2019年05月21日

「スピリチュアルドクター、アカシック坊主と『死』について語る。」


スピリチュアルドクター、アカシック坊主と「死」について語る。〜全体性がもたらす、エネルギーフィールドによる癒しと、アカシックリーディングによる死と供養の本質〜 長田夏哉・齊藤つうり/対談 ユニバーサルライブラリー 2014

、流れでこの本もぽちっと(kindleで100円だったんよね…)してしまいまして
読みました
(なぜかこの本はPCに同期されないのが不思議)

ともあれ…

おもしろかったです
いいヒントをたくさんいただきました

つうりさんの視点から、「死」ということを意識すると
このいま「生きてる」っていうことがなんともくっきりする感じがします

「生きると死ぬは、右足と左足のようなもの。
生きるプロセスだけをやっても、それは右足だけを前に出し続けて、もっと右足を広げて前に進もうとしているようなものです。確かにそれでも進みますが、要は左足を出せばもっと容易に歩ける」

「経験と向き合いながら少しずつ、“自分”を理解していく。
そのプロセスこそが、“生きる”ということなのです」

少しずつ自分のことがわかってくる、これ、この頃わたしもこんなaha!的瞬間が多くって
本当に楽しい!です


それから
供養のこと。

つうりさんによると私たち一人につき5万人くらいの…東京ドームいっぱいの観客くらいの…ご先祖様たちが見守っているのだそうです。

「なぜ彼らが固唾を飲んで私たちを見守っているかというと、自分たちが出来なかったことを生きている人にして欲しくて見ているのです。
少し考えてみてください。亡くなった方が、出来なかったことっていっぱいありますよね。前の世代の方だったら、戦争で出来なかったとか。身体の具合でできなかったことなど。
そして何よりも、自分自身が人生で本当にやりたかったことを出来たのかどうか。

(注:この自分自身というのは供養している側のわたしたちのことです〜)(中略)
ですので、一番の供養というのは、皆さんおひとりおひとりが自分の本当にやりたいことをやり、親や先祖がやれなかったことを達成すること」

ここでわたし(たち)がうっかり間違いやすいのが
「やりたいことをやる」って
なにかを「達成する」って思い違うことだと思うんです
(と、思い当たりました)
だれか自分じゃない人から見て、成果と思ってもらえることを達成すること。

じゃなくて!!!!
(そう思うと自分は何ができてるんだろう、これからできるんだろうって苦しくなるんです)

じゃなくて。

「死の1秒前の、そのときに」でもこれ(やりたいことをやった感)は得られることがあるんだなぁって

この本を読んで理解させてもらった気持ちです

kindleで100円です。おすすめよ?
posted by しろくま at 11:06| Comment(0) | こんなん読みました^^
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: