2012年07月11日

「核の傷」◆内容篇



映画「核の傷:肥田舜太郎医師と内部被曝

どうしようかなぁと思ったけどやっぱり観たい!ので
(しかも上映期間あさってまでやし)

ついおとついに行ったばかりの十三にまた
行ってまいりました

第七芸術劇場の一つ下の階の、小さな(家みたいな)映画館でした。
観に来ていたのは私を入れて9人。

いつもこういった映画には
上映中メモしたい衝動にかられる瞬間があって(でも咄嗟には無理だったので)

今日はあらかじめチラシの裏の白紙とペンを片手に…




気になるところをメモっていたら大量になってしまいました

それを
今日はここにコピっておきまして…
感想めいたものナドはまた明日書こうと思っています


気になるところだけメモってたので、
映画の内容の一部ではありますが…大量よ?
それでもよかったら、どうぞご覧くださいませ

(はじめから順番に、ほぼメモったそのままの文章です…一部、暗闇で書いたもので文字の上に文字を書いてしまって判読不能な部分は惜しいですが割愛しています)


□■□で■は□ど■う□ぞ■!□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

核の傷 Atomic Wounds

原爆を落とした目的…
1) ソ連への威嚇
2) 核の人間に対する使用テスト
8:15という投下時間からもそれがわかる。
市民が、遮蔽物のない屋外に一番たくさん出ている時間を、事前に綿密に調査していた

投下後---調査。やけどではなく、放射線でどれだけ死んでいるか。

50〜60年で皆ガンが出てくる。
10年以内に出た(症状)人はみんな死んでいる。
今(症状が)出ているのは体内に入った放射線の粒、この方が怖い
病院で調べても放射線の影響ということは絶対に分からない。調べようがない


1946年 ABCC(原爆傷害調査委員会)設立 
(アメリカの医師などが日本で開設。1000人規模でうち100人はアメリカ人、900人の日本人が雑用係として勤務していた)
治療行為は一切なし…(原爆投下の)謝罪につながるため
観察のみ…研究したかったのは症状が進行していく過程。

被爆した人を全裸にして観察する。辛く恥ずかしいのでみんな来なくなる。
来ないと処罰すると脅して来させた。
まずDDTをかけて「消毒してから」検査する。
死ぬと解剖し、臓器を瓶に詰めてアメリカに送った。
がらんどうになった死体にはわらを詰めて遺族に返した。それもそのうちずさんになった。

(その後遺体返還の要請に対し、どの臓器もいっしょくたにして送り返されたそうです。おおきなゴミバケツに無造作に突っ込まれた赤ちゃんの遺体やたくさんの腕や足などの写真がありました。そのほかにも、調べられている小さな子どもの姿など…正視できませんでした)

ABCCには有名人も見学に来た。
マリリン・モンローとJ.ディマジオ
ルーズベルト夫人は、治療しないことに抗議したがその後も治療はされなかった。
被爆者でルンペンになった人を金で雇って連れてきた。内部のことをしゃべると銃殺と脅した。

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放射線を浴びた人と浴びない人が同じ病気で死んでいく。
なぜかは30年たって分かった。
1951年まで研究することも禁止されていた。
調査したものはすべて没収された。

(アメリカには、たくさんの放射能の人体への影響に関する資料があるはず)

low-level radiation (低レベル放射能)--- 体内で、内部被ばく
爆弾でガンマ線を直接浴びた人/近郊の人でガンの発生率は同じ

日本中でガンが増加 1970年代に本が出るまで分からなかった
(本とは、アーネスト・スターングラス教授による「Low Level Radiation(邦題:死に過ぎた赤ん坊 低レベル放射線の恐怖 肥田舜太郎訳)」)

隠ぺい

原発の風下に住む人は、ガンで死んでいった<---このあと原発の話になっていきます
科学を名乗った権威のある集団(ABCC)で嘘をついた

1) 軍備(核兵器)、開発…進めるために隠していた
2) 賠償金を払いたくないので認めない

日本政府が、現在(当時)も被爆者が生きていて治療が続いていることを否定していた
(なので、肥田先生が国連でいくら訴えても信用されない)

1977年 国連が(被爆者の存在を)認めた。
それまで10年間で6万4千人(死亡?<---メモ不明瞭)と公式に行っていた
それを14万人と認めさせた。

なぜ?
日本政府はアメリカと結託して隠していたか?

国の賠償責任にもつながる問題。
被爆した人も、結婚ができないとヒバクシャであることを隠した。
国は賠償額を抑えるために認定基準を何度も狭めた。
(例:半径2キロ以内--->1.数キロに)



原子力による過去の死亡者は110万人?でたらめな基準

2006年に… 6100万人(低線量被ばくを含む)

--------------ここから肥田舜太郎先生の講演会ビデオ---------

(福島の原発事故後の話)
汚染のない食材の入手は無意味。
厳密には安全な場所はもう日本にはない。

先生自身が内部被ばく者。
38.9歳の時、球に腰が痛くなり歩けなくなった。

被ばくは老化を早める。(動物実験で分かっている)
老化の分かりやすい症状は骨の老化。腰痛、膝関節
それが若い時に起こる。

あるとき、ドイツ人の哲学者に言われた。
「日本人は、人権を知らない世界でも珍しい国民。
だから日本人は、反対運動をするよりも、
自分の命を大切にする運動をしなければだめだ」


自分の命の主人公になって、開き直って、病気を起こさないで生きることに努力する。

人間が地球上に住み始めて、最初にぶつかったのは紫外線と自然の放射線。
2000万年かけて人間は(殺されながら)免疫を作ってきた。
その通りのことを自分で繰り返すのがいい。

太陽と一緒に起き、太陽と一緒に寝る。
これに近い状態に自分を置く。一番単純な抵抗の姿勢です。

お米の栄養を十分貰う。決まった時間に食べる。よく噛んで食べる。
トイレ、行ったらすとんと出る便の出し方。これが健康。

結局は、命については自分。誰に頼ってもダメ。
長生きする責任は政府にではなく自分にある。
自分の命に責任をもつ。勇気ある態度。

人間のする6つのこと…寝る、食べる、排泄、働く、遊ぶ、sexする
何一つ教えていない
間違ったことを教えている。夜更かし、寝坊。朝トイレにも行かず出かける。
ゆっくりとした自殺です。

自分で模範的な生活をしながら、子どもをちゃんとしつけていく。
それ以外に自分で放射線と闘う道はない。


-----------

アメリカの50の州、各々60の郡がある。全米計3000の郡で、乳がんの過去50年間の増減を調査した。
1300の郡で増え、1700の郡で減っていた。
1300の郡すべてに共通のたった一つのこと---原子炉から100マイル(180km)以内である

それ以外の郡は増えていない。
例外ない。

47都道府県で過去50年の乳がん統計と比べると
180キロの円を書いた
日本は狭すぎて、全部の件が円内にはいる。
一つも(原発を)作ってはいけない国。

1億3000万人全員が、放射能と向き合って、悩まないといけない。
これから「うちは絶対大丈夫」という人は日本にはいない。

核をなくす運動には少しでも参加して、身を入れてやる。

原発はひとつも動かさない。

------------メモはここまで-----------
posted by しろくま at 23:43| Comment(0) | たまに観る映画のはなし
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