2011年12月06日

まだ熱くもないのに打ってない??

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今日は久しぶりに
人智学医療講座(しばらく予定が合わなくていけてなかった間に、生理学講座のようになっていた…)
に行ってまいりました

うれしい!
いつも、とっても面白いのです

今日は…血液のおはなし(の復習)と…内臓(とくに結合組織)の話
(なかなかついていけてませんが)


個人的に考えさせられたのは
「血液が不完全だと思考が難しい」
というくだりです


人智学を学ぶ方はよくご存じかと思いますが

血液といえば自我、自我の表れ、自我の器官、自我の表現(?)であるということなのですよね

思考によって、血液の中に(微細な)塩が生まれ、それが「血液を支えている」
…らしいのですが
逆にいうと「血液が不完全だと思考が難しい」ってことでもあり


血液が不完全、って具体的にはよくわからなかったんですけど
自我が未熟、って考えると子どもの時期はまさにそうではないですか
(先生に聞いてみたところ、そればかりではないみたいでしたケド)

改めていうのもなんですが
子どもの発達というのは
単調な右肩上がりの一直線ではないわけですよね


子どもは生まれてから
体感覚を発達させる時期
感情を発達させる時期
を経て
そのあとに思考的な発達がはじまるわけでしょう
概念的な考察ができるのはもう大人に近くなってから


その時期が来るまではそもそも
「思考する」ってことがちゃんとはできないわけだし(特に概念的に)
(これ以降は私の勝手な考えですけど)

そういう学童期に、受験勉強と称して難しい問題を繰り返し解かせることは
思考を訓練しているように見えてたぶん
暗記(とパターン認識の反復)でしかないのではと思うのよね

だってまだ十分に思考によって解を導けないんだから暗記するしかないじゃぁないですか
それがモチロン悪いとは言わんけど
やらせすぎはどうよってことです


それって子どもの発達を無視しているとおもうし
肉体的・精神的・霊的に過度に負担をかけることになるのではと思わずにはいられないし

健やかな発達を阻害しはしないかと心配になります
多少の個人差はあるとしても



学童期の詰め込み勉強が将来の糧になるとはホント思えないなー



posted by しろくま at 23:33| Comment(0) | 日々雑感
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