は育んであげられたんじゃないかなー
って思ってるんだけど
「静けさ」「沈黙」はどうかなぁ。
この頃は、TVとゲームがホントに、そしてwi-fiのない国に住みたい!ってホンマ真剣に思うことがあるのは
やっぱり
このあたり、「子どもが孤独(ひとり)でいる時間(とき)」(←これ、いつ読んだんだったかな?このblog上にはなかった…)を与えてあげられてない(親が与えるものかどうかは分かりませんけど…)なーって
いつも思っている気がするな

でも
できることはやって、あとは子どもを信じて見守るってことなのかな…


あらーこんな薄い本なのに
感想と引用の長いこと。あわよくば、全文引用したくなるところでしたわ(うひょ)

生活の中で「ものを作らなくなった」「買う」ようになったわたしたちにとって
考え直したいことがいっぱいで
超お勧め。





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2014年05月03日

「黄金の王 白銀の王」


黄金の王 白銀の王 --- 沢村凛/著 角川文庫 2012

一つの国で争いつづける二つの氏族とその頭領たちの話なんですけど

冒頭からしばらくは(ええと、日本語ではよう書かん)
kill! kill! kill!
の連呼が続き

なんだかうんざりしかけながらも読み進め

戦争と軍略の話が多く戦記物のようでもあり
(このテのものは三国志以来かも?)

でもさ、だんだんおもしろくなっていって


不満はあるのよね。鮮やかなイメージ、まざまざと描けるような描写がほとんどなくて
(せいぜい両氏族の家紋の描写くらい)
なーんかものたりないし

でも
エピソードは結構おもしろくて

後半は結構涙を抑えられなくなるシーンもあったりして


見た目でアピールはしないがキチンと整えられた滋味の深い、軽めのコース料理を食べたような感じです

おもしろかった!
(でも、あー好き♪とはおもわないかも)


「人は変われるものだ」というGrowth mindsetが勝利する道のりのおはなしでもあります

(余談ですが、昨日例会で「羽仁もと子著作集」を読んでいて、
あぁもと子さんもまさにgrowth-mindsetの人だ〜って思ったところでした)


舞台は空想の王国ですが漢風というか(でも中華風という気がしない)
漢字を使い着物を着名前も古風な難しい漢字で
(タトエバ主人公の王たちの名は櫓“ひづち”と薫衣“くのえ”)
それはそれでめんどくさいすてきなんだけど

家臣の一人「鬼目(ほろし)」だけには弱ったなぁ

ホロセみたい。皮膚症状の呼び名じゃん。さてどういう面構えをついイメージしちゃったでしょう〜
( ̄w ̄)






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2014年04月25日

「まほろばの王たち」


まほろばの王たち --- 仁木英之/著 講談社 2014


ほんとうは新聞の書評で見たこの本に興味が湧いて読みたかったのだけど
何軒か本屋さんに行っても見つけられなくてamazonでも手に入らなかった(品切れ?!)ので
僕僕先生を先に読んだのでした


サブキャラに役小角が出てきます(美青年の設定)

設定も登場人物もおもしろくて
文章もこじゃれていて素敵で一気に読んだのだけど
なんだか読後感が乾燥気味だなぁ

この頃「守り人シリーズ」読んでるから余計かもしれないけど


あぁそうだ

ファンタジーだけど(児童書のような)人間の成長の物語ではないからかも。



男の人の「わたしの好きなファンタジー作家」がなかなか見つからない。この人は結構好きな方



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「僕僕先生」


僕僕先生 --- 仁木英之/著 新潮文庫


たまには男の人の書いたファンタジーでも読んでみるかなっっ!!
ってことで

しかも中国(舞台)モノ。結構好きよこの類〜

主人公・王弁はニートの(地方官吏の)ぼんぼんで(アルイミ世捨て人っていうか人生に投げやり)
ひょんなことから仙人に気に入られ弟子入りして
広い世の中を見に出かけるのですけど

その仙人ってのが(通常状態だと)美少女の姿で〜

おもしろかったですけれどもね
でも

まー男子の妄想炸裂物語って感じでございました



お仲間の仙人・異形の人たちが幾人も出てくるのですが

「王弁は年下にしか見えない仙人を侮るつもりはなかった。
見た目と実力が同じ仙人になど彼は会ったことがなかったからである」


ってところにむむむとおもいました。


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2014年04月05日

「エドガー・ケイシーに学ぶ日々の健康法」


エドガー・ケイシーに学ぶ日々の健康法 --- 福田高規/著 たま出版 2008

この方の本はいつも大層面白くて感銘を受けるのでして

これまでにこれこれと2冊かなー読みました(あれ?他にもあった気がする…)

のではございますが


今回この本を読んでやっとこさ!合点がいったのでございますーーー



というのはなにかというと

先生がこれが絶対必要と力説されている
「自分の霊的理想」と「目的」の持ち方についてでございます




ま、(同時に分かったのは)「自分が決めつければいい」わけでございますから
これが正解!って思う(自分自身の外に探す)のはやっぱりちょっと違うのではとも思いいますけれど

でもさー


そ、そういうことなんだーーー!!!おお〜〜



この本はですね

先生が問わず語りに綴られたような感じも受けまして
同じような話が何度もリフレインいたしますが
それが
読み進めるうえでなんというか何度も説いてくださっているようでうれしかったというか
心にしみこんだようだったというか

だから
同じテーマのことは全編のそこここに分散しておりますが
(論文のように筋道だってまとまっていないってこと)
とくにこの「理想」のことなんて
何度もなんども出てきます 違う表現で 違うたとえで

頭を使って読まないようにできているのかも

すごーくいい本です
この本だいすき


いちばん嬉しかったのは
わたしの「理想」が見つかったということと


「どんな感じかな…」というのを、いつもやってみよう!って実践し始めたってこと


昔ほどではないと思うんだけど
あいかわらず、頭でつい考える癖っていうか傾向のありますわたしとしては
これ
すごくいい手法。^^わーい



一つご紹介しますと
先生の治療院でのエピソードをひきながら
「その人にいま必要な(治療)アプローチ」を振り子(pendulum)で探す、
という章があります
(著者のおっしゃるには実は「治療・治す・治してあげる」っていう概念ではないそうでございますが)

ちょうどそこを読んでた時
オットが帰宅して調子悪そうでさわってみると肩がモーレツにパンパン!!!だったので
思いついて本書の方法でオーダーメードの( ̄w ̄)対処法を探してみたのです

振り子でね

するとー

「胸椎1と2の左側を擦る」ってでたのです

やってみると…


オット曰く「気持ちいい…」
本のように「一瞬」とはいきませんでしたものの肩こりも、ずいぶん軽くなったようでした

すごーい。



「端的には、今、ここにあるこのままをこのまんまに、『どんな感じかな…』と感じる癖をつけます」


「自分の魂が選択している今の状況を、そのままに、理想とともに十分に感じきってしまいます」

「私たちが、自分の肉体で、充分に感じる体験をしてしまったら、それらは、自分の肉体から消えていきます」






ご興味を覚えたらぜひご一読を♪ すごーくおすすめ
(あーでも、なんじゃこれ??ってとっつきにくく思う人もいるかもぉ)



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「夏目友人帳」@A

 
夏目友人帳 2 --- 緑川ゆき/作 白泉社 2006

ここでちゅん2が一緒に寝ているふとっちょニャンコの人形は
このマンガに出てくる「ニャンコ先生」です^^

ちゅん2がこのアニメが好きで、たまーに一緒に見ていたのだけど

はじめてコミック(@A巻だけですけども)を読んでみて
わたしがはまりました

おもしろーい!

そして

繊細ー!(ま、少女マンガの類みたいですから)


妖怪・もののけの類を「見る」ことができる主人公の夏目少年は
幼い頃に孤児となり、親類を転々として(その能力のゆえに疎まれて)暮らしてきて
高校生の今ようやく、遠縁の親切な夫婦にひきとられて心穏やかに暮らしている…

という設定でございます

毎回でてくる「妖(あやかし)」たちがなかなか素敵でしてね

それと

(実はこの頃よく出会う)「小さな幸せ…」っていうテーマがこの物語にもつまっていて



特にこのA巻は
泣けまする


残りの巻もぼちぼち読んでいこうっと(実はよみたくてうずうずしておりますが)


posted by しろくま at 17:35| Comment(4) | こんなん読みました^^

2014年03月27日

「児童画の意味」他1冊


児童画の意味 --- 浅利篤/著 ブレーン出版 1979


ここのところ、この本にハマっております。


いやー実におもしろい〜


著者は元小学校の校長先生で(ご専門は美術らしい)
家庭と学校との経験から、

子どもたちが「自由なテーマで自由に描いた絵」に
その子の心や体や状況などが正確に現れる

ということと、その読み解き方を発見された方です


正直
すごい!って感銘を受けるとともに

必ずそうってこともないのじゃないかな?
っていう疑問と
(多分に個性の強そうそしてかなり断定的…な筆致からもそう感じてしまう)

特に(読み進むにつれ)
この方(著者)の「読みとりの技術」が凄いな…っていう気持ちが起こり

あ、これは(特に3番目のは)ね、

別の領域でも、結構創始者の方にそういう傾向ありませんか
だからなかなか後継者が育たないっていう…
(注:浅利先生の後継者がどうってことはわたしは全く存じません)



「天真爛漫な子どもの絵を手にした時、それは子どもの心の内奥にふれたことなのである」

でもここに挙げられている実例はホントすごいんです

絵を見ただけで、
この子は鼻が悪いでしょう
この子は右手をけがしているでしょう
この子の父親は病気でしょう
この子は窃盗癖があるでしょう
この子は騒音環境に暮らしているでしょう
この子の親はしつけが厳しいでしょう
この子は難聴でしょう
この子は兄弟と比較されてお小遣いも少ないでしょう、だからお財布からお金をとるんです…

読みとりの決め手は
「色使い」と「構図」と「シンボル(モチーフ)」の3つが
手掛かりとなります(あとは、それをどう解釈するか)



ついつい
小さい頃ちゅん2が描いた絵をもう一度みてみた。

いくつか、記憶に強く残っているのがあるんですよね。
(印象が強かったからblogに書いたのか、書いたからより印象強くなったのか…)
たとえば、これ

「子どもの描く太陽は父親(を表すモチーフ)」

というのは、まさにこの浅利式見解でございました

このとき、木はわたし〜なんて嬉しがっておりましたが
1枚目はともかく、3枚目の存在感の大きい木はちゅん2本人ですね、きっと。
(梢の三角形はちょっと「父」っぽいが)


この本ではよくわからなかった部分なのですが
これ(浅利式を別の人が解説した本)によると


「褐色と緑の組み合わせは、期待感、待つという心を表します。
元気な子どもが親の期待を受け、すくすく育っているときに使用するのが褐色と緑です(中略)意欲を持っていろいろなことに取り組んでいるときにあらわれます」


(ちょっと・ほ…)


それで、ここに描かれた太陽はやっぱり父親(オット)で
木の方を向いて寄り添っている馬はどうもわたし(母親)のようなんでございますね



それからこの絵

大きな魚が画面いっぱいに描いてあって
下の方にタコとかイカとかカニとかもおりますが

魚は母親、タコは父親…(うわーそれくらいしかわたし読みとれない…)

でも
絵いっぱい、「ママ、ママ、ママ、パパ…」
って言っているのが聞こえるようでなんだか深く感動します



あとこれの、2枚目、3枚目に出てくる塔のような家は
たぶん本人の背骨(の成長か何か)のようでありますねぇ

(まぁこれらは、過去のちゅん2なので、こんな程度で楽しんでおりまする)




本のタイトル(副題)には
「浅利診断法概要」とありますが

著者が「診断」といいながら「絵を心身の叫びとして捉えた」ように
(「『絵』で子どもの心が分かる本」 より)

「診断法」というよりは、「理解するための手掛かり」と読みかえた方が
わたしにはしっくりくるのでありました。




この本に載っている「パーツ」だけを抜き出して、子どもの絵を云々したり
決めつけ(解釈を押し付け)たりするのは
(たぶんすぐにやりがちだとは思うけど)
まったくその趣旨にそぐわないものだとは思います
(熟練しないと判断って難しいんだろうなぁ)


巻末に収録されている、小川捷之さんによる一文も
この本をより客観的で冷静なよいものにしていると思いました


しかしこの「浅利式」
今も研究されてもっと発展しているのかしら?
発表当時は、専門家からはほぼ総スカンだったようですが…


子ども・絵・心理 にご興味のある方にはすごーくおもしろいと思います

posted by しろくま at 01:24| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年03月21日

「大人の覚悟」


大人の覚悟 --- 三石由紀子/著 経済界 2014

出たばかりの本みたいですが
心屋さんがblogで絶賛されていたので
先週RDG待ちの間に、読んでみました

この方は芸能人のお悩み相談TVに出ていらっしゃるのを、何度かみたことがあるかな〜


前半は結構共感して読んでました
(後半はそうでもなかった)

「自分以外の、別の発想を受け付ける力」がある、

のが「大人」であって

「自分と正反対の『他人の価値観を認めること』こそは、大人だけの『凄さ』であり、大人だけが持つ能力である」

「子供の知らない世界を広げて、自分とは異なった価値観の中で生きた人々を見せてやることは、子供に生きる楽しみを与えることであり、子供の心に優しさを育むことになる」

関連して

「宗教が怖いのは、他の価値観を受け付けなくなることである」

いやぁ、同感でございます。
そして、
「大人」でない大人のなんと多そうなことよ…

(この際自分は棚に上げる。)


そうそう、だから(だから、っていうか…)お仕事の人生相談のときも、
「回答は、何が相談者の発想にないかを見つけるだけでよい」
のだって。ううむ。なるほど…




大人は
たくさんの経験をし
たくさんの本を読んで(著者のおすすめは古典)
見聞き感じ考え語り
作られていくものだー



この方のおっしゃる
「優しさ」(↑にもあります)っていうのは、ちょっと独特のterm(位相語)なんですよね


こんなくだりがあります
「現代国語で高得点をとる生徒は、優しい子であることが多い。
文章を読む時には、まずは自分の感性や思考方法をとりあえず横において、書き手の心境になって読むからである。
批判はそのあとでよい。
最初から批判精神で対すると、書き手の意図の半分も理解できないからである」



ちょうど、3月13日朝日新聞<科学>面に、こんな記事がありましたのです

ノーベル賞を受賞された、島津製作所シニアフェロー田中耕一さんのへインタビュー。

国語が苦手だった
小学生の時から『自分の考え』にとても強いこだわりがありました。
国語の授業で、『この著者はどう考えているか?』と問われても、どうしても筆者の立場になれず、『自分ならどう考えるか』となってしまう。
だから理科や算数が好きでした」



これはこれで優秀^^

でも
確かに、「他人の立場になって、その人がどう考えるかを想像する」っていうことは
やっぱりある種の技能であるというか能力であるというか
なんだよねー

三石さんはこれを「優しい」と表現している。

ってことです


(田中耕一さんがお若い頃コミュニケーションが苦手だった。
っていうのも
そうだろなーって感じ)


三石さんいわく
大人は「子供たちの手本にではなく、カタログを形成するサンプルになろう。
失敗しても楽しく生きている大人の力を、堂々と見せつけてやろう」



自分で何もかもしようと思わないことだよなー





posted by しろくま at 13:48| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年03月13日

「人生は廻る輪のように」


人生は廻る輪のように --- エリザベス・キューブラー・ロス/著 上野圭一/訳 角川文庫 1998

「死」「臨死」にかかわる研究と実践で有名なこの方の
有名なご著書はまだ読んでいなくって
亡くなる数年前に書かれたこの自叙伝が最初ってさ。


でもー
読んでよかったな〜すごーく

「闘士」の人生、って気がする


私も勇気が湧いてくる(気がする)



ポーランドの収容所跡に残る無数の蝶の絵の場面

移住するためにアメリカに着く直前に観た、著者の過去と未来を象徴するような夢のシーン

モンロー研究所(幽体離脱の研究で有名)での体験

など
印象的なエピソードがたくさんたくさんありました



すべてのことには本当に意味(課題)があるんだなぁって
特にお母様の亡くなるまでのエピソードからもしみじみと思いました


晩年にはエイズの人たちに救いの手を伸ばそうと活動されていたそうですが

「この病気に最終的に勝利できるかどうかは科学にではなく、科学をこえたものの有無にかかっていた。
私たちはスタート地点に立った。だが、わたしにはゴールの景色がみえている。
成否はエイズが提示している教訓をわたしたちが学べるか否かにかかっているのだ」



活動の中で出会った、白血病で死に直面している小さな男の子の
いのちってなに?どうして子どもが死ぬの?
っていう疑問に
答えようと生まれた小冊子があるそうです

こうありました

「ほんの短い間だけ咲く花もあります―――春が来たことを知らせ、希望があることを知らせる花だから、みんなからたいせつにされ、愛される花です。
そして、その花は枯れます―――でもその花は、やらなければならないことを、ちゃんとやり終えたのです…」


spring ephemeralsの美しいイメージと語感とともに

心をうつ一節でした



博士の死にかかわる研究の著作集は次絶対読む。



posted by しろくま at 23:01| Comment(2) | こんなん読みました^^

2014年03月08日

「蒼い炎」


蒼い炎 --- 羽生結弦/著 扶桑社 2012

結弦くん著というか、インタビュー集です。

書店では買おうかどうか迷って一度やめたんだけど
やっぱり読みたくなってamazonで買ったらその日のうちに届いた。いつもながら、
amazon倉庫の方々、働きすぎちゃいますか?
(いえ、ありがたいんですが…)


軽いのですぐ読めちゃいます


この本からも感じるし
このごろ、youtubeサーフィンしているとホントに思うのですが

あの軽々こなしているように見えるジャンプやスピンやステップの数々ですけど

でもそれを習得するには
何百回も、何千回も、possibly何万回も転んで転んで
それでひとつひとつ、身につけ磨いてきた技なのですよねぇ

いやー
「しなやか」マインドセットってこの人だわぁ。すごい年下(息子と変わらん)だけど、教えられる。

(だけど、っていうか、子どもからは教わってばっかりよね。そもそも…)


羽生くんのリンクにも礼を尽くすところとか氷に挨拶するところとかetc.
なにやらスピリチュアルやなぁと思っておりましたが
本書にこんなところが

「試合の前にやること―――僕は必ず、ホテルの部屋をきれいにすることを心がけています。
部屋の中にあるもの一つ一つを、角度を決めて納める。そのくらいきっちり整頓する。
部屋がきれいだと運もよってくるかな、と思いますし」


「やっぱり一番かっこいいのは、全員がパーフェクトで、その中で勝つということ」

(これ、Tiger Woodsもおんなじこと言ってた)




写真も結構載っていて、
特に小さい頃のかわいいこと!!

中1くらいのときのはちゅん2よりもすこしあどけないかな…


こうやって、ちゅん2も、男っぽく大人になっていくのねぇと
思いながらしみじみ眺めたりしててやっぱり
どんだけ息子好き…( ´艸`)




そうそう、先日見つけておもしろかった映像です。貼っとこ↓

特に
「氷上イケメン2割増」

「※同一人物です」
がおもしろくってツボでございますー♪

posted by しろくま at 23:57| Comment(2) | こんなん読みました^^

「『やればできる!』の研究」


「やればできる!」の研究〜能力を開花させるマインドセットの力〜 --- キャロル・S・ドゥエック/著 今西康子/訳 草思社 2008


少し前に書評で読んだんだったか?

amazonで原書がkindle版だと
少し試し読みができたので早速読んでみましたら

おもしろい…

で、英語版と迷いましたがこちらを買ってみました


冒頭
"belief"を
「信念」と訳してあったのでがっくりきましたが

(「思いこみ」ってほうが適切でない?)

でも
やっぱり日本語は読みやすいしねぇ よかったです!(にしたってやっぱりよくあることながら邦題は何て興味をそそらないのかしら)


っていうか
すごーくいい本です!soooo inspiring!!


分かりやすく両極端に書いてはあるけれども
人の考え方に二つのタイプがあって
fixed-mindset(訳では「こちこちマインドセット」)
growth-mindset(同「しなやかマインドセット」

こちこちの方は「人間の能力や知能は生まれつきのgiftであって変わらない」
という基本認識を持っていて
しなやかの人は「知能や能力は努力次第でいくらでも伸びていく」って思っている

という…


「こちこち」タイプはだからいかに自分が努力なしでうまくやれるか、
自分は能力があるかを証明することに汲々とし
(だから失敗すると自信喪失)

「しなやか」タイプは失敗をエネルギーに変えていくという…


いやー
昔仕事をしていた時にね

会議などで、自分の意見に反論されると、まるで人格を否定されたみたいにムキになって反応する人が結構多くて
とくに「東大」とか出てる人がそんなんだったのを思い出して

いやー
「こちこち」さんでしたか!


っていうか
人ごとじゃないんですマッタク

本書にもこうありますが
「ほとんどの人が両方のマインドセットを併せ持っている。(中略)
「同じ人でも分野ごとにマインドセットが異なる場合がある」

わたしも
覚えアルアル
すごく「しなやか」なところと根深く「こちこち」なところと両方ある。


だいたいさぁ
「学歴主義」ってこちこちど真ん中の発想じゃない?
そんな社会で育ってきているものねぇ。(で、うまく行ってた人ほど!他の価値観の世界を経験していなかったら尚更強固!)
いやー 自分で気づかないとね!

(だから「こちこち」方式にも「人生のある時点までは、それがよい意味での目標になって」いる、というメリットもあるとの解説デシタ)





「こちこち」だとねぇ
自分が何が本当に好きなのか
わからない…って状況に陥るんですよね
少なくともわたしはそうで

いろんなことやって、好きなこと好きにやってはいるんだけど
でもわたしって本当にこれ好きなのかな?って
なんだかわからない気になるし

そのココロは
(これも好きなんだけど、もっと好きなことをなにか封印してないかな?)


むむむ。なんか気がついちゃった。
わたしの日頃からの疑問の根っこにはこの「こちこち」式fixed-mindsetがあったのだわ。


4章では、「いじめ」の起こるダイナミズムについても
このセオリーで説明しています
なぜなら「人にはもともと劣った人と優れた人とがある」というのが
いじめの根っこにあると著者は主張し
それはまさに「こちこち」な考え方の特徴であるからです

「学校全体のマインドセットを変えていくことによって、いじめをなくすことができる」

としています
これ、試す価値あるのでは…


5章は子育てについて。

「結果よりプロセスを誉める」というアプローチは
まさに
野口晴哉がしつけの本で書いてあったことと同じで
(玄関をキレイにした子に声をかけるときに、「きれいに掃除したね」はいけない、「お前はキレイ好きなんだね」と誉める。「その行為でなく、行為を生む最初の心の角度」をほめるよし。野口晴哉著「叱り方褒め方」全生社より)

これはとても印象深くて
私も子育ての中で注意してきたことではあるのですが(いつも成功したとは言い難いが)

こうやって、この本のようにセオリーで捉える事が出来るともっと理解しやすいし
いろんな場面で応用ができそう


いやー
いい本でした


「能力は伸ばせると信じている分野の能力は、実際に伸びていく」

「マインドセットがしなやかならば、かならずしも自信など必要としない」

「失敗を何かのせいにしないかぎり、その人は失敗者ではない
」(by ジョン・ウドゥン:バスケットボールコーチ)
こんなあたりも心にとめておこう…



そうそう6章に「さてどうしたらマインドセットを変えられる?」っていう内容があって

「マインドセットを変えるにはまず、その自己を返上する必要がある。
想像される通り、長年、本来の自己だと思っていたもの、自尊心のよりどころとなっていたものを捨て去るのは容易なことではない。
とくにたいへんなのは、マインドセットを切り替えることによって、それまでずっと恐れてきたもの―――チャレンジ、苦闘、批判、挫折―――を全て受け言えれざるを得なくなることだ。
また、自分が自分でなくなるような不安にも襲われる。
(以下略)」

と、ありますが
これは
心屋仁之助さんが(ご著書は未読ですが)よくblogなどで書かれている説と同じですねー?



「しなやか」マインドセットを維持できると
「努力することそのものを楽しめる」

うふ
「好きなこと」やってるときってそうじゃぁないですか?

これ
めざしたーい


2章ほど和訳では割愛されているらしいので
もういちどこんどは原書を読むかどうか、いま考え中…




(そうそう、この本に関しては追記がありマス)




posted by しろくま at 23:44| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年02月28日

「雲の上でママをみていたときのこと。」


雲の上でママをみていたときのこと。 --- 池川明/著 リヨン社 2006

映画「かみさまとのやくそく」にも中心的に出ていらした池川先生は
この胎内記憶に関する本をたくさん書かれているそうですが


とりあえずこれを読んでみました
(あっという間に読めるよ)

びっくりしたのは

一番初めに出てくる6歳の男の子が書いた「雲の上の絵」にある
大きい大仏さんみたいな神様みたいなフィギュアが
ちゅん2の描いたのと(特にお顔が)そっくりーということと


「子育てをしながら胎内以前の記憶を思い出した」という26歳の方がいらっしゃったということ


子どもたちのいうことは少しずつ個性があっておもしろくて
結構せっかちな子(早く生まれたい!!)もいるみたいだったり
両親の中のことを心配して急いで生まれてきてたり

ほほえましい…


本書の内容は、子どもたちの証言の記録がほとんどですが
「おわりに」で池川先生が書かれているように

「赤ちゃんがやどるということは、単に赤ちゃんの肉体を用意すればいいということではなくて、時空を超えたたましいの出会いです」


「赤ちゃんは必ず、おかあさんにメッセージを伝えています」


にも、本当にそうだなぁと思います

「私たちは、親が赤ちゃんを守るものだと思いこんでいます。
ところが、赤ちゃんは文字通り命がけで両親を守りに来ているらしいのです。
赤ちゃんの頃、おかあさんを無条件に愛し、おかあさんに命のすばらしさを知ってもらおうと思って、生まれてきているようです。
そして、祈るような気持ちで親のたましいの成長を願っているようなのです」



これ、わかります。
っていうか、実感したことがあります…

ちゅん2が3、4歳のとき(だったと思う)ある日気づいたことがあったの。


そのときホメオパシーの学校に通い始めたわたしを
授業のある日はばぁばと一緒に過ごして、夜遅くまでずうっと待っててくれたちゅん2。
にこにこして迎えに来てくれるちゅん2。

ちゅん2を授かって、ちゅん2があまりに好きすぎて、
それまでちゅん2のためならなんだってできるし、
「母の愛は海よりも深い〜」なんって、(傲慢にも)思っていたのに

そんなちゅん2の姿を見て

「いや、わたしを全肯定してる、一心に無心にわたしを思ってる、ちゅん2の愛の方が
わたしの愛よりずっとずっと、海よりも深い…」
って
こころにずしんときて

あぁ神様ありがとうちゅん2ありがとう

って思いました。


思いだした。




ありがとうちゅん2。ありがとう太陽の塔みたいなかみさま〜〜


posted by しろくま at 10:08| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年02月21日

「エドガー・ケイシーの夢ヒーリング」


エドガー・ケイシーの夢ヒーリング --- ヘンリー・リード博士/著 桜井久美子/訳 たま出版 1997

夢日記、ぼちぼち続けております。
答えやヒントが、もらえればいいなぁと思ったりしながら…

すぐに書かないと、やっぱり忘れてしまうんだけれども。


この本の著者は、プリンストン大学の心理学の教授だそうですが

ユング派の夢解釈だけではなく
ゲシュタルト療法や、もちろんタイトルにもなっているエドガー・ケイシーの夢解釈なども研究されているみたいで興味深いし

アメリカン・インディアンの儀式に着想を得ておもしろい手法などを開発してみたりと
なかなかユニークな研究をされてるんですね



本書のはじめの方は、夢を覚えている方法 についてたくさんのページを割いてあります
こんなに?っていうくらい
この方自身
なかなか夢を思い出せず、なんと最初にメモできるまで3カ月以上もかかったそうなので

だからかなぁ。
ともあれ
すごい熱意。をかんじます


後半
夢を見て、それをどう扱うか…

夢のモチーフの展開のしかたを解説してあって
この部分がいちばんおもしろかったです

「夢を解釈しようとするのを止め、
夢を見るのではなく夢の目で見始めたとき、つまりわたしの夢が見るように世界を見ようとしたとき」

にいちばん夢と調和する体験をしたそうで

なるほど…夢の目で見る、夢が見るように見る、かぁ…


以下備忘録。



「夢の趣意は寓話で表現されており、一瞬にして理解することができます」



夢日記を使った瞑想法はいろいろ紹介してありますがたとえば
「リラックスして意識を研ぎ澄まし、インスピレーションによる記述を試みる」

夢を認識するための瞑想法
@夢を選ぶ(最近見た夢だと確実)
A今見ているかのように現在形で書く
B読み返し、関心を引くキーワードをいくつか見つけて下線を引く
C各キーワードを順に選び、自分自身に関する事実に即した文章を自由に作る。
D読み返してあらわれるテーマと関心事を補足する
E夢を読み返しタイトルをつける
Fこれまでのタイトルのリストから一つずつ選び、自分と人生のことを述べていると思う。どのように関係しているか文章に書く
Gまとめ:一つタイトルを選び、自分自身についてエッセイか詩を書く


へー。おもしろそう。

それとか
「現れたシンボルと対話する瞑想法」

「シンボルは、夢見者の人格の無意識の面を投射していると考えることができます」

ということで、シンボルに共感して対話する(させる)、という方法が紹介されています


一番最後に載っていた
「夢のシンボル」を使って夢曼陀羅「ドリームシールドを作る」
っていうのが
いちばんわたしに向きそう。おもしろそう、って思います

楽しんで、やってみるかぁ


「夢の意図は、主観的だけれど真実である自己が姿を現し、
人生の客観的現実に貢献するようにそれらの現実の中に道を開くこと」

だそうです


そして

著者のいうように
夢の探求は「あなた自身の神話の探求」なのかもね。



posted by しろくま at 01:27| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年02月14日

笑顔が幸せを運んでくれる〜帝国ホテルが教えてくれたこと


笑顔が幸せを運んでくれる〜帝国ホテルが教えてくれたこと --- 竹谷年子/著 大和出版 1992

昨日中学校の図書ボランティアに行ってきまして
(中学校では読み聞かせではなくて図書室の開室のお手伝い。)
この本がふと目にとまってぱらぱらしてたらすっかりひきこまれてしまったので
借りてきました

明治42年生まれのこの方、竹谷年子さんが
昭和8年に帝国ホテル入社
15人の同期女性の中で1年後に残っていたのはただ一人
小柄で、元気で、懸命で、働き者で…

戦中・戦後を帝国ホテルとともに力いっぱい生きてこられた方です

なんかねー
読んでいたら
(特にお若い頃のエピソードなんて)
なんだか泣けてくるようでね

止められなくなってあっという間に読んでしまった。


今は愛知の明治村に保存されている旧帝国ホテルの「ライト館」

そこを訪ねて、
まるで恋人に会っているかのように幸福に静かに
お茶を飲んでいらっしゃる竹谷さんの姿を想像するとふっと
嬉しくなります

一度行ってみたくなった。


いい本でしたよー


posted by しろくま at 12:10| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年02月10日

「人の心がつくりだすもの」


人の心がつくりだすもの --- 河合隼雄/著(対談) 大和書房 2008


この表紙、すてきですねぇ、安野光雅さんですよぅ

なんでも
中部電力の発行している広報紙に連載されていた!河合先生の対談の中から
6つを書籍化したものだそうな。
(他のも読みたいよぅ…)


スポーツライター&音楽評論家(!)の玉木正之さんが
(余談ですが、音楽とスポーツという二つの視点から物事を見るのっておもしろいのねぇ。
なんだか上等の二点透視図法みたいでねぇ!)

「よく監督が『生徒たちに自主的にやらせています』という言い方をする。
やらせていて、どこが自主的やねん(笑)」



グラウンドやコートは、(欧米では草張りなのに日本ではソレガ土になるのは…)
スポーツを輸入したときにそこを聖なる場所、神社の境内のような、オットの地元でいう神事場(じんじば、と読みまする)のような…と考えた(読み替えた)からだ

というご指摘は
おおー!なるほど!!!!ははー!!!って思いました
草を抜いて地ならしをした清浄な地面ね…
そこで身を潔斎してやるのがスポーツね…
(だから、精神論が台頭するのかもぉ)


「スポーツ選手にインタビューなんかいらない」
っていうのも、いやー同感でございます。
競技で示してるからいいじゃんねぇ。
いままさにオリンピック、インタビュー見てて辛いときあるよ…


美術家の森村泰昌さん(セルフポートレイトが有名らしい)との対談では
お二人こんなことおっしゃってます

(森村)「文化の話をするときに、健全なものとか健康的なものだけをいいものと認めたがるような風潮があるんだけど、そうではないんじゃないかと思いますね」


(河合)「よく『子どもの健全育成』という言い方をするけど、健全に育成したいのなら、不健全なもの、病的なことを認めないといけない。
(中略)
ほんとうの意味での健全というのは、不健康を絶対に認めてますよ。だから、健全育成のために不健康なものを排除しようというやり方には、ぼくは反対です。それでは、ほんとうの意味での健全にならない」



ちょうど並行して読んでいた、仲さんの視点と同じだなぁ。
(と、びっくり)


話は飛ぶようですが…



先月末、
朝日新聞の「論壇時評」に、映画監督・作家の森達也さんが
文章を寄稿されていて

すごく共感したので、その一部をメモっておいたんですけれども




「誤解を解きたいと安倍晋三首相は言った。再び戦争の惨禍に人々が苦しむことのない時代を創る決意を記念したのだとも。
ならば同時に宣言すべきだ」

「戦争責任をA級戦犯だけに押しつけるべきではない。
私たちは被害者であると同時に加害者の末裔でもあるのだと」

「一部の指導者にのみ戦争責任を押しつけた観点において、東京裁判史観は明確な過ちを犯している。
責任は天皇と当時の国民すべてにある。だから(靖国が適当かどうかは措く)A級戦犯も同じように祀る。そう宣言して、自分たちの加害性を直観することで、ようやく戦争のメカニズムが見えてくる。
歴史上ほとんどの戦争は、自衛への熱狂から始まっている。指導者やメディアは平和を願うなどと言いながら、結局は危機を煽って、国民の期待や欲求に応えようと暴走する。
特に安倍政権誕生以降、自衛の概念が肥大している。
ならばこの国はまた同じ過ちを犯す。
積極的な平和主義を唱えながら」



悪を疎み遠ざけよう
という態度からは

平和は生まれないんだよな…っていうのは

人間の個人の成長も
社会の成長も同じだという気がしています






posted by しろくま at 18:30| Comment(2) | こんなん読みました^^

「翁雄正話(仲正雄講演録)U」


翁雄正話〜これでもシュタイナー〜U(仲正雄講演録)今、子どもに何が起こっているのか---思春期の子どもと親との関係--- 仲正雄/著 悠久庵 2001

うちの図書室の( ´艸`)シュタイナーの本棚を眺めておりましたら
何年か前に買ったこのシリーズが並んでいまして
(当時T〜Yまで出てた)

「思春期の子どもと親との…」


おおー
これは読みなおさなくっちゃ
ということで

また読んでみました
40ページほどの小冊子です

初めにこれを読んだ当時は、まだちゅん2もちっこくてただただかわいかったので
思春期というお題がピンと来ていなかったのよね
仲先生、たしか1回か2回講演会を聞きに行っただけですけど
(当時のメモを探してみたら、2003年でした〜うわすごい昔)
そのあたたかい語り口もなんだか思い出しちゃった。


最後の方にこんなくだりがあって

いやー
(思春期の子をもつ親の心構えとしては)これまで読んだどんな本よりこれがサイコー!

思っちゃいました


「『思春期』というのは難しいです、本当に。大変だし、いちばん傷つきやすいですし。
『つい昨日まであんなに可愛がって、手塩にかけて育ててあげたあの子が、何で今日からそんな』という、裏切られたように感じるところもあるけれど、そうではないもっと別の新しい観点から子どもを見てあげられれば、『ガンバッテー』でいいような、そんな世界だろうと思います。
そこで変に神経質になって社会が『善』をかぶせてくるとおかしくなってくる」



ま・さ・にっっっっ!!!
そうか、がんばって〜〜で、いいのねぇ。(それも結構腹をくくらねばできまい)


このすぐ前に、ちょうど「善」と「悪」について書かれたところがあるんです。

っていうか、
この冊子40ページ、その半分の20ページを割いて
ずっと「善」「偽善」「悪」について書かれてる。


ちょうどこれと並行して読んでいた河合隼雄さんの対談本
(あとで感想書くねー)にも
同じところがあって


「善を求めるあまり悪を排除しようとすることの危険」

とでもいいましょうか。

「自分の中にある悪(影)を認めることの真剣な大切さ」

とでもいいましょうか。

また同時に
「善でもない、悪でもない」ものがあるってことを知ることの大切さ

とでもいいましょうか…



仲先生曰く

「シュタイナー教育でいちばん最初のところでいわれる出発点は
『この教育は、人間の新しい『倫理観』を育てようとしている』ということなんです」


そうか
思春期って、その営みの中でも大切な、criticalな時期であるのだなーーー



こういう本って図書館にはないのかな?(うちの市にはなかった)
あると
もっとたくさんのお母さんたちに届くと、すごーーくいいのになぁぁ。





posted by しろくま at 17:19| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年02月05日

荻原規子読本「〈勾玉〉の世界」


荻原規子読本〈勾玉〉の世界 --- 荻原規子/著 徳間文庫編集部/編 徳間書店 2010

中沢新一さんや上橋菜穂子さんとの対談や
短編、エッセイなどが収録されている本。

昨日、今日と友の会で働いて疲れたので
今日はこんな軽い本が読みたかった〜

「空色勾玉」を読み返した余波というか惰力で読んでみたのですけど

あんまりおもしろくはなかったな


この人の本はおもしろいけどエッセイや対談はつまんない…


小説もおもしろいのはおもしろいんだけど
魅力もとりとめのなさも植物的っていうか
鉱物的な上橋菜穂子さんの方が、骨格がしっかりしててやっぱりすきー


posted by しろくま at 00:32| Comment(0) | こんなん読みました^^

「子どもたちの子どもたちの子どもたちへ」


子どもたちの子どもたちの子どもたちへ --- 須永晃仁/著 博進堂 1999(改訂版)


お坊さんが書かれたマクロビオティックの本…
…いや違うなぁ…
マクロを実践されているお坊さんの書かれた食と暮らしのエッセイ…


まぁいいか。

一言で表さないといけないってこともないし。

マクロの望診法のこともちょこっと載っていました。
(発生からの説明がおもしろかった)


家族ぐるみで玄米菜食をされているご様子。
パパが熱心ってなかなかないですよね。
奥様の出産時の手記などもあって、ちゅん2が生まれたときのことをすごい思い出しちゃった。


話はちょっと余談めきますが

年末に、あるところから無農薬で丁寧に作られたお米を買ったんですね。
(うちは玄米で買って自分で精米してます)

そこのお米をいただくのは初めてだったのですけど

いままで経験ないくらい、たくさんの籾のついたお米が交じっていて
精米した後にいつも手で取り除いています。
(だいたい3合に60粒とか...)


はじめはびっくりしてねー

よくよく考えてみたら
農家さんから直接購入することってあまりないじゃぁないですか
(農家から買うと籾が多いってわけではないですけど…)

ひゃぁー困った
と、最初思いましたけど
慣れるとどうってことはなく、精米したものをボウルに入れてリビングに行って
よっこらしょっと座ってのんびり籾を取り除くわけです
毎日やってると案外苦にならないっていうか、かえって楽しかったりする

この本の中に、「6つの波羅蜜」の解説があって
(波羅蜜っていうのは「彼岸に至る」っていう意味だそうです。般若心経にありますよねー)

その4つ目は
「精進」

曰く
「精進。精は米をより分けるという意味があります。玄米の中にあるもみがらを避けて、口当たりのよいようにして炊く。
まあ、いろんなことはけっこう自分が思っているより時間がかかります。仏さんの時間は長いです。
私たちは速く速くという感覚に慣れて、遅いのがよくないことのように思ったりします。
ゆっくり待つことが大切です。
遅い方が楽しいし、自分のスピードというのを知るべきです」


とあります

あらー
毎日やってるこれ、「精進」だったのー( ´艸`)



たしかに
不便ではあるんだけれども、
今はキレイに精米されたお米が流通してるし、そう経験することもないことなんだけど

確かに落ち着くというか…

スピードのことも確かにそうなんだけども
食べる人が口当たりのいいように…って思うのがわたしには大切で

なんかね これ
子どものいる生活と似てますよね??( ̄w ̄)


それから
「区別しないのは祈りの原点です」

(ちょっと「一元的宇宙観」を思い出す)


「祈りはお願いごとではありません、あんまり何かを仏壇や神棚に頼むようなしつけはやめたほうがいいです。
神仏に報告する、感謝する、謝る、お先にどうぞ、それだけで子どもは美しくなります」


ほんまですねぇ。
小さい子の祈りってそうだよね
いっしんに小さい手をあわせている…


巻末に、っていうか裏表紙がまた表紙になっていて、
マクロ料理のおいしそうなレシピがたくさん載っています。

おせちや、手当法レシピも。
なんか作ってみたい...







posted by しろくま at 00:23| Comment(2) | こんなん読みました^^

2014年02月01日

「昔話の死と誕生」


昔話の死と誕生 --- 松居友/著 大和書房 1988


教文館から去年改訂版が出ていると知ったのはついさっきで…改定版気になる…
(↑の写真はその改訂版の方です)

著者は松居直さんの息子さんです
(お父さんとずいぶん〜文章からの〜雰囲気がちがうのだ。ま、アタリマエか)


「メルヘンの世界観」を読んでたときに次はこの本!と
決めておりましたのだ

期待にたがわず面白かった〜〜〜〜〜

巻末の「参考文献」にまずヤラレました
すごい量!
アイヌの民話関係、民俗学関係、河合隼雄・ユング関連、ゲーテに関する本、
哲学書、そしてスエーデンボルグまで!おおー

読む前にもう盛りあがっておりました
( ´艸`)



この方の「昔話」の捉え方ですけれども

「昔話は、そうした(この世における霊と肉、精神と物質の諸関係を基軸にした)根源的な宇宙像が、種々の形で変容し、生成発展した根源現象である」

「昔話は、この世でありえない非現実的な出来事を通して、宇宙の意味深く大切な真実を、私たちに語りかけている」


その奥義が、「死と誕生を境とした、あの世とこの世の関係とその宇宙像」
であり、
その時代の宇宙像は「時代を生きる人々の深層に働き掛け、その時代の生み出す文化の母体となってきた」

「自然界の諸相とともに、自然界の神々の物語を、自然界の中で生きる智恵として、子どもたちに語り伝えていた」
のが「昔話の起源」

で、その時代の宇宙像が反映されている、「昔話の深層に宿っている」


その時代(文化)の宇宙観が、昔話の骨格から透けて見えるのだと…
ほぉぉぉ〜!
宇宙観でございますかー!


文中ではまずは

神話・民話の中の「神とのかかわり」から
物語を5つのパターンに分類されてるんですけれども

それが圧巻の後半の
「文化の移行に伴う宇宙観の変遷」の話につながっていくんですね

わたし個人的には、文化が移行したから宇宙観が変わったのか、意識が変わったから文化が移行したのか(はたまた宇宙観も変わったのか)
どっちが先だろうな〜っては思うのですけれども…



ともあれ。



自然---人間 を横軸に
霊------実存 を縦軸に取った座標上に、

@ 狩猟採集文化の一元的宇宙像

A 農耕牧畜文化の二元的宇宙像

B 科学技術文化の二元的宇宙像

を図示して、話が進んでいく最後の章は
なるほど〜〜〜〜ってホント面白くって

いやーネイティブアメリカンの各部族の民話とか、
日本の民話とかの宇宙観も分類(っていうとマニアック…)してみたくなったわぁ

Bのところで、光と影、善と悪の2元論の宇宙観が出てくるのですけど
ちょうど「ブリューゲルの宴」でその堕ちていくルシファーの絵を見たところだったので
(っていうかこの本を読みながら息抜きにブリューゲルを眺めていたら出てきた)
なんか鳥肌立ちましたわ


もうひとつたまたまなんですが
今日「児童書を読む会」があって、「空色勾玉」がお題だったのですけど
(これは創作ファンタジーですが)

この物語の輝(かぐ)と闇(くら)の対立って、
大和朝廷(王権)とそれに対立し、支配されあるいは滅ぼされていった部族との対立を描いているのですけど
(それぞれ光と大地、イザナギとイザナミを配している)

光と闇、って一見Bの構図のようだけどよく考えてみると別に
善と悪の対立という意味合いでもなく
@からAへ移ったあたりかなぁ…(なんて思ったり♪)

古い時代の神々も出てくるから、複合型のようではありますねー


古事記の世界はどうなんでしょうね
支配者サイドの歴史観だから、「悪」として周辺民族が出てくるけれども
人間と神とのかかわりでいうとやっぱり「異界」高天原が分かれている
Aのタイプだと思うし
やっぱり農耕が始まって以降の宇宙観なんだなぁって思うのでした

(宇宙観の話ではないけど、西洋で「意識」がシフトしたのが2500年前、っていうから、やっぱりちょうど、
日本でも縄文から弥生文化に変わるあたりの頃なんですよね…)



それでこの本は更に

21世紀に第4の宇宙観の登場を予言して、そのアウトラインも描いて見せているのでありました
(なんだか曼陀羅みたいねー)




あーおもしろーい


あ、そうだ。そうそう。

第3章は、そこだけ、著者の子ども時代の体験などを書いていらっしゃるのですけど
その文章が
すごく美しくて心地よいのでびっくりしました

ここだけ、この本の真ん中にぽっかりとまるで桃源郷のようなそれこそ異界のような部分がある感じ

そんなことも面白かったです(改訂版気になるなー)


読了直後で、まだこなれていないので散漫な感想でごめんねっ(いつもか…)

posted by しろくま at 01:29| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年01月30日

「ブリューゲルの宴」


イメージの森の中へ ブリューゲルの宴 --- 利倉隆/構成・文 二玄社 2009

画集?っていうより、
絵本のような体裁の、ブリューゲルの絵の解説本?

だから
絵は9枚しか載っていないんだけど

おおおおもしろーい!!


ブリューゲルの絵って、それでなくても細部まで書き込まれていてその一つ一つに
物語があるでしょう

(一枚の絵で映画ができるくらいだもんねぇ)


「ネーデルラントの諺」は、描かれてる100個の諺全部知りたいし!
(載ってるのは6つ)

反逆天使の転落」は…すごすぎる…ほんとは、この絵が好きなんだけど
グロテスクなものが(まぁ、ユーモラスとも言えるが)いっぱい描かれているので(やっぱコワイ)

壁に掛けるなら「雪中の狩人」かなぁ。やっぱり…
(いや、これはこれでやっぱりちょっと不気味。)



ブリューゲルすきデス^^




posted by しろくま at 17:50| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年01月29日

「ピーター流らくらく学習術」


ピーター流らくらく学習術 --- ピーター・フランクル/著 岩波ジュニア新書293 岩波書店 1997


ふと本棚にかじって放ってあったこの本を見つけました

著者はあの、数学者にして大道芸人のピーターさんです^^

ご自身の経験から、
日本の教育はこういうところはいいんだけどここはこう変えた方がいいよ〜〜
っていうことを
書いていらっしゃいます
(それから勉強法、特に外国語の、も)


ご指摘の内容はおおむね

マニュアルではなく自分で判断しましょうよ

子どもに自信をもたせる教育をしましょうよ

学校は知識より知恵を学ぶ場にしましょうよ



ってことで

「日本人は一人だと自信がない」(集団だとそうでもないのに…)

っていうのは
ナルホドーほんとそうかも。って思いました


本書は概ね同感する部分が多いのですけど

中でも超同感!って激しくうなずいていたのは
たとえばこんなあたり

「ぼくが日本の教育でひじょうに嫌だと思っているものが二つあります。
一つは部活、もう一つは制服です。
両方ともぼくには軍事教育の名残だと見えます。富国強兵の時代のものです。
学校教育を経て言い軍人になる、そういう考え方の名残と見えるのです。
部活は決してスポーツ活動ではありません。(以下略)」


いやーーーーほんとにね!

制服もそうなんだけど、
このごろ思うのは特に部活。ちゅん2が運動部に入ったから(わたしは中・高と美術部だったので)
運動部の子たちがこんなにずーっと朝錬だとか夕練だとか土曜だとか日曜も試合だとかで学校にいるっての知らなくって

ほーーーんとびっくりしたのですけど

で、いろんな人に、長すぎない??コドモ忙しすぎない??
って話すんだけど同意されることってほっとんどなくって。
自分もそうだったしー
ってよく言われます。へぇぇ。そうなんだー
(でも自分もそうだったから、それはフツー、疑問がない、っていうの思考停止でしょうよね??)

まぁね 熟慮の上の価値観の相違、ってこともありうるかとは思いますが…

でも
同じ考えの人がいて書いてくれてすごくうれしい^^


日本はスポーツの英才教育(○○大会とか)盛んなのに、
学力の英才教育をしていない。
とか
スポーツ選手は高額で海外からスカウトするのに
学者はその何分の一で呼べるのに…

とかっていうご意見は
なるほどー そのとおりだわぁ
って思いました。確かにスポーツ特別扱いだわねぇ…



「発想をはばむ最大の原因は、じつはけっして知識が足りないことではなく、
この問題ならこの方法という固定的な知識をもっていることだ」


うふうふ。数学者ならではのご指摘かも。
っていうか
今のモノシリの子どもたち…「○○知ってる!」(だから?)とかっていうの…まぁ子どものせいじゃぁ、ないけどさ…を見ていると
嫌でもそう思うし心配になりますわ。いや、私の心配することじゃないかもだし、
まぁ学校ってそういうところなのかも…



「自信」を育てない要因の一つは、教育の場だけではない「管理」好きってのもあるよね
っていうのが

「日本のプールでは、管理者がルールを全て決めているのです。
ひとりひとりは物事を考えなくていい。(以下略)」

(これ、プールの例を出していらっしゃるわけで、これだけじゃよくわからないでしょうけど)

小学校で「決まりだから廊下を走るな」っていうのも、
ホントわたしキライなんだけど、まさにこれ…(って何度も言ってるね( ´艸`)シツコイ)

子どもたち、下々に考えさせない、兵隊教育じゃんね…




まぁ、実は全部ではないんだけど概ね
共感しながら読みました

そして
そんななかで
いちばん心にとめておこうと思ったのは…

「人間が一番気にかけるべきなのは、今日の自分が昨日の自分よりも少しよくなることです。
もしも比較したかったら、まわりの人と自分を比較するのではなく、
今日何かわかったとか、少しだけ賢くなったとか、昨日の自分と比較すべきです」



…ほんまやねぇ。


いろんな社会や視点を経験するといろんな目で物事が観れて考えられるものだー

(いろんな人の書いた本を読むのが楽しいってのもこれにちょっと通じるかも)
posted by しろくま at 23:38| Comment(2) | こんなん読みました^^

2014年01月28日

「アロハ!〜ヒューレン博士とホ・オポノポノの言葉」


アロハ!〜ヒューレン博士とホ・オポノポノの言葉 --- 平良アイリーン/著 イハレアカラ・ヒューレン/監修 サンマーク出版 2013

今日は車を定期点検に出して、
その足で電車乗って「ターナー展」見に行ってきました!ひゃっほー!!
(ちょっとふなっしー入っている)


晩年の作品よりもお若い頃(?)の水彩画が多かったわ。
ターナーのイメージ変わった。
でも
子どもの頃から好きな画家だしやっぱり素敵だったし

よかったな〜〜 わたしもまた絵描きたくなっちゃった。(その気になりやすい)



ところで
帰りにぶらぶらしながら(三宮に行ったらお約束の)ジュンク堂に寄ってひとまわり
本をひと抱えゲット

その中で…


今読んでる本を差し置いて先にこの本を読みました


ホ・オポノポノってさぁ
出会ってからもう5年と少し、経つんですよねぇ

で、折に触れブースター効果のように新しい本講演に出会う…

これもその一環だと思う(1年ぶりだもの)


なぜなら、やっぱりだんだんとクリーニングから遠ざかるわたしがいるからです
(情熱ってなかなか続かないものよね)
寝る前のクリーニングは日課になっているので今でも必ずしているけれど
それ以外は一日数回あるか、ないか、って感じだもんさ。



ありがとうございます…



今回この本、(すぐ読めるし)体験者目線ですごくわかりやすくって、
なかでも はっ!!( ゚o゚) と思ったのは

「時間もクリーニング」…
「時間を適当に扱うと宇宙はあなたに時間を与えてくれなくなるだろう。
時間の管理がどうしてもうまくいかないと体験しているのであれば、日ごろの体験にクリーニングする注意を払ってごらん」


っていうところと

「自分の中から意見が出てくるとき、まずは自分自身をクリーニングする。
(中略)
相手の中に見えたその考えは、わたしの中に世紀をはるかに超えて溜め込まれてきたものなのだ」
…これは、ジャッジメントのことです。


「この宇宙のすべての存在は『愛している』の言葉が聞きたいだけなんだ。
『愛している、だって…』じゃない。ただ、その存在を祝福されたいだけなんだよ。
あなたと同じように」


そっか、そっか!!♪


それから

アイリーンさんが、見知らぬおばあさんを中傷する人の言葉を聞いて憤った…って時に
ヒュー・レン博士が言った言葉で
「外に哀しみが見えたり聞こえたりするとしたら、その悲しみはあなたの中にあるということだよ」

この
「内と外」っていうの、昨日も書いてましたけど
この頃のわたしの…なんていうか…テーマというか関心ポイントなのだわぁ。
この本でもハッケーン...

「外で起きていることなんて、ひとつもないんだ」


あともうひとつ
これは衝撃のイメージ!

「たとえば、訪れた場所、関わったもの、想いをもった人、それぞれの存在とあなたのウニヒピリがそれぞれ色のついた糸で結ばれているとしよう。
行く先々であなたのウニヒピリは人やものとその糸で結ばれるんだ。
その糸はあなたがクリーニングしないかぎり切ることができない。
ウニヒピリはあなたがクリーニングをするまで、その糸をつかんだままでいる。
意図はどんどん増えていき、しだいにもつれウニヒピリに絡まっていく。身体中に巻きついた幾億もの糸によってウニヒピリは身動きがとれない。
あなたのウニヒピリはそんな状態で毎日を過ごしているんだよ。
そしてそのウニヒピリはあなた自身なんだ」



ひょえー!!!w(゚o゚)w

わたしから四方八方に伸びている極彩色の糸の束が見えるよぅぅぅぅ
このイメージ、分かりやすくって強烈ですごく印象的。
この糸ってアカ・コードのことね。でもこんなふうになっていたとはぁ


…クリーニングしよう…


でもさ、これ読んで前よりコツが分かってきたわ。
何か感じたら、意見が浮かんだら、すかさずクリーニング!
何かを始める前にもクリーニング!
どこかへ行くときもクリーニング!


うふうふ。でもちょっと、楽しみ。
この本おすすめです^^










posted by しろくま at 22:10| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年01月27日

「メルヘンの世界観」

marchen.jpg

前回読んだとき
前々回読んだときも(いやこの途中でも読んでたかも)
深ーく感動した覚えがあるのですけど

今回も更に…っていうか、何回読んでもわかっていないところがあるんだなぁ
(だから時折無償に読みたくなるのです)

今回はねぇ
しばらく、河合隼雄先生の昔話論、ファンタジー論にはまっておりましたのと

その前に
「夢」に改めて興味を覚えていた期間がしばらくあって

「夢」と「昔話・メルヘン」にすごい共通点があるなぁって
興味を感じている中でこの
人智学が「人間」を高次の観点から考察するなかで捉えた昔話・メルヘン論…
であるこの本を
やっぱり無性に読みたくなったのでした


で…

よみましたわよ♪ねっとりじっくり♪♪
(ここでいうメルヘンというのは、昔話のことで、
誰か個人のの創作ではない、
昔々から語り継がれてきた物語のことです)


今回眼がひらかれる思いだったのは

「人間の意識の発達」について…


著者が解説してくれているのは

人間の意識は太古の昔から3つの発達段階を経て現在は
4番目の(目覚めた)意識を獲得しているんだけれども

メルヘンはその過去の(ひとつ前の3つ目の段階の)意識段階における体験を描いているんだ
ってこと…

その4つの意識の発達ってこうなっています

@ 根源的時代…神々の世界との根源的な一体感

A 運動意識…神々の世界と切り離されてはいるが、動きや踊りを通じて、直接的に体験できる)

B 神話的意識(イメージ意識)…自然の中に働く力を、イメージとして自分の「外」に見る

C 現在の意識…目覚めた思考・意識…道徳、倫理、両親などを自分の中に見る。感覚を通して外界を知覚し、知覚したものについてし子を働かせる自己意識。


このBからCへの移行は西洋では2,500年くらい前…ということです



なるほどー!!

これをちらっと頭の片隅に入れておくと、
ピンとくることがいろいろある気がする。
(ちなみに、Bの意識のイメージをもって、どの意識の部分を描いているかには、3つのパターンがあるそうです。くわしくはp18を)


今回もまた、ご紹介したい(自分のためにも書きぬいておきたい)面白いところがたくさんあるのですけど
すごい無理っぽいので…


ひとつふたつくらい。。。

「このメルヘンについて考えるとき、考慮すべきことが一つあります。
それは、私たちが夜見る夢についても言えることなのですが、
日常の現実において、
私たち自身から外に向けて発せられるものは、メルヘンや夢の中では、向こう側から私たちの方に来るように映る、ということです」


コレ、夢解釈でもそういえば言われていることで
「夢に出てくる他人は、実は自分の姿の投影」であったりする…って


そんなとき、
(この本を読んでいた時、先週くらいだったかな)
わたし、夢に山が出てきたんです。
大きくて、なんだか神々しいような、でもちょっとかわいいような、
眼の前にそそり立つ山。

印象的だったので夢解釈本をひらいてみましたら
こんなふうに書いてありました

「…(だいぶ略)…道に迷えば、人生に迷っています。道端の美しい独創に心奪われていれば、誘惑があるでしょう。獣に会えば、御しがたい自分の本能に出会っているようなものです。…(以下略)」


わたしの夢には別に毒草や動物が出てきたわけでもないし道にも迷っていなかったのですけど
だから自分の夢の解説に驚いたというのではなく

夢の中でわたしが出会うものって、わたしの内側にあるものなんだ〜〜!

っていうこと。
このBの意識、まさにそのものでしょう

自分の中にあるものを、働く力を、あたかも自分の外からやってくるように表現されるのが夢。

そう描いているのが、昔話。



だからねーーーー


やっぱり


昔話の内容を、「現代の意識で解釈してはダメ」
なんです


とんちんかんになってしまうんです

だって昔話が語っているのは
過去に人間が持っていた、今は失ってしまった…(大人は)…意識が持つイメージであり、
意味だからです


そうかー
それでね
編集者の松居直さんが、桃太郎のお話を再話されて絵本を作られたときに
たしか桃太郎に「たからは、いらぬ。ひめを かえせ」と言わせていらっしゃるんだけど…
(本をもっていないので、ことばはちょっと違うかも)

それを、評論の中でこんなふうにおっしゃっていたんだけど

「つまり現代的にいえば、(鬼は)異民族で独自の文化をもった者たちです。
鬼の差し出した宝物は、その文化の象徴です。
桃太郎は鬼を改心させ、お姫様を救出しに行ったのですから、その目的が達成できた今、戦利品として宝物をもちかえったのでは、戦争をしたことになってしまいます」

(出典:NHK人間講座2002年12月〜2003年1月期 「絵本のよろこび」)

これにすごーく違和感があったわけが、分かったような気がするなー

(でも、今改めてこの評論の部分を読んでみると、
確かに現代的に解釈していらっしゃるのはやっぱり賛成できないけど、
「不戦」への松居さんの強い思い、それを伝えたいというお気持ちはひしひしと感じるし、
実際に(日本の朝鮮出兵などの歴史を通じて)この物語が、桃太郎が
日本人の象徴のように捉えられた事実もあることだから
無理もないのかなぁ…と思ったりもして、以前抱いていたような割り切れない思いはなくなりました)

(でも、この方の「ももたろう」を子どもたちに読もうとはやっぱり思わないけどね。)



「私たちがこのメルヘンの内容を理解したうえで子どもに話すなら、
その子どもはイメージのなかで、これからの人生を通して迎える状態を体験することができる」


わけだから、

大人は
昔話の持つ意味を、「頭でちゃんと理解」しないといけないわけです


「私たちおとなが、このようなメルヘンのイメージの言葉、イメージの内容を理解するということには大きな意味があります。
なぜなら、もし私たちおとなが、メルヘンの内容をそのように理解することができれば、
子どもにメルヘンを語るとき、私たちの言葉が持つ説得力がまったく違ってくるからです。
おとなの場合、メルヘンの内容を信じることができるためには、まず、頭で理解することが必要になります。
ところが、子どもの場合には、メルヘンの中のイメージの言葉を直接的に、おとなとはまったく違うしかたで、理解することができます。
頭で理解するというのは、おとなにとって必要なことです。
子どもは、メルヘンの中のイメージを直接的に理解して、それを吸収します」


人間って、胎内にいるときだけ、身体的にだけじゃなくって、
生まれてからも、意識の上でも
「系統発生を繰り返す」
んやねえ… おおー


あともうひとつ、とても大切なこと。

昔話に出てくる、たとえば「森」とか「金」とか「3という数字」とか…
の様々なイメージは
大変象徴的なのですが

それは
例えば「森」は「無意識」を表す…

みたいに
一つのパターンとして捉えてはいけないということです

そしてこれは夢(の解釈)でも全く同じなのです

「そこにあるイメージを理解するときにも、このイメージが出てくれば、それは必ずこれを意味している、というような理解の仕方ではなく、
そのイメージがどういう関連性の中におかれているか、ということに眼を向けることが大切かと思われます」

「一つひとつのイメージに固定された意味があると考えるのではなく、
それらのイメージがどういう行為をひき起こすのか、
どういう現象と結びついているのか、ということを考えてみる」


とあります



わーやっぱりおもしろーーーい(昔話も夢も。)



この本読みすぎてそのうちそこらじゅう真っ赤(傍線だらけ)になるかもー


( ´艸`)



posted by しろくま at 21:25| Comment(0) | こんなん読みました^^

「屁」


屁 --- 新美南吉 青空文庫 (初出は「哈爾賓日日新聞」1940(昭和15)年3月23日〜3月30日)


昨日、児童書のビブリオバトルを聞きに行ってきました〜

久しぶりの大阪。駅周辺をうろうろしただけでしたが
まぁ昔と違うこと!!
びっくりだなー

そこでわたしが一番読みたくなったのがこのお話。
(チャンプ本は「思い出のマーニー」でしたが、1票差でしたよ)


1940年頃の作ということで、
じゃぁきっと青空文庫にあるだろうと思って帰ってすぐに読めた。
入手に時間がかからないのって嬉しいな〜〜〜^^


バトラーの(執事にあらず。この本を紹介してくださった方)は、
主人公の春吉…修身の教科書のようだった模範少年…が、
この本を読んだ子どものころからずっと心の中に住んでいて、
「一緒に大きくなった」とおっしゃっていました

うわー
それってすてきだーー


わたしにはそんな本(の登場人物)はいるかなぁ?




posted by しろくま at 20:28| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年01月19日

「アンデルセン童話の深層」


アンデルセン童話の深層〜作品と生い立ちの分析 --- 森省二/著 創元社 1988


いやー昨晩はすごい吹雪でした…
(とはいってもソコハ関西、うっすら積もった程度でしたけれども)

いやいや、それより、先週木曜日に朝から調子悪いなーと思っていたら
すぐに結構な熱が出て…

なかなかPCにもさわれませんでしたのよ。
熱は1日で下がったけど、体調の回復に土曜日いっぱいはかかりました。

それにそれに昨晩はすごいコワイ夢見て…ってこれはおもしろいのでまた後日の話題として。
書きたいこといっぱいこぼしてるような気がするけど。


今日は熱出る前に読んでたこれ。
アンデルセン好きのわたしとしては、
この頃河合先生ブームでもあるし、
この表紙だし

そそられるでしょう!この本!!


結構おもしろかったです

9つの作品と、
作者アンデルセン自身の人と人生を
精神分析の手法と用語でばしばしと解説しているわけで

まぁおもしろいと言えば面白いんですけれども

違和感もかなりあり


そもそも、(文中で著者もおっしゃっている通り)アンデルセンの物語は創作であって昔話とは違うので
昔話の持つ「深い意味」の世界とはまた違うのはもちろんなのでしょうが
と、いいつつその昔話に言及されているところも結構あって


なんていうかなぁ

昔話の理解は、たぶん精神分析の及ばない、
もっと先の広い世界なんだろうなぁ

ということが
(それを河合先生はわかっていらしたんだろうなぁということも)
伝わってくるような気がしました

「昔話のストーリーには実生活の隠ぺい部分が示されていたり、
また、願望充足が語られていたりするのです」

とか

「昔話には、長い歴史の中で、大人たちが子供たちに知らず知らずのうちに会得してもらいたい人間としての生き方、必然的に解決していかねばならない人生課題が暗に語られているのであり、それが、昔話の本質といえるのです」

なんていうくだりには、
なんというかもうがっかり脱力してしまったのでございます

そんな昔話って、全然深遠でもないし叡智でもないし
子どもたちへのギフトでもないわ…


人智学の人間理解をもって語られた昔話の世界についてを
もう一度
読みなおしたくてたまらなくなったので次に読む本はもう

決めています


そういう意味では反面教師的な働きをしてくれた本
まぁ深層でも何でもなかったが



でもねーえ

アンデルセンが作品に投影した自己の解説とか

あと
現代社会の人間の営みへの皮肉のあたりなんかは
大変おもしろく興味深く読みました


酷評に聞こえたら申し訳ないです
一読者の個人的な感想ということで…



posted by しろくま at 23:57| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年01月13日

「日本人の心を解く〜夢・神話・物語の深層へ」


日本人の心を解く〜夢・神話・物語の深層へ --- 河合隼雄/講演より 河合俊雄/訳 岩波書店 2013

もともとは
スイスのエラノス会議で、5回(5年)にわたって講演されたものをまとめた講演録
("Dreams, Myths & Fairy Tales in Japan")を
和訳したものだそうです

だからご自身で紡がれた日本語では実はないんだけど
文体などもそっくりで全然違和感がないし

おもしろかったですーーーーーー!!!


訳された息子さんによる「解説」に、

河合隼雄には「物語の水平的な流れだけでなく、
構造的なもの、垂直的なものを見る視点が存在する」


とありますが
ま・さ・にその通り!!って頷いておりました


ある夢を解説して
「心的現実」を表している
と表現されていますが

夢と、民話とはこの点で同じような気がする。
夢のことを勉強してると、昔話も神話もよく理解できるような気がするものね
絵本も。
(だって動物が喋ったりするじゃない?人間しか出てこない絵本だって、たいていそう…心的現実の描写…なんだとこのごろ身にしみて思っています)


「夢を抱え続ける力が必要」
って以前読んだご著書でも同じようなことを書いてらした気がするけど
「葛藤を抱え続ける」力、って表現もあったよね

抱えて生きる…

よりよく生きていく中で不可欠...なことだよなぁ
先生はこういう生き方を大切にされていたのかなぁって思います



神話(日本神話独特の中空構造)の説明や
昔話(日本人は「葛藤の美的解決」を好むらしい)のことを聞くと

私たち日本人の特徴的な行動様式や倫理観などが
いまでも社会的にもモチロンしっかり反映されていて

(ニュースでいう不祥事の「みそぎ」とかさぁ…)

あー世界的に見ると何やってるか分からないけどコレ無理もないのかも…
なんてつい思ったりしてしまいました
(「解決」のめざすものが違うんだものね)

「筆者の結論は、西洋人が昔話を倫理的な意図で洗練する傾向があるのに対して、
日本人は美的な意図で洗練するというものである」
(p.127)

コレ言い訳になるとはちっとも思わないけど逆に、
西洋と日本以外のところではまた、別の価値基準がありそうですよね
(余談ですが)


とはいえいずれの神話も「意識の神話」である
(私たちの意識が経験してきた道筋の物語ってことか…)
ってところや




一番最後の章では、「とりかえばや物語」を解説して

物語の舞台が京都と宇治と吉野と3か所あるんだけれどもそれを

意識の3層…と喝破するのもなるほどぉの驚きでした

そうやって読むと深いわねぇ…





「物語の全体は、無数の一致から成るこころの至高の一瞬の、美しい描写」
これを時系列に(まぁ必ずしもそうとは限らないが。物語の筋書きとして)展開したものだって

うわー魔法〜


なんか大層散漫なご紹介になりました。
(部屋が寒いしぃ?…)


講演録なのでひとつひとつは深く突っ込んだ内容ではないけど
興味のあるところがちりばめてあってすごくおもしろかったし
関連の本を更に読んでみたいなぁって思いました



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2014年01月10日

「ちいさなちいさな王様」


ちいさなちいさな王様 --- アクセル・ハッケ/作 ミヒャエル・ゾーヴァ/絵 那須田淳・木本栄/共訳 講談社 1996

実は先にこっちを読みたいなと思って注文したんだけれども
(しかも1円だった♪+送料ですが…)

やっぱりきっと英語版も読みたくなるだろうなーと思ってそっちも注文したら先に届いたので
先に読むことになり

こちらがあとになりました。

日本語も面白い。
日・英でイメージの違うところも結構あるんだけど。


でもさ
「一時期、何もかも青ばっかりで描いた」同僚、ってのは
やっぱり

ピカソのことだと思うんだよなぁ
(日本語版だと分かりにくいかなー)←そのように最大限きちんと訳されてるなぁとは思うのですけど。英語で読むほうがわたしにはピンときやすかったなぁというだけです…そもそももともとはドイツ語なのでどう書かれているのかはわからないのでありますが…


どっちも捨てがたいわ。

ところで


昨日書いたblogを読み返してみて気がつきましたが

なんで
Little King Decemberのあとに「イメージの心理学」読んでよかったなぁ
って思ったのかって
説明するのを忘れておりましたー


この王様の種族の人々のライフサイクルは、
極端に「直線」ってことになってる…わけなのよねぇ


だから
大変シニカルであると同時に
なんか(その世界観に閉じ込められてもがいているような)ペーソスも感じられるのでありました
(私見ですが)


やっぱこのあたりは
大人でないと味わえない作品やねー

あいや、でも
高校生なんかはこれ読んだらどう思うんだろうか。まぁ、そりゃ人によりけりだろうけども。




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2014年01月09日

「イメージの心理学」


イメージの心理学 --- 河合隼雄/著 青土社 1991


いやーすごいものを読んでしまった
おもしろくって大きくってトータルなご紹介ができない気がする
(ってそんな紹介今までもしてませんが…)



キーワードとしては

「科学」の功罪(科学によってわたしたちが得た大きなものと失った大きなもの)

「心の現実」

「葛藤を抱えて生きる」

あたりでしょうかわたし的には…他にもあるんだけども



本書の議論の的である「イメージ」について
先生は
「イメージおよびイメージ言語の理解には『私』の体験が必要である」
と書いています

一方で
近代に西欧で起こった「科学」のもたらした恵みを尊重しつつも

科学が「客観性」を基盤とするために(ゆえに)明確に排除したのが「私」であって

そのあたりからこの本は始まっています

科学の前提にとらわれすぎてはいけないよって
わたしたちの生きる世界は科学を含みその外にも豊かに広がっているんだから

(余談ですがだからホメオパシーもその外に広がっているんだよねぇ)



実はですね
「子どもと悪」を読み終わって、すぐにこの本にとりかかったのですけども
(いまだmy河合ブーム真っ只中)
はじめはおもしろくてサクサク読んでいたのだけど

途中から少し休んでこれ読んだりこれ読んだり…

それで
これ読み終わってようやくこの本をフィニッシュしたわけですが

あーなんか、わかった。
Little King読んだ後にこの本の最後のとこ読むことになってたんだー

(別にこっち読んでから王様読んでもよかったような気もするのにねぇ。まぁでも、わたしはぼんやりしてるからそれだときっとピンとこなかったかもしれないな)


一番最後の章は「ライフサイクルとイメージ」と題されています


すごーく省略してしまうと
西欧(キリスト教)でいう(近代に発達した)「ライフサイクル」の概念は直線の趣があり
東洋で昔からあったライフサイクルの概念は円環をなしている
というご指摘と

だからと言ってどちらがいいとか対比させて云々いうよりも
「その時その人によっての意味との関連で、どちらでも見てみることが必要と考える方がよさそうである。
いずれにせよ、その時の自分にとっての意味ということをよく自覚することが大切」
とおっしゃっています

この「自分にとっての」…「私」性、っていうのがこの本で…イメージの話をしていても臨床心理の治療の話をしていても夢の話をしていても…ずっと底を流れるキーワードでありました



シュタイナーの「ライフサイクル」…という言葉ではないかもしれないけど…はそういえば
U字の図で表されてましたけど
(プラス、老年になるとその真ん中に一本線がたつ)

でも
惑星間転生…のことを思い描くとその示すところは
やっぱり大きな大きな円環を描いているような気がします
(ま、輪廻ってことですものね)


そうそう

どなただったかホメオパシーの先生(たしか外国の人)の本でも、そういえば、
禅の十牛図…(あるいはこちらも)
のことを書いていたものがあったような気がするな
(何だったかな)

円環も弧をとれば限りなく線のように見えるわけだから

大きくみるとそういう世界観になるってことかもしれないな
(そして人間のこと世界のことは大きくみたいなぁって思うのでした)



posted by しろくま at 14:24| Comment(0) | こんなん読みました^^

2014年01月08日

「絵本の力」


絵本の力 --- 河合隼雄、松居直、柳田邦男[講演録] 岩波書店 2001

2000年に行われた「絵本の可能性」という講演を収録したものです。
この装画もすてきですねぇ。


臨床心理学者で、昔話や夢などを深層心理の深い理解と繋げてくださる河合先生と

「日本の絵本を横書きにした張本人」日本を代表する絵本編集者で、こどもとこどもの文学をずっと見つめ、関わってこられた松居直さんと

著名なノンフィクション作家であって(この人の名前が、就活の模試だったか!?に出てきたの覚えてる〜)、近年は絵本の魅力を(いせひでこさんが奥さん!さっき調べるまで知らなかった〜〜)説く伝道師のような。柳田邦男さん


おもしろい三角形です。それぞれの講演と、鼎談を収録しています


総じて
河合先生がコーディネーターのようになって
あたたかく穏やかにもあまり持論を出していらっしゃらない感じです。


一番情熱的にしゃべっていらっしゃるのは柳田さんで
でも一番信念的に話している(で、他の方から気を使われている…一目置かれていると言った方がいいのかも)のは松居さんで

やっぱり含蓄があります
(以下全部松居さんの言葉から)

「大人の方は絵を見ますが、子どもは絵を読む。
絵の中にある言葉を読む。
そしてまったく同時に耳から言葉の世界を体験する。
耳から聞いた言葉の世界と目で見た言葉の世界が子どもの中で一つになります。
そこに絵本ができる」

「子どもの中に見えている絵本の絵は、生き生きと動いている」


こういう絵本の楽しみ方を、わたしもしたいなぁ。

自分の子どもへの読み聞かせではなくて
子どもたちの集団に絵本を読んでいるときって
子どもたちが本を見ずに、口をポカンと開けて、話し手(わたし)を見ていることが結構多いけれども。


「本当に子供は客観的によく読みとるんです。
たとえばずっと語られてきた文章が、あるところで説明的な文章になったりしていると、
そこでもう子供の緊張感は崩れてしまう。
ですから子供の物語は眼に見えるように書くことが鉄則でとても難しいです」

「耳から聞く言葉の体験というのは、言葉の体験ではいちばん大切なこと」


松居さんの体験談で、遠野の語り部のおばあさん(二百話語りのサツさん)の話があります。
サツさんは小さい頃、お父さんの昔話を聞いて育ったそうです

「『私は言葉を覚えているのではない、絵が見えるんだ』とおっしゃっています。
『父の中に絵が見えていて、昔話を語ってくれると、その絵が自分の中にも見えるようになって、いつまでも絵が残っているらしい。何か語ろうかなと思うと、その世界が見えてくるので、それを言葉にしているだけです』とおっしゃっていましたが、本当に素晴らしい語り手でした。
言葉の力というのはすごいと思ったのと、その絵が見える、語り手はちゃんとその物語の世界を自分の中にイメージして語らなければ伝わらないんだということを思いました。
今の子供はそういう体験がとても少なくて、みんな見える世界ばかり追いかけている」



「最近の(絵本)は眼で読む文体になってきている。
最近の絵本には密度の濃い文体がないと思っているくらいなんです。
日本語としての言葉の響きや力やリズムとか、それから日本語としての組み立て方、当然そこに文体というのがなければ、心に残っていかないし伝わらない。
それがとても気になっているんです。
何か日本語としての強さといいますか、生命力がないんです。
そうすると、特に声に出して読みますと、何か不安定でピンとこない。
画家の方で自分でテキストを書いていらっしゃる方の文章にそれが感じられます。
これは画家の責任というよりも編集者の責任だと僕は思っています」

「これからは絵本の絵以上に、文章に対する研鑽をしてゆかないと、次の世代に日本語を伝えてゆく重大な責任が果たせなくなってしまいます。
すばらしい日本語が子どもたちのアイデンティティを育ててゆくのですから」




その松居さんは
お兄さんをふたり、戦争で亡くされているそうです。

「母は一生その話はしませんでした。
九十歳まで生きておりましたけれども、戦後もずうっと、戦争の話はしなかった。自分の息子の話もまったくしなかったんです。

(中略)
国のために死んだことははっきりしているんだけれども、靖国神社なんかへ行くとはまったく言いませんでしたしね」


(「子ども」とか「子供」とかありますが本文のまま。)


posted by しろくま at 11:22| Comment(2) | こんなん読みました^^

2014年01月05日

「面倒だから、しよう」


面倒だから、しよう --- 渡辺和子/著 幻冬舎 2013


「置かれた場所で咲きなさい」が、最初に出てこれは(幻冬舎からの)2冊目だそうですが

手に取るきっかけ(出会い)がなくて
2日に出かけた本屋さんでこれを買いました



「面倒だから、やろう」は以前に大層感銘を受けて
感激してここに書いておりますが

励まされて発奮したけどなかなか身につかないものだなぁ
(そういうことって他にもたくさんあるね…)



講演会でもお話を聞きましたけど
渡辺和子さんがおっしゃることはいつも同じこと
同じことを何度も言って書いてくださる
だけど
何度聞いても読んでもなかなか腑に落ちないが
(分かったつもりでもみにしみないということ)
これはわたしの努力が足りないのかしら

でも

この本でもう一度読むと
また違う理解があるように思うっていうか


やっぱりこうやって何度もリブートするのがよいのだろうか
(予防接種みたいだけど)


また後々のrebootのために、響いたところを抜き書きしておくっっ
(本当はその前後も読みあわせるのがいいので、まぁ目次っていうか…)


「柔和で謙遜になることこそが、くじけない秘訣」

「用を雑にした時に、雑用が生まれる」

「(ヴィクター・フランクルの言葉)人間の自由は、諸条件からの自由ではなくて、それら諸条件に対して、自分のあり方を決める自由である


いつも難しいなと思うけど
自由ということ、
「自由人」というのを(やっぱり)じっくり(自分なりにも)考えてみたい…


「成熟した人の特徴…(中略)…もっと易しい言葉でいえば、あまり人に流されないということです。
相手の人と自分が同じレベルになって、相手が丁寧にはなしをすれば、わたしも丁寧にはなしをする、相手が無愛想なら私も不愛想に、という態度でなく、
相手がどうであろうとも、私は私、人は人として生きるということです」


「(マザー・テレサの言葉)祈りを唱える人ではなく、祈りの人になりなさい」


「人にやさしくて、他の人に冷淡だとすれば、それは本当の優しさではありません」





先日NHKの「白熱教室」で
「幸せ論」
を講義していた女性の教授がいました

幸せな人になるのに
実は遺伝が大きな影響を与えているってことで

ざっくりの記憶ですが半分が遺伝、その他は環境と本人の努力。

でも
遺伝だーって諦めていたら
それ以外の可能性を捨てることになるっていう話を

肥満遺伝子をもっていても努力すれば痩せられる
っていうようなたとえでおっしゃっていました

この本にも「自由人の育成」という章で
こんなくだりがありましたよ

「ひとりの人が判断、選択するに当たっては、遺伝、環境という二つの要素が大きく影響することは、いうまでもありません。
しかし人間は、この二要素だけの“産物”ではなくて、
“第三の力”自由をもっています。
それは、神の似姿に創られた人間にのみ与えられた、理性と自由意思に基づく力です」


人間は特別、っていうのがなんともキリスト教的なものを感じますが
(若干違和感がなくもない)
でも
確かに…

第三の力が「自由」っていうのは、ずっしり胸に響きます。



さて私は面倒だからする人になれるかしら(うーむ)


posted by しろくま at 22:01| Comment(0) | こんなん読みました^^

2013年12月29日

「子どもと悪」


子どもと悪〈子どもとファンタジー〉コレクションW --- 河合隼雄/著 河合俊雄/編 岩波現代文庫 2013

この本は出たばかりですけれども文庫化される前の元の本は1997年初版発売だそうです

やっぱり思春期のこころとからだのことを中心に。


自分を思い出すと、中1の頃がすごく
しんどかったんですよね
そのころ、社会の授業で青年期は「疾風怒濤の時代」なぁんて習って
なんか人ごとのように感じながらも
そうかぁこれが疾風怒濤...(さもありなん)と思ったことを覚えています

(でも訳としては「嵐と衝動」ってほうが正確みたい。たしかに、こっちの方が的確な気も。)


本書における「悪」の定義は本書をぜひお読みいただくとして

「すべての悪は、どこかで自立にかかわるところがある」
と話していらっしゃいます

思えば

芋虫毛虫が蝶になる前にさなぎの時期を過ごすのが
人間でいえば思春期ですよね
殻に包まれて
その中で身体は一旦どろどろのゲル状になるのだとか

昨日の夜ちゅん2と二人でお寿司を食べに行ったんです
その前にいろいろ手違いがあったりして彼は大層不機嫌で
むすっとして無言でカウンターに座ったんだけど

出されたお寿司を一口ぱくっと口に入れたら

ニッコリ笑顔
(おいしかったなー)

ふとなんだか涙ぐんでしまった
殻の向こうに素のちゅん2が見えたようでね
まぁこれは親の感傷といえばそれまでですが


この本は本当に読んでよかったと思います
思春期のお子さんをもつ方には超お勧め〜

反抗されても「そうかそうか、親を越えていくのに反抗が必要よね〜」
ってちょっと余裕(客観的)でいられるようになったかも?
(まぁ親の方の覚悟も相当問われるわけでございますが)




さて中身の話を少々。

所謂少年の「非行」のエピソードのあとで
「この子は、お母さんを教育するために、何と頑張ったんだろう」という著者の感慨が語られています

現代はいろいろな意味で大人が不安をもちやすい社会となっているし
親が自分の不安を無意識に子どもに投げかけてしまう
そのことが子どもに与える悪影響を及ぼしていると何度も言及されていました


印象に残ったのは、人間というものの複雑さ
これは、こうだ、とシンプルに割り切れないってこと
(だから矛盾と葛藤のガス抜きのためのユーモアが大切ってか必要なわけよね。先生お得意の^^)
特に子どもと向き合うってことは

「子どもの『悪』についてよく理解することは必要であるが、それは決して甘くなることを意味していない。
理解することと厳しくすることとは両立し難いようだが、理解を深めれば深めるほど、厳しさの必要が認識されてくるので、厳しさも筋金入りになってくるのではなかろうか。
理解に裏付けられていない厳しさは、もろいものである」


これも、単純にそうか、わかった!ってたかをくくったように思うことを意味していないのよね
個別に格闘するってことなんだわ

鋭いむき身の刃のような思春期の子ども達にむかい合うってことは

なんていうか
丁々発止、まるで命のやり取りのような?
現場で(こどもと向かい合って)
感覚を研ぎ澄まして
惰性や手抜きはすぐに見破られてしまうよね
それに

「どのような正しいことでもスローガンになると硬直する。
硬直した思考は単純に二者択一的になる」

「これは機械のすることで、人間のすることではない」


↑こういう知的(?)怠惰もね。



さて。
それから、本書には「補論」ってのが3つついていて
そのうちの「昔話の残虐性」っていうのが大層面白かったのです

昔話は集合意識(ってか集合的無意識?←スミマセンテキトーで…)の物語だから
たましいの領域の抽象性…をもっているって(わたしは自分なりに)思うんですよね
「比喩」っていうのと少し違うっていうか。

そのことを(若干長いですが引用)

「安直な『平和』を念頭に粗雑な絵本をつくった人は、それを読み聞かされている子ども達の魂が、退屈で窒息しそうになっているのをご存じだろうか。
おもしろくもない読みものを『ためになる』からと読み聞かせる母親は、だまして婆汁を飲ませる狸とあまり変わらないことをやっているのではないか。
大人たちは知らず知らずのうちにどれほど残酷なことを子どもたちに対してやっているかを自覚しなくてはならない。
昔話が心の深い層に生じる真実を語っていると考えてみると、
昔話に語られる『残酷』なことは、むしろ日常茶飯事に生じていることが分かる。
娘が他の人々と交際することを厳しく禁じている父親は、娘の『両手を切っている』と言えないだろうか。
こどもを『食いもの』にしている親などたくさんいるし、『ガラスの棺』に閉じ込められている女の子も存在する。それに、子どもたちは成長して行くためには、内面的には『母殺し』や『父殺し』をやり遂げる必要があるとさえ言えないものだろうか」



ここでまた、「語ること」と「語り手」の重要性を指摘されています。

語る、っていうことは、そこに「語る人」と「聞く人」があって
その人間関係が存在するってことが土台になるものだと。


昔話は「長い年月を経てできあがったものだけに、きわめて普遍性の高いものであり、どこかで心の深みと響き合う性質をもっているから」

でもいまどき、お話を語ってもらえるこどもたちや機会はおそらく本当に少ないでしょう。
わたしだってそうだったわ。

本来語られるものである昔話が、書物になってそれを子どもがよむ場合、
「子どもがそれまでに自分の存在を支えるよき人間関係を獲得しているとき、子どもたちは自分で読みながら『語りかける声を聞く』体験をしているものと思われる」

でも

「人間関係の基盤の弱い子が、昔話を読むときは、強い不安に襲われたりして悪影響を受けることも考えられる」


…ただ本を与えればよい、読んでいればよい、というわけではないというのは
ヤッパリここにも。。



「外的真実は書物によっても伝えやすいが、内的真実は人から人へと、あるいは、人の魂から魂へと直接に語りかける方が伝わりやすい」


「書物でも少しむずかしいのに、これが絵本やテレビとなるときわめてむずかしいこととなる」


結局、
「子どもが話を聞いて、自己の内的現実としてのイメージをつくりあげる前に、
外から映像を与えてしまうからである」


これは、シュタイナーも言っている
「幼い子には絵本より(もちろんTVより)まずはお話を語ってあげる」
ということの、的確な説明になっていると思います


「昔話は『物語』られるときにこそ、最大限の効果を発揮し、
語り手が既に述べたような残酷性の意味を明確に知っているときは、いくら残酷な話をしても問題はない」

(この「知る」というのは小手先ではなく「全人的な意味」


そして、
「昔話の絵本をつくるためには、相当な配慮と技術が必要となってくる。
おきまりのイメージを子どもに押し付けるのではなく、子どものもつイメージを、より豊かなものへとひろげてゆくような絵本が望まれるのだ。
はたして、昔話の絵本をつくる人に、それだけの自覚をもつ人がどれだけあるだろうか」

と、安易な制作・出版にも苦言を呈しています(同感です)

語りがやっぱりいいんだけどさ。
(いままさに、ストーリーテリングのために昔話を一つ暗記しているところ)

「それにしても、昔話の中の残酷さを真に意味あることとして、子どもに『語りかける』ことのできる語り手は、現在どのくらいいるのだろうか」
という言葉も、
重く受け止めておかなければいけないなぁって思います



要はやっぱり、ひとりひとりの課題なんやね。

そして

人間って複雑なものだ
だから
おもしろい!!



★追記★

先程内田樹さんのblogを読んでいたら(わたしったらまぁ掃除もせずに!( ´艸`))
こんな部分がありました

「わが国のエリート層を形成する受験秀才たちはあらかじめ問いと答えがセットになっているものを丸暗記して、それを出力する仕事には長けているが、正解が示されていない問いの前で「臨機応変に、自己責任で判断する」訓練は受けていない。むしろ誤答を病的に恐れるあまり「想定外の事態」に遭遇すると、「何もしないでフリーズする」方を選ぶ。彼にとって「回答保留」は「誤答」よりましなのだ」


それで、つい、本書「子どもと悪」の中の、こんなくだりを思い出した次第。

P168〜169です。こっちは創造性についてだけどね。
まさに、Schools kill creativity...
(でも、学校だけじゃないわね。学校がそうってことは、社会がそうってことで、私たち一人一人がそうってことだ…)

「現在の学校教育において『できるだけ早く正解を見出すこと』を善として、子どもが鍛えられれば鍛えられるほど、子どもは新しい発想への可能性をつぶすことを教えられているようなものである。
本当に創造的なことが生じてくるときは、そもそもどれが正解かなどということではなく、
問題そのものを探し出すことから始めねばならない
のである」



posted by しろくま at 13:14| Comment(0) | こんなん読みました^^

2013年12月27日

「こころの子育てQ&A」

 now 文庫にて
こころの子育て Q&A[誕生から思春期までの48章] --- 河合隼雄/著 朝日新聞社 1999

少し前ですが書店に行って河合隼雄センセイの本を
大人買いしてしまった

ため
コツコツ読んでいます(だって面白いんだもの)
でもこの本はどうも文庫版があったらしい…(そういうときやっぱりネットは便利って思いますねー)


ともあれ

思春期の息子がおりますため
面白かったし、身につまされるところがあれこれありました

あのね
「Q47 子育てにゴールがあるとしたら、それはいつでしょう。
 A  子どもが本気の恋愛をしたら、親の役目もひと段落です」


っていう章に

「どんな相手を選ぶかというのは、親がそれまでやってきたことが全部入った『総決算』」ですわ
っていうくだりがありまして
へーナルホドー と思いました

「子どもが好きな相手を連れてきたら、まったく親の気に入らないタイプだったということがあり得ますね。それは子どもが、『うちの親はダメだ』と言ってるのとおんなじなんです」


ほほぉ。

うちの母は、この頃よく妹に
「わたしの子育ては後悔ばかり…」ってハンセイしているそうですが
子ども達4人の配偶者はみんなとっても気にいっているようだものね。コレ、おしえてあげよう…( ´艸`)


この頃私、前にも書きましたけども
内省的なキブンになることがいつもより多くって、
そうなると
なーんか思考も反応もゆっくりノンビリになるようで

これってほんの小さい頃に、わたしってこうだったよなぁ…っていうのを
なんていうか体感覚的に
やっぱり思いだしたりして

でも

なにかにパッと・すばやく・即座に反応するのって(例えば受け答えとかね。)
大人になる過程で身につけてきたわけなんだけど(でもあまり上手とはいえない...ナゼナラ)
わたしの生来的な(もって生まれた気質的な)感覚とはちがうっていうか

なんていうか脊髄反射と変わらん気がするわけなんですよ

本当に「たましい」で、深い部分をくぐって受け答えをしようとするとやっぱり
ゆっくりになって当然じゃぁないのかなぁ

なんて思うのは
TVで重宝されてるこの頃の個性ってのはこの「即時応答」の芸だなぁって思うの

「芸人さん」っていわれる人たちに多いけど
(それに、当意即妙の方もいるけど、そうじゃない方は決まり文句の一芸だったりして見てて痛々しいことも)

面白いんだけどね^^

でも
わたしは(これからは)ヤッパリ「たましい」の受け答えを大事にしたいなっ!
って思いました

そして、
これと同じような流れが教育にもあるんだって
この本を読んでしりました

「Q39 成績はよい方が、将来の幸せにつながるのではないですか。
 A  『何番か』ではなく『どんな子か』で見ないと幸せは遠いです」


っていう章ですが

「異なる教科の点を全部足して順番をつけて、一点でも多い方がいいことになっている。
だから順番をつけるためには、本来差が出てこないところで差がつくようなテストを作らなければならない。
そういうテストで点をとるために、パッと即反応する、ごまかされない、ひっからないという練習をひたすらする」


ま、一文やそこら引用しただけではよくわからないことなので
ご興味がありましたら是非本書をお読みいただいたらと思うのですけども


それにたしかに
所謂受験術っていうのは(わたしも昔聞いたことが…)
テストをざっと見渡して、できそうなやつから取りかかる、できないものは捨てる、
っていう見極めが技術…ウデノミセドコロだったりしてね
(あーなんか思いだすなぁ)
ともあれ

そうかー
あの「芸」がツマンナイ(おもしろい時もあるけど)と思っていたが
日本の教育の、ひいては社会のプロトタイプであったとは。ううむ。



「Q9 今の子育てで気になることといったら何でしょうか。
 A  親としてのカンを磨くのをサボりすぎていることです」


これ、「紙おむつ」からしてもう、そうですよね。
便利だけど、どんどんカンが鈍くなってく…
ほどほどに利用して、依存しきらず感謝しつつ、
あとそのこと(負の部分)に気づいてるってのが必要かもね。


それと、

「今の日本の親のいちばん大きい問題は、みんなあまりにも近視眼的だということです。
近視眼的に、いま勉強ができてるということだけでともかく安心する。
早くから子どもに勉強させるのは、親自身が安心したいからなんですよ。
目に見えないことで安心するのはすごく難しいから、目に見える方に、目に見える方に行ってしまう」


というあたりも、大層共感した次第です。( ̄w ̄)エラソウ…




それにしても
子育てって、チャレンジングやなぁ…







「『強い絆で結ばれている』という言い方がありますが、
ぼくは絆は強めるよりも深めることが大事やと思います。

(中略)
その糸を、短くして強めている人は、相手をコントロールしているだけです。
ところが、どんどんどんどん深めていくと、相手はすごく自由になっていくんだけれど、ちゃんとつながっている」


これ、覚えていよう…










posted by しろくま at 13:11| Comment(4) | こんなん読みました^^

2013年12月23日

「子どもの宇宙」


子どもの宇宙 --- 河合隼雄/著 岩波新書 1987

河合隼雄センセイづいておりまする…^^


冒頭に、2歳の子どもの詩が紹介されていました

ほし     原 ひろし

おほしさんが
一つでた
とうちゃんが
かえってくるで



先生の感想っていうか解釈っていうか…も書いてありました

それで(わたしの感想とは違うので)
ヤッパリひとそれぞれなんよね
って思いました

博識な専門家といえどもそりゃ反応するココロの部分は人それぞれ
って(まぁ当然かー)
別に正解が一つあるわけじゃぁないんだもの。
そう改めて思ったのでした


ホメオパシーの学校に行っていた頃に
先生方の臨床ケースを見聞きして

特に、ビデオで見せてもらうような時にはとても印象が強くて

なかでも
もう60を過ぎたような男の人が、
「お母さんが…」って小さい頃のお母さんとのことを涙ながらに話すのに胸を衝かれました

本書のまえがきにこんなくだりがあって
(心理療法や指導を通じて)
「大人の人たちの話は、彼らが子どものときにどれほどの破壊を蒙ったか、
そしてその修復がいかに困難なものであるか、ということに満ちていた」


↑のビデオケースも思い出してまた胸を衝かれました

多かれ少なかれ誰もがそんな経験をしてきているでしょう


子どもには、そしてもちろん子どもにも
「自分の中の宇宙」
がある

でも
「大人になるということは、子どものときにもっていた素晴らしい宇宙の存在を忘れることではないか」

そして、大人になってから
「その存在に気づくことは、あんがい恐怖や不安がつきまとったりもするようである」

「大人はそのような不安に襲われるのを避けるために、
子どもの宇宙の存在を無視したり、
それを破壊しようとするのかもしれない」




わたし、コレなんかわかるなぁ

子どものころにもっていたこと、親しんでいた世界を
いろいろ手放して
鈍感になることで
すこしずつ大人になってきたって思いがずっとある。

そしてもうそれは、とりかえせない、戻ってこないものだと思っていたけど…

「子どもの宇宙の存在について、われわれが知ろうと努力するときは、
自分自身の宇宙について忘れていたことを思い出したり、
新しい発見をしたりすることにもなる」


なんか今、
絵本を読んでもらった
バイオグラフィーを見なおしてみたり
河合先生のご著書をあれこれ読んだりしながら
今ちょっとこれが起きているような気がします。




この本の中には、心理相談の臨床例が結構紹介されていて

子どものトラブルのようだけど(子どもが心理療法家のところにおくられてくるけど)
周りの大人が変わることでその子が変わっていったり
つまりその子のトラブルはまるで周囲の大人に変革を促してくれているようで

「子どもの宇宙について知ろうとするのは、大人の宇宙について知ることになる事実」

ってのは
一人の人格の中でも
また複数の人格の間にも
起こるものなんだなぁって思いました


教育学者の蜂屋慶さんの説だそうですが
「こちらの世界を『技術の世界』、あちらの世界を『超越の世界』として把え、
近代教育の盲点の一つは、
子どもに技術を身につけさせること、技術を教えることに熱中し、
超越の世界の存在を忘れていることにあると指摘している」


とありました

これ
すごーくわかります

いろんなところで話してるし、(この会でも喋った)
おさかなやのどこかにもたぶん書いてるとは思うけど

わたし、自分の人生の大きなターニングポイントをふり返ってみると
いくつかあるのですが

ちゅん2を妊娠してから生まれてくるあたりで
助産院に通うようになってお産についていろいろ考えたり体験したりして

あーこれまでわたしは、成績とか、達成とか、実績とか、能率効率とか、力量とか
そんな世界にずうっと住んでいたんだなぁ
でも
よのなかにはもう一つ別の世界がひろがっていたんだなぁ
わたしは、世界の半分しか知らなかったんだなぁ

って
気づいたことがあったんです
これ
「超越の世界」に意識的になった経験だったんですよね…


それで子育てを通じて、その「もう半分」にすごくお世話になってるって実感します
(あのとき気がついて本当によかったなぁ)

「技術の世界」は「自分が」の世界で
「超越の世界」は「みんなが」そして「おかげさま(something great)」の世界なんだよね…


さて 長くなるのですが

それからもうひとつ
本書を読んで気づいたことがありました

わたし
「学校の先生」的な人ってどうも苦手やなーっていつも思うんです
いや、お付き合いはしますけれども
(それに、学校の先生でも「学校の先生的」でない人もいる)

先日お世話になった、文庫を主宰されている方のリーフレットをいただいて
読んだときも
「○○を推進しています」ってとても精力的に活動されている様子が

あー先生的だー
ってちょっと苦手に思った

これがいいと信じて疑問なく真面目にまっすぐに意欲的に突き進んで人にも勧めている感じ?

「真面目さ」っていうのとも、ちょっと違うんだけど…



コレ何なのかなぁ、と思っていたのですが
この本にこんなくだりがあって
「方向性が明確に定まっているところでは、
指導者や教師が活躍する。
彼らは何が『正しい』かについて確信をもっており」



あーわたしが違和感を感じるのはこれだなぁ

その人がどうかっていうより、わたしがそうと受け取っているんだろうけどね。
(そしてたぶん、自分にも何らかのそういう要素があってこそ、共振し反応しているんだろうとはうすうす思います)

「しかし、人間の生き方というものはそれほど一方向に規定できるものであろうか。
あるいは、何が『正しい』かそれほど簡単に決められるものだろうか」


やっぱりいつも、疑問をもってバランス感覚をもって振り幅に余裕をもっていたいのだ。
そうなりがちかもしれないからね、自戒を込めて。


「私たちが正しい場所に花は咲かない」



思春期に入りかけのちゅん2に戸惑っていた頃
こういう本を読んでいたらまた違っていたかなぁー

posted by しろくま at 00:55| Comment(0) | こんなん読みました^^

2013年12月19日

「物語とふしぎ」


物語とふしぎ〈子どもとファンタジー〉コレクションV --- 河合隼雄/著 河合俊雄/編 岩波現代文庫 2013

シリーズT Uと読んできて、3冊目♪
4冊目はそろそろ発売とのことなので予約中です。うれしいな〜〜^^


これもまた、子どもの本―――児童文学を例にとりながら、
子どもの世界について語ってくださっている本ですけど
その前提として(T巻からずっと一貫していて、この巻でも著者があとがきで書いているように

「児童文学というと、(中略)大人も子供も読める本である。
そして、現代人が忘れがちな『たましいの真実』について語っていることが多い。
大人のにごった目よりも、子どもの澄んだ目で見る方が、それはよく見えるからである」


っていう理解があるからなんですけども


そうそう
この巻では「時の旅人」(アリスン・アトリー著)の解説のところに

「そのうち、ふと、これは女性の内界における、どうしても避けがたい『時の到来』について語っているのだと気づいて心を打たれた」

…!!!とありまして
わたしはそのご炯眼にうたれました

そそそそうだったの!??ひょえ〜〜



子どもの世界のことを(カウンセリングを通じて)よくご存じの著者だからこそ
こう気づいてしかも言語化することがお出来になるわけで
この究極の深読みも深いご理解に根差した的確なもので

あのさ

子どもの本の深読みって大人ならして当然でしょう
(逆にしない人の方が怖いかも…それはそれであるイミすごいが
ただこどもの「気持ち」とずれることがあるので、そこに気づいていることが大切なわけですが

でもこうも思います

いくら大人が「深読み」したところで
結局それって、子どもの内側で起こっている理解に比べるとぜんぜん浅いんですよね

子どもは
それを意識で知覚、そして言語化できないだけで

その物語に触れて、子どもの「たましい」の内側で起こっていること(理解というか変容というか)は
たぶんたいていの大人があれこれ考えるよりもずっと確実で深いのだと思う

(それを、でもよくみていればある程度外側からも気づけるっていうのは、
子育てを通じて折に触れ実感して驚いてきたことでした)

それを
私たちに多少の解説をして教えてくださるのがこの先生なんだなぁ



沢山あるうちの本の3つほどですが、感銘を受けた部分を覚え書き。

「ファンタジーを作り上げるためには、内界の現実の探索が必要で、
このことを知らずに、
自分の考えや単なる空想によって話を作り上げると、
それはいかに大きく長いものでも『つくり話』になってしまう。

(中略)エンターテインメントとしての意味をもつこともあるが、(中略)
人間存在を支えるような意味を持たない」


「最近の子どもは、かわいそうに『不自然に教えられる』ことが多すぎて、
『自然に学ぶ』態度が弱められ、
大学に入学して自分の力で学ばねばならぬ時には息切れしてしまうように思われる。
教育の根本に『自然に学ぶ』ことがあるのを、私たちはよく認識する必要がある」


(この「自然に」の「自然」という言葉には2つの意味が持たせてあります)


「プラス感情のみではなく、マイナスの感情もある程度体験することによって、
人間の感情が豊かになり、人間の深さも増してくる」


そして、児童文学の中での恐ろしい体験、登場する「恐ろしい人物」も
そういう点で子どもの成長を助けるものであると。

安全な環境で(読めて)、危険を(しかもテレビなどと違って主体的に)体験できるって
思えば有り難い(これも意味二つ掛けてみた)ことですよね…


あーおもしろかった




posted by しろくま at 10:12| Comment(0) | こんなん読みました^^

2013年12月13日

「シュタイナーの老年学」


シュタイナーの老年学---老いることの秘密 --- 丹羽敏雄/著 涼風書林 2013


ひっさびさのシュタイナーの本。やっぱおもしろい!!

丹羽さんといえば、この方の占星術の本、
ホントおもしろかったんだよね…


年を重ねるということは「硬化」…身体だけではなく、魂も心もなんですよね。方向として。

(ガンとか動脈硬化とか老年期に増えてくる病気も硬化系の病よね)


あ、そうだ。この「魂」というのが、先日来読んでいる河合先生の「たましい」とは違う概念かもしれないので、これは要注意でございます。念のため...




物忘れがひどくなるっていうのも、この、魂の老化っていうか、
「ほとんど魂が動いていない」からなんだそうでございますよ。うへー

記憶ってのは脳じゃなくては生命体(エーテル体)に蓄えられるものなので、
エーテル体と強い結びつきのある映像・イメージを活用して、思考するようにすると
忘れにくくなる…とのことでした。

オーラが読める人って、その中にその人の人生(前世含め)を読めるっていいますよね。
その人が忘れていることも、すべてオーラの中に書かれているって。
エーテル体は少し身体からはみ出ているから、やっぱりそうなんだなぁー

ちなみに
「昔話やメルヘンや神話などは、この映像言語でつくられています」

「映像思考は生命力体
(注:生命体、エーテル体に同じ)を刺激し、それを活発にしてくれる」

「よき語り、それは語り手が、語っている内容を映像的に鮮明に捉えている語りです」

なんて、ふむふむナルホドですねー。素晴らしいです!


余談ですが

「計算や物質界に向けられた思考に専念してきた人々は、頭脳活動に専念してきたので、必然的に硬化傾向が強まります」

「しかし、映像思考を心がけていますと、物質的な脳にそれほど依存せずに生きることができます」


児童文学の作家さんたちが往々にしてご長寿なのは、そのせいなのかも...(なんて思いました)



以前読んだバイオグラフィーの本では、
あのU字型のバイオグラフィー・マップは63歳(第9・七年期の終わり)で止まっていたけれども
この本ではさらに84歳まで、
第10〜12・七年期まで解説があって

まだまだそこに至らないわたしはそのあたりは普通に読んだ(活字を追った)だけでしたが


アストラル体の「破壊」の説明がとても分かりやすくって
なるほどー!!
って改めて思いながら傍線引きながら読んだのと

後ろの方の、
「死と新たな誕生のあいだに為された意図」のくだりは
なみなみならぬ関心を持って読みました


というのも…

この頃、風邪引いて体調が思うようでなくって
そういうときってドウモ
内向的な気分になるじゃないですか?


四日ほど前の手帳にわたしこんなこと書いていました

(そう思ったきっかけがなにかあったんだろうけどそれはもう分からない)

「この家族に、この状況に、この形でこのわたしで生まれるということは
前もって自分で決めて、アレンジして、設定してきたわけだし
いつごろ辛い目にあうとか
いつだれかに辛く当られるとかっていうことも
予めその人と打ち合わせて決めて生まれてきたきたわけだし
その人はわたしのプランに協力してくれているわけで(感謝)

あとは自分の人生をどう生きるのかは
チャレンジするのかしないのかは
自分の選択 自分のもの 自分の責任」



アレンジしてきたとか云々はあれよ、私が考えたわけじゃなくっていろんな人がそうおっしゃっているしわたしもそうかなと思うの。
で、
こういうときにこの本のこのくだりを読みますとですね

「もし、死と新たな誕生の間に為された意図を思い出すことができれば、次のような力を感じることもできることでしょう。
すなわち、その力によって彼はその苦痛に出会うことができる状況へと駆り立てられ、
それを通り抜けることによってのみ、
彼が失い、そして今それを再度獲得すべき完全さを取り戻すことができるのだと感じるのです。
従って、通常の意識が、『苦痛がそこにあり、それをお前は受けている』というとき、
それは苦痛のみをそこに見ていて、それが生み出す作用は見ていないのです。
しかし死と新たな誕生の間のすべての時間を展望できるもう一つの意識は、その苦痛や他の不幸を意図的に求めたことを理解するのです。
これがまさに、私たちが高次の観点から人間の人生を見つめるときに見いだすことなのです」



いつも、「視野を広げると世界は豊かだなぁ」と思い、
心が苦しい時は視野が狭くなっている自分に気づき、
そう気がついた時には視野を広げるように、すると楽になるなぁって実感いるときの
「視野を広げる」イメージは、
わたしなりにはたとえば平地に立ってあれこれしていたことを
丘の上から眺める
…みたいな感じなんですけども
(まぁ、部屋の天井から見る、でもいいんですけどもさ)


それってそうか、ちょびっと「高次の観点」っていうことなんやなぁ
(広さだけじゃなくってね。高さが大切。ってか高いと自然広くなる。)


最後に。
あんまり、感想が「老年」と関係ない方向に走っておりますが

シュタイナーといえば言わずと知れたキリスト教ベース(普遍的なことをおっしゃっていると思うけれどもね。用語とか素材とかね)なんですけども


「私たちは神の存在を認めるとしても、ついつい神を外に探しがちです。
また神を、偉大なるもの、壮大なものと想像し、有無を言わせぬ力をもって認めさせられるもの、と思いがちです。
そうではなく、自らの中に、あえて言えば『弱さ』のなかに、捜し求めねばならないのです」



うひょー。これ、難しいけど響いたー
ちょっと違うかもだけどこの話を思い出した


(その後のゴルゴダの秘蹟などの話はさっぱり理解できませんでしたとさ)



ここの本、オンデマンド出版じゃないかなぁ、だから高価(硬化にあらず〜)なんですけどもおすすめでございます。

posted by しろくま at 11:48| Comment(2) | こんなん読みました^^

2013年12月12日

「ファンタジーを読む」


〈子どもとファンタジー〉コレクションU ファンタジーを読む --- 河合隼雄/著 河合俊雄/編 岩波現代文庫 2013


「子どもの本を読む」に続く、コレクション2巻目。

好きなファンタジーがいくつも紹介してあるだけに
それも
最後は「ゲド戦記」1、2、3巻だったし

イッキ読み♪ まだ声は出ないけど♪♪

「1」から、実は、著者によるまえがきに
「たましい」のこと…「児童文学とたましい」というタイトルで書いてあったのですけど

(著者によると、「心と体とを全体としていのちある存在たらしめている」存在 のことを
「たましい」「仮定してみる」とあります)


これがさ。

(分かったような気もするけどちっともわかってない気がするよね。でもそれって当然のことだと思うんだけど)


この巻では解説の中に頻出してきましてね

「たましい」って一体何だろう…どんなものだろう…

って
通読中いやでもなんども考えざるを得ませんでしたわ


なぜなら
ファンタジーは「たましい」のあらわれ
のようなんですね…




「本人の意思や行為が、たましいの顕われ方を規定すると共に、
たましいはたましいで自立的なはたらきをもつ」


でも

たましいはそれに関心を向けない人には、その姿を顕わさない。
あるいは、常にいろいろな形で顕われているのだが、見えない人にはさっぱり見えない」

「たましいとの接触は、心からの通路をとるときは苦悩が、
体からの通路をとるときは病気が、そのきっかけをつくることが極めて多い。
あるいは、人間は病気や悩みを克服しようとしたり、逃れようともがいたりすることでもなければ、たましいとの接触などという大変なことはしたがらないのだ」

「たましいとの接触が生じると、常識的、自然科学的には了解できないことが起こる」


そしてどうも、

「たましいの真実」
「たましいの庭」
(だれもが持っている)
「たましいの国の住人」
ってものがあってね

「たましいの要請は何らかの危険性を伴うことが多い。時には命にかかわる」

んだけども

「この世での目に見える必死の努力は、たましいには通じないことが多い」


「たましいの国の『とき』は円環的、全体的で、直線的な流れから自由」



…なんていうか、こんな世界をすこしでも思いだしたくて
ファンタジーを読むんだなぁわたしは…


河合先生が生涯とりくんでいらした
人間の心(っていうか、「たましい」か…やっぱり)への旅の方法と経験を
ファンタジー作品を読むことによって(読み解いてくださることによって)
一緒に旅させてもらっているような
それはそれは素晴らしい経験でした

個人的に大好きなゲド戦記も…
(日本語で読んでないので、若干戸惑うところもありましたが)

あーそうなのかっ!!って嬉しい驚きも多し

ジブリで映画化された頃に出た、「ゲドを読む」(ブックレット)よりも
ずっとずっとよかったですわ…



おもしろかった…









posted by しろくま at 15:23| Comment(0) | こんなん読みました^^

2013年12月10日

「子どもの本を読む」


〈子どもとファンタジー〉コレクションT 子どもの本を読む --- 河合隼雄/著 河合俊雄/編 岩波書店 2013

心理療法家の河合隼雄先生が子どもの本を語る〜!
って
(民話や昔話について書かれた本すごくおもしろかったなぁ)
万難を排しても読みたい本に違いないはずで
早速読んでみましたがヤッパリおもしろかった…


本書では8冊の「児童文学」が紹介されていますが
まえがきに書かれている
「大人たちの現実認識があまりにも単層的で、きまりきったものとなるとき、
子どもたちの目は、大人の見るのとは異なった真実を見ているのである」

「子どもの目を持って、ものを見つつ、言語表現によってそれを表現することがその
(児童文学の)課題」

ってはっきり書かれてあって
うわーキモチイーって思うのです

「科学」とか「自然科学」みたいなもので「世界を単層的に見ると、統一理論が見つかり」
怠惰な大人はそれに無意識に寄りかかりあるいは安住してしまうのだけど

実際には「現実の多層性は、単純にひとつの真実を告げてくれない」

その現実に立ち向かっていくときに「なにかを愛すること、好きになること」が大きな力(基盤)になること、


そうだ子どもたちはそのことにおいて大人よりもずっとずっと勇敢で有能なんだよなぁ…

なんてことをふつふつと思いながら
この本に入っていったわけであります



それにしても
河合先生のなんという深読み
深読みっていうかさぁ
児童文学の中には本物の現実やら人生やらがあるわけだから
それを先生のご専門の目で、向かい合い方で読みとっていらっしゃるってことなんだよね

子どもの本や絵本を読むときにはつい

あーわたしってばこう深読みしちゃってるけど子どもは実際もっとシンプルに受け取っているんでは

なーんて気持ちが頭をかすめるのですけど
そんな妙な罪悪感なしに読んで大丈夫さぁ!って笑って背中を叩かれたような
(そんな気もする)


でも実際言語化できないだけで子どもの方がずっとずっと
深い部分でお話を受け取っているっていうのが実際のところではないかなぁ
(これは、ちゅん2がちっちゃかったときにもよくそう感じました)


といいつつ、もしかしたら独りよがりな深読みは危険かもだけどね…
でもそれもまたわたしの大切なプロセスでもあるわけだし

いいのだ。


1作目の「飛ぶ教室」なんて
数十年ぶりに読み返してみなくっちゃぁって思いました
(今やこの子どもたちの母親世代になってしまった)
posted by しろくま at 15:15| Comment(0) | こんなん読みました^^

2013年12月05日

「竹取物語」と「かぐや姫の物語」


竹取物語 --- 江國香織/文 立原位貫/画 新潮社 2008

昨日熱が出て、寝込んでましたがコレハきっと疲れが出たんだなぁ
このところ何かと忙しかったので…


先週の映画の日に、「かぐや姫の物語」みてきました

とってもキレイな映像で、すてきだったんですけど

これは、竹取物語の一つの解釈よねぇって思いつつも

なーんか違うなぁって…(違和感が先に立ってイマイチ入り込めなかったの)

(余談ですが人物の顔が柴門ふみさんのマンガに似てた気がするなぁ)


で、改めて読んでみました「竹取物語」

これ、文章も読みやすいしすてきなんですけど画がいいなぁぁぁぁ
江戸時代と全く同じ技法で描かれた浮世絵なんだって。


竹取物語はいろんなバージョンがありますよね
翁の名前もさぬきの造みやつこだったりさかきの造だったり。

小さい頃から、こども向けの簡単にしたお話だったり

古文の教科書だったりで何度も読んだ話ではありますけど
(いま、ちゅん2が暗唱してました)

こうやって改めて読むと

あーなんてよくできているのかなぁって(しみじみ)


人の目に触れない輝く姫。
誰のものにもならない美しい姫。
そして最後にはこの世を離れてもどっていく。


深読みすればいくらでも、
読みようによってはいろんなものの比喩ともとれるお話で

読んでいるうちにさぁ

あーーー いろんな解釈があってアタリマエよねぇホント。

と、先日の映画も、すとんと腑に落ちた気がいたしました

なんていうかね

何事も、これが正解ってものはないのに
頭ではいつもそう思っているのだけれども

頭だけが納得していることに心や体は従わないのだ

で、やっぱりもやもやしてしまうことってあるんですよね
(このごろも結構そうだった)

なんか違う―って思ったり
そういう人の言動に違和感を感じたり
これがいいはずって信じることは強いエネルギーになるけど
正解はそれだけみたいに(無意識に)思いこむのは不健康なことだわね
っていうか
なにより自分を苦しめるんだよね


というわけで
なんかつきものが落ちたみたいに
すうっと楽になりました


「腑に落ちる」ってこういうことですよね
半世紀近く生きてきてもまだまだ未熟なもので、相変わらずしょっちゅうありますね


でも
あーよかった!
新しいことに気づく度に生きてるって気がする。


そうそう、映画で、一番印象的だったのは
月から迎えが来たシーンの、その時流れていた音楽です
なんだか一瞬場違いのようでね。でも美しくって

みごとだった―


posted by しろくま at 15:13| Comment(2) | こんなん読みました^^

2013年12月01日

「生まれかわる保育」


生まれかわる保育 --- 赤西雅之/著 エイデル研究所 2008

これ幼児保育の本です
おそらく、保育士さん向けなんじゃぁないかな…

なんですけど
ふとしたきっかけで手にとって見て読みはじめたら
保育士さんだけに読まれるのはもったいない!

わたしみたいに子育てをしているフツーのお母さんとか
小学校の先生とか
子どもとかかわる人みんなに
(間接的にでも、子どもとかかわりのない人なんて世の中にいるでしょうか?)
読まれるときっといいんじゃないかなぁって…思いました

それにどんな大人だって昔は子どもだったんだから
これ読んで自分を見つめ直したり、癒されるってことだってあるんじゃないかなぁ




「子どもを型にはめるのは、ひどく簡単なこと。子どもの楽しみを奪えばいいのだ」

「子どもの気持ちに鈍感になりさえすれば型にはめるのはいとも簡単」


と、冒頭からガツンとくるのです
そして今の社会は子どもの気持ちに鈍感な社会だとコレハはっきり言えるのです


「丁寧なきちんとした言葉で育てられた子どもは、賢く、考える力が育ちます」

というのが信念のこの方の関わる保育所では、(それとここもかな。ナント実家の近くだー)
子どもたちに大声で指示を出したりすることはないんだとか。
一般的な幼稚園や保育園からしたら、全く違う世界だろうなぁ…(まぁ小学校だって中学校だってそうだね)

他にも共感したところ。

「@ 明るく元気でたくましい子どもには落とし穴がある
 A 子どもにとって本当に意味のあることに危険を伴わないものはない
 B できてあたりまえ、できなくてあたりまえ
 C 子育ての方法は、抱き寄せる、つき放す、見守るの3つだけ。大切なのは、その見極めをすること」

「『先生の仕事は、子どもを知ること』だと思う。最初に子どもと出会って、先生のすることは、目の前のひとりの子どもに、興味と関心を持つことだ。 (中略) 子どもが心を開いてくれることが、何より私たちの最初の仕事の大きな一歩なのだ」



ベテラン、と言われる保育士の言い分(言い訳?ともとれる)にも、この方ならではの視点で「いやちがう」とおっしゃっています。
この本では保育士さんになっているけど、親、大人、と読み替えても一緒だよね…

「『好きに遊んで片づけをしない』というのは、感覚のバランスが壊れているということ。子どもの本来持っているはずの感性が、眠ったままになっている。
『まとまって何かするとき、ダラダラして集団生活ができない』というのは、人から学ぶ、人と共感するという、喜びの経験が乏しいということ。
『自分の思い通りにして、先生の言うことを聞かない』のは、先生を信頼していないということ。親を含めて、大人との関係性が歪んでいることが想像できる」

「自由でのびのびしている子どもが、人を押しのけて好き勝手はしない。先生の話を聞かないで、自分のしたいようにすることもない」


深い考えなしにやみくもに(その方が手っ取り早いしね)あるいは過剰に世話を焼くことについても、こんな指摘。

「お世話を軽々といっぱいすると、目に見える形で子どもを整えることができるが、心を育てる(自立心)という中身は空っぽなままで、抜け落ちてしまっていることになる」

「子どもの気持ちを考えないお世話は、自分の判断で都合よく、変えようと思えば変えることができる」



著者の話しているのは、いつも「子どもを真ん中においた」保育、子どもとの時間。


「理屈に合わないといっても、それは、一つの道筋で考えるとそう見えるだけだ。別の道筋で考え直すと、きちんと合点がいく。子育ての道筋なんて、何万通りもあると思う」


これって、何も子育てのことだけじゃないと思う。


読んでよかったなー

posted by しろくま at 12:29| Comment(0) | こんなん読みました^^

2013年11月29日

「地図から読む歴史」


地図から読む歴史 --- 足利健亮/著 講談社学術文庫 2012

おおおおもしろかったーーーー!!!

もともと、好きなんですよねー 地図が。
それに地名も。
それから歴史もさ。(特に古代)


歴史地理学っていうのだそうです
この方…著者の足利健亮さんがご専門にしていらっしゃったのが
地図や昔の絵図や土地台帳や航空写真やらを材料に、歴史時代の地理や景観、土地利用を読み解いていく…


地名のついたわけ。
そこに道のあったわけ。
昔の人が何を考えそこに町をつくったか。。。


それにしても

日本人は古代から、
アタマで考えた(というか観念的というか…)土地利用を(為政者主導で)していたんですねぇ

条理制、ってそういえば歴史で習いましたけど
こんなもの凄いものだったとは〜

(それに、古代の街道はとてつもなく「まっすぐ」)

すごいなー
その熱意というか思い、がすごい。
その痕跡がまだわたしたちの大地に残っているのだなぁ

(この先生のねちっこさと閃きもすごいが)



この頃の車はナビがついているので
(わたしの車にはついていませんが。地図派だし!)

夫の車の助手席に乗るときは、優雅にナビの画面を見ながら楽しんでいます

淡路島に行ったとき、高速を通りながら思ったのが
池が多いんです
たぶんため池と思うんだけどな…でも丸いから条里制の四角いやつじゃなくって

このへんに特にこんなに多いのはなぜ??ってすごく疑問だったんです

この本を読んだらなんだかわかった気がした(ちゃんと確認してないけど)


面白かった―もっと読みたいーーー


そうそう。余談ですが。


以前、ちゅん2とちゅん2の親友Sくんをつれて、
木津川の「天然石探し」講座に参加したことがあるんですけど

(のどかな河原で、石を割ると、なかにガーネットの粒々が入ってた)

あれーーー
連れられて行ったあそこがーーー

まさに、恭仁京の跡地そのものだったのだわ。んま。知らなかった…




posted by しろくま at 16:17| Comment(0) | こんなん読みました^^

2013年11月22日

「『これでいい』と心から思える生き方」


「これでいい」と心から思える生き方 --- 野口嘉則/著 サンマーク出版 2013

「鏡の法則」の著者の新刊。

なんかねー
読んでよかったなー

いっぱいマークしながら読みました。

もう、ちょっと、全部はご紹介するの無理。( ̄w ̄)



人間は、子ども時代に持っている「万能感」を
何かに本気で取り組むことを通じて
壁や挫折や思い通りにならないことを豊かに経験しながら手放し乗り越えてゆき、
他者との間の境界を学び自我を確立し、
自己を受容することを学び
自立し
(著者いわく「自立とは健康に依存すること」
成熟した厚み・深みのある人間になっていく

んだなー

ってことがしみじみ響いてきたなぁ

わたし自身
いまだに

自分の中にまだ残っている全能感・万能感を手放しながらの毎日だなぁって
これまでいつも自覚してきたもの
遅ればせながら成熟の途上にあるのだなぁって恥ずかしいながらも嬉しいけど

それをこうして言葉にしたものを読む新鮮さと喜びったら


あとね

文中で紹介されていた
茨木のり子さんの詩が大層心に響きました

茨木さんは二十歳で気づかれたんだなー
わたしはつい、数年前にでしたっけ(しかも深く悟ったわけではない)



「汲む ―Y・Yに―」

大人になるというのは
すれっからしになることだと
思いこんでいた少女の頃
立ち居振る舞いの美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました

そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

私はどきんとし
そして深く悟りました

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちいない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……
わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです



posted by しろくま at 21:37| Comment(0) | こんなん読みました^^

2013年11月15日

「日本人の知らない日本語3」「4」

 
日本人の知らない日本語 (3) (4) --- 蛇蔵&海野凪子 メディアファクトリー 2012 2013


続編

読んだ―

またおもしろかった〜( ̄w ̄)



インド人の「指を使った数の数え方」に度肝を抜かれましたです…

posted by しろくま at 21:00| Comment(0) | こんなん読みました^^

2013年11月13日

「うわさの人物」

 
うわさの人物 〜神霊と生きる人々 --- 加門七海/著 集英社 2007

奈良へ行くときにこの本を持っていきました。(小さめの版で軽いので)

心霊関係(?)に詳しい著者が、超能力者・透視能力者・霊能力者・ユタ…
などのみなさん(9人)に取材したインタビューをまとめた本です。


面白かった^^

「霊能者も大変やな〜」っていうのがまずは。

わたしたちがのんきに暮らしている日常に、じつはいろんなものが見える人には見えてて
(見えるタイプの人ばかりではないみたいだけど)

「書店の本棚に生首」って… !

(コワスギ)


ご意見は結構違うところもあるんですけど
わりと共通してるなって思ったのは


★(神霊能力で)他人の問題を解決してあげても、その人の元のところが変わっていないと同じこと。

★日本人の心性(なのかなになのか)に沿うのはやっぱり「全てのものに神が宿る」(自分の中にもね)
登場する霊能者の中の一人、ハマサイさんは
キリスト教・仏教といった宗教の世界観は
「政治的につくられたものだと思います。(根幹はひとつ)」
とおっしゃっていました。

★こういった心霊能力は(例外はあるにしても)おおむね遺伝、しかも「母系で出る」
というお話が多かったです


★わたしたちが(能力者もそうでない人も)しなくてはいけないのは魂(たま)磨き。


神様の眷属、狐さんなんかの話もしょっちゅう出てきて(神職の方もいらっしゃったしね)
なんか十三丸ちゃん思い出しちゃった。


眼には見えないものたちに
感謝の気持ちと礼儀を忘れないようにしなくっちゃね…







posted by しろくま at 10:33| Comment(0) | こんなん読みました^^

2013年11月12日

「日本人の知らない日本語」1・2

 
日本人の知らない日本語 (1) (2) --- 蛇蔵&海野凪子 メディアファクトリー 2009 2010

先日中学校の図書室に行きましたら
「返却本」の棚にこの本(マンガです)が入っていて
あんまりおもしろいので買ってしまった(私この頃ずいぶん賢くなったので、中古本さっ)


日本語教師凪子先生と
いろんな国から来た教え子たちの抱腹絶倒な日常を描いていますが

日本語の勉強にもなるよ?



ちゅん2も爆笑しながら読んでた

おすすめっす



続きも買お…



posted by しろくま at 20:06| Comment(0) | こんなん読みました^^

2013年10月30日

日曜日の昼下がり2冊

先日の日曜日はお天気も素晴らしく!

オットは義父の命日で実家へ
ちゅん2はボーイスカウトの集会へ


わたしは日中のんびりさせていただきました

午前中図書館で読み聞かせ会をした後
本屋さんで本を仕入れて
カフェでゆっくり…

富士山〜宇宙への連なり〜 --- 大山行男 毎日新聞社 2013

大山さんの富士山の写真集は何冊か並んでいて
悩んだけど
(カレンダーもいくつも出ているね)

決定的な荘厳な圧倒的な(わたしにとって)写真があったこちらの本に。

ここのサイトで数枚見れるようです
すごいよー!



もう一冊は

安野光雅のいかれたカバン --- 安野光雅/絵・文 世界文化社 2005

安野光雅さんの絵本って
うわーーーーこれが好きーーーー
ってのは
特にないんですけど

でもこの本の元になった(らしい)
家庭画報に昔描かれたもので、倉庫からたくさん発見された(らしい)イラストはすごく好き。


なんていうかさぁ
モダンですよねぇ


本屋さんで買ったんだけど
カバーなんかは結構よれていて
カバー捨てればいいわぁなんて思ったんだけど本体と違う絵で
(凝ってるね!捨てられない…)

ネットショップだったらキレイなのが届いただろうなぁ
(もしかすると中古だとキレイで安かったかもー)

でも
書店で恋に落ちた本は書店で買うことにしているのだ(道義上)
だからいいんだけど


少し痛んだ本は値引きしてくれたりできるともっとリアル書店で買うかもねぇ


この2冊のあとこの頃ちんたら読んでいるE.ケイシーものを読みつつ
2時間ばかりカフェでのんびりいたしました


至福…
(コーヒー飲みすぎた)





posted by しろくま at 09:42| Comment(0) | こんなん読みました^^