2014年06月09日

「ハンナ・アーレント」と「もうひとりの息子」







なんと二本立て♪二本立てなんってもう四半世紀ぶりとかかも!??


観てきました^^


どちらも心をうつ映画でどちらもユダヤ/イスラエルあたりの事情が舞台になっていて

二つみながら共通して思っていたのは

「誇り」っていう言葉と
それから
「言葉」のこと…


以前から観たかったハンナ・アーレントはナチス戦犯(アイヒマン)の裁判の話なんだけど

ユダヤ人にとって加害者であったものがユダヤを憎んでいなかった
ただ淡々と命令に従っての行為であった
ということが

そこまで受け止められないんだなっていうのが

分かったような気はしないけど、理解したいとは思うけど、でもやっぱり驚きでありました

人間として最大の悪は
悪人が行うのではなくて
平凡な普通の人…ただ、「ひとりの人間として」「自分の頭で考えない」
そして
「自分だけ抵抗しても変えられない、無駄だ」って「思考停止している」ひとが
いとも簡単に無造作に無責任になすものなんだっていうことは
これといっしょやね…有名な、そして心の底からぞっとする実験ですが、別名「アイヒマン実験」って呼ばれてるのは今ググって初めて知った。知識ってひとつひとつだと、つながらないと弱いなー

今の…いままでも…日本のことを考えてもそうなんだなって思えるし
特に
住民の健康より被ばくより経済活動を大切にするような国で
平和憲法を平和憲法でなく解釈しようという動きが進んでいる今

やっぱり

無力感を抱えて傍観しているようではだめだっ

ってやっぱり、ひしひしと感じるのだけど。

でもわたしに何ができるだろう。



それに
「考える」っていう日本語と、"think"っていう英語がもしかしたら
どこか違う皮膚感覚・体感覚を持っているんじゃないかって
今日はじめて思いました(ありうるな…)




「言葉」はね映画では
英語やらフランス語やらドイツ語やらヘブライ語やらアラブ語やら
が飛び交っていて
ワンセンテンスごとに違う時もあって

複雑な事情や心情が透けて見えるんだけども

ユダヤの人たちはいろんな母国語を持っている人がいるわけで
特にドイツ系の人々は
憎む民族の言葉で、でも、話しているってどういう葛藤かなって胸が痛くなりました




はじめて(ようやく)訪れたけど超気に入ってしまったこの映画館は
(こういうのが近所にあるっていいなぁ)
なんと公園の地下にあって
ooinuhoozuki.jpg
すぐ横の道端にこの花が咲いてた。

ナス科の花って清楚でかわいいのにチョイ毒っぽいところが好きだわぁ。
調べたら
オオイヌホオズキ Solanum nigrescens
のようでございます

イヌホオズキの可能性もあるんだけど…←個人的にはこっちのサイトがお気に入り)

うちの近所では見かけないので、出会えてうれしかったぁ^^


posted by しろくま at 21:09| Comment(0) | たまに観る映画のはなし
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