今日オットとTVを視ておりましたら
っていうかわたしはあまりTVはみないもので
もっぱらオットがリモコンをかちゃかちゃしておりましたのですが
NHKで「発達障害です」とおっしゃる皆さんが
座談会のようなものをされてました
それぞれフリップに「わたしは●●●(診断名、こんな症状)をもっています」
と書いたのを見せながら、一人ずつ自己紹介されてましたが
「わたしはLDと診断されていて計算ができません。9−6=???」
…オットがわたしをみて「あ!」
(むむ?…でもたしかに、暗算が超遅いんです)
「わたしはADHDで片づけが苦手です」
…「あ!」
(たしかに、うちのなかをみてみれば…汗)
「わたしは***で水恐怖症です。お化粧もできないので今日も…」
…「あ!」
(わたし、化粧はしないだけでできないんじゃないんだけど。)
いやーこんな会話、不謹慎だと思われる方もきっと
いらっしゃるんじゃないかしら
でもね
思うんですけど
(生きにくさを「障害」って呼ぶんなら)
だれしも
程度は違えど少しずつ
何らかの障害を抱えて生きているんじゃぁないのかな
だれしも
人と話すのがすごく得意だったり
空気を読むのがとてもうまかったり
家が常にきれいだったり
文章をすらすら読めたり
なんて、全部できるわけじゃなくてなにか苦手なところがあるでしょう
それに
だれしも
年をとったら足も萎え目もかすみ記憶力も衰え手足の力も弱るでしょう
自分のこと
その方を思いやることは自分のこと
だれしもが生きやすい社会をつくろうとするのは
自分のため
自分の問題
(なぁんてふと思いました)
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