2012年05月28日

「木に学べ」


木に学べ --- 西岡常一/著 小学館文庫 2003


この本を読んで法隆寺に行ったのです

お弟子さんである小川三夫さんの「不揃いの木を組む」も
相当おもしろかった(&含蓄深かった)ですが
この本との大きな違いは


西岡棟梁の本を読むと法隆寺に行きたくなる…

ということでしょうか^^

法隆寺友の会 っていうのにも咄嗟に入ってしまいましてね( ´艸`)
(休憩所の方に聞いたのですけど)

会費(年度)は年間3000円だけど、何度でもただで入れるので
入館料が1000円だから3回行けば元が取れるのだ〜♪♪

(関係ないんだけど、休憩所の方は感じのいい方で楽しくお話ししましたが
社務所の受付の方は事務的で愛想なかったなぁ。にっこりくらいしてくれてもいいのにねー)


友の会のことはHPにも案内などないですね?
あまり積極的には募集してないのかしらね。


さて。

先日の映画の主役でもあった著者ですが


代々法隆寺の宮大工であった家に生まれ、

法隆寺の昭和の解体・大修理と、
薬師寺の復元・再建を担った大棟梁が
とつとつと(か知らんけど)語った言葉がこの本になっています


映画には実写の持つ迫力がありますが

こちらの方はもっとずっと詳しくて生々しいですね


並ぶもののない立派な仕事をしてこられて

その中では
学問や科学技術を振りかざす学者や権威や行政や…ともぶつかってこられたのですが
そんな大変な活動を支えるエネルギーになっていたのは

木を最も知り木を活かすのが大工だ

という自負であり誇りであったのでしょうか

大学者梅原猛さんの説を論破するところなど大変痛快でございます



「本式の古い伝統、(は、)木の命と人間の知恵の組み合わせ」(p.245)


あくまでも木造建築のお話をされている(はずな)のだとわかってはおりますが

いくつか抜き書きしてみます
いかがですか


「結局、低温で長時間焼いたものは、鉄でも瓦でも上等ですわ
(中略)
大量生産方式が、質が一番落ちる根本です」(p.236)


「二千年の樹齢がありながら若々しい葉の色をしているのは、あきません、
中が空洞に決まってますわ。
二千年の正しい木は、二千年相応の葉の色をしています」
(p.233)


「聖徳太子以前には、壁塗りの上手な人は壁塗り、木を選ぶのが上手な人は大工をしていたんでしょうが、
(以下略)」(p.200)

木工や組み立てや細工が上手な人が大工、ではないんですね。
木を選ぶ、木を見極めて使うエキスパートが大工。

「器用、不器用というのがあるんです。
はじめ器用な人はどんどん前へ進んでいくんですが、
本当のものをつかまないうちに進んでしまうこともあるわけです。
だけれども不器用な人は、とことんやらないと得心ができない。
こんな人が大器晩成ですな。
頭が切れたり、器用な人より、ちょっと鈍感で誠実な人の方がよろしいですな」
(p.186)


一口に木造建築の伝統と言っても、
法隆寺ができたころの飛鳥時代と、
その後の時代とは(私たちから見るとどれも古いんですけど)ずいぶん違うようで

室町時代くらいになるとずいぶん技術も、人々の心も
しこうして建築も
ずいぶんかわってきたようです

日光の東照宮なんて、ぼろくそに言われています。
信仰を支えとした寺社建築が、別の様々な意味をまとうようにもなってきたんでしょうね。


「古代の建築物を調べていくと、古代ほど優秀ですな。
木の生命と自然の生命とを考えてやっていますな。
それが新しくなるに従って、木の生命より寸法というふうになってくる」
(p.78)


「揃えてしまうということは、きれいかもしれませんが、
無理を強いることですな。
木には強いのも弱いのもあります。
それをみんな同じように考えている。
昔の人は木の強いやつ、弱いやつをちゃんと考えて、それによって形を変え、使う場所を考えていたんです」
(p.82)

「今のように、なんでも人間の思った通りにできるのが当たり前と思っているのがおかしいのや。
木も人間も自然のなかでは同じようなもんや。どっちか一方がえらいゆうことはないんや。
互いに歩み寄って初めてものができるんです。それを全部人間の都合でどうにかしようとしたら、あきまへんな」
(P.50)


最後に…


「木を知るには土を知れ」と
卓見でもって西岡棟梁を農学校に進学させたおじいさん(も、法隆寺棟梁)が
若き日の西岡棟梁にいった言葉が忘れられません

農学校で習った知識でもって耕作したものが
農民のおじいさんよりも貧弱だったということをどうしてだとおもう、と問われたときのことだそうです


「『おまえはな、稲を作りながら、稲とではなく本と話し合いしてたんや。
農民のおっさんは本とは一切話はしてないけれど、
稲と話し合いしてたんや。
農民でも大工でも同じことで、大工は木と話し合いができねば、大工ではない。
農民のおっさんは、作っている作物と話し合いできねば農民ではない。』」
(p.209)


いやー感想なんてそうそう書けなくって
引用ばっかりになっちゃった。

でも
すごいでしょ?
道を極めた人の言葉は確実に似通っているけど、
それは万物の真理を語っているということなんだよね…


未読の方には絶対にお勧め。
(でも、時があるでしょうね?わたしももう何年も読む気になれなかったので)

読んで法隆寺に行きたくなったらご一緒しましょう♪
(なんちゃって)



そうそう…
わたしが行った時、法隆寺の案内センター(iセンター)に
西岡棟梁の使っていらした道具などが展示されていましたよ。
yarigannna.jpg

いつまでかなぁ。常設かも?

posted by しろくま at 12:02| Comment(0) | こんなん読みました^^
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