2018年11月30日

「火の神(アペフチカムイ)の懐にて」


火の神(アペフチカムイ)の懐にて〜 ある古老が語ったアイヌのコスモロジー --- 松居友/著 小田イト/語り 宝島社 1993


このごろゆっくりblogを書きに来れなかったので
読んだ本がなんだか溜まっているようなそうでもないような〜

松居友さんはなんといいますか文体・描写が独特の
なんていうんだろう…… 児童文学っぽい…… のでありますが
おもしろいです。しかも、北海道に移住されて交流されていたアイヌのおばあさんの話。

この本を読んでわかったのは
アイヌの習俗や、儀礼や、物語…… からわたしたちが目を向けるべきなのは
その表面の珍しい姿ではなくって
宇宙観・世界観(本書では「コスモロジー」と呼んでいます)

そしてその汎世界性(とでもいいますか)は
どうやら日本文化よりもずっと広い……
早く言えばまぁずっと上等なのであります

心に強く残ったのは
イトさんが子どものころ、妹がほしくてほしくてかわいがりたくて、
和人の子どもさんを養女にしてもらったというくだりです

お父さんが亡くなって、お母さん一人で支えていた余裕のない家計の中です。
しかも、Tehanuの…… Therruのように、虐待され不具にされた子どもであったそうです
そしてそういった貰い子は、つまり和人の子をアイヌが育てるということは、
このころとても多かったのだそうです


「聞くところによりますと別の地方でも、子どもをアイヌの方々のところに捨てた事実は、
じつにたくさんあるのです。
なかにはアイヌの方々にわが子をあずけておいて、その子が手がかからなくなった頃にそっとわが子に近づいて、
盗むように取り返した例も結構あるのです」


このようなアイヌ民族にみられる行動も、つまりは
彼らのコスモロジーのゆえ……

動物はカムイであって、動物をさげすんでみるようなことはない。
赤ちゃんは神々が人間の姿をまとってこの世に下りてきたもの、神の世界に近い存在。
「万事を神々の世界の高さで考えるなら、自分の子と他人の子といった区別すらも消えて、
子どもたちを分け隔てなく育てる気持ちになったのです」

「『どんな子どもでも同じ魂があるのに捨てるということが、子どもがかわいそうにおもうんだよね』」


この頃TVでよくやっているように
あるいはTVじゃなくても本やネットでもじわじわとあるいは脈々と以前からみられるように
世界の広さを知らずに自分たちの暗い部分に目を向けずに
自分の民族をただ誇るのは、わたしはやっぱりどうしても恥ずかしい。。

posted by しろくま at 15:27| Comment(0) | こんなん読みました^^
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