2018年01月11日

卵がおしえてくれたこと。と、「クオレ」より「ちゃんの看護人」

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小さくて見にくいですけど…

先日、ちゅん2を駅へ迎えに行くのに小学校の横を通ったら
夜景がとってもクリアでキレイで!

車を停めてフロントガラス越しにちょっと撮影。

ところで
今朝の朝日新聞の「折々のことば」が
岡田尊司さんだったので

ああーそうだった!この人の本(ちょっとだけかじって)放置してあった〜

と思いだして
愛着障害の本をまたまた読み始めてみてるのですが

こういうの(幼児期に〇〇が形成される)を読んでいると

まぁ、ちゅん2の愛着形成に関してはわたしは初めから意図してたし結構がんばったっていうか楽しくやってこれたし
我ながらグッジョブ!
っていう思いが実はあるんですけどもそれでもやっぱり

ちょっとした後悔はつきもので
あーあのときはこれできなかったな!!

みたいな。

でも
こんな風に思うときわたしには思いだすひとつの物語があって

たぶん
「クオレ」だったと思うんだけどなぁ
小さい頃よく読んだっけ……(あまり昔すぎてよく思いだせない)

(たぶん)その中に
ある子どもがにわとりの卵をふ化させようとするお話があったのね。
ふ卵器で?一生懸命温めるんだけど

でも後半になって、それまでずっと細心な注意をはらってメモリに気をつけていたのに
ふとした不注意というかなんというか
で、30分くらいとか、ふ卵器の温度が下がってしまったことがあったのね。
その子はそれをとってもとっても後悔して、自分を責めて、
これで卵の中の命が死んでしまったと思い込んで、それでも諦めきれず温めつづけて
……っていうところになるんですけど…

結論から言うと、結局卵は無事に孵ってひなが生まれるんです

親鳥だって、たまには卵を放置してエサを食べに行ったりもするわけで
いつも抱卵温度に保つだけでなく、たまには温度を下げることも
ふ化にとっては必要不可欠なことだったんだ、っていうことを知る
……っていうおはなしなんですけども


要するに

ちょっとした失敗は逆に必要なものなんだって

見た目の完璧さじゃなくって
本当の自然の摂理の完璧さの中には
失敗が含まれているものなんだって

いうことを
このお話が私の人生に教えてくれたんだなーーーって
思うのです(今日は久しぶりに思いだしたな)

で、確かめようとうちにある「クオレ(上)」をごそごそ開いていたら
挿入話(先生が毎月してくれるおはなし)のひとつである
「ちゃんの看護人」(注:“ちゃん”はあれです、しとしとぴっちゃん子守浪人子連れ狼とおんなじやつです)
が目に入ってねぇ

思わず読んでしまったのですが

あー胸にくる鼻がツンとなる目が霞むっ

クオレもう一回読もうかな


ところで卵のはなし。

どうもみあたらないのよね(下巻はわからないけども)
クオレじゃないのかも……

posted by しろくま at 11:22| Comment(0) | 日々雑感
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