2017年04月08日

食べ物の季節感

otaru.jpg
これは小樽の街角です。
人の少ない路地には、まだ融け残った雪があって
お家の庭ではおばあさんがつるはしで雪を砕いていました
(重労働だなぁー)

さて。
つい先ほど、旅行中溜まった新聞、溜まった(いつも読んでる)blogを片づけておりましたら

森の声さんのこんなお話が。
「人を信じる心を育てる」

この、前半のところに書いてある
「自分を守る心」ってのは(それからいまこれが日本の社会で蔓延しているようでもありますが)
これがまさに(僭越でございますが)先ほど書きました「権利意識」と相通づるのでございますな

そうか。こうして育つとこういう傾向になるのだ。

「『知らない人に近づいてはダメ』というしつけは、『親の自己満足』と『自分への安心』でしかないのです」

ほんまに、そうやなぁー

(この、親の不安感を減ずるためだけの親の言動・行動、ってホントに多いですよね。
わたしは、いつも気をつけてはいるつもりなんだけど、でも後で気づくこともあるんだわ)

あら。そうそう、食の季節感のおはなしでした。

AsahiGlobeを読んでましたら、マイケル・ブースさんとおっしゃるイギリスの方が
(英国一家、日本を食べる!TVアニメにもなってますけど、の作者)こんなことを書いてらっしゃいました。

「自然界の季節のめぐりと切り離せない、何がいつ熟するかという知識は、人類が狩猟採集民族だったころに備わったものだ。その本能的な知識を私たちのほとんどは失ってしまった。
日本人は違う。彼らにはわかるのだ。
たとえば山菜が顔を出す頃、カツオの脂が最ものる頃、栗が秋の便りを運んでくる頃、四国の柚子が収穫の時を迎える頃が。
何とも素晴らしい特性である。全員でないにしても、日本人の大多数がそうなのではないか?
他の先進国からみれば、それはかなり特別なことだ」


はー。そうなの?そういえばそうかも。
アメリカにいたとき(当時)、メロンがおいしい頃(食卓に登場)、ルバーブの実る頃(ジャムをつくる)、くらいはあったけど
あとはお父さんが鹿を撃ったとか、行事関係の食のバラエティーでしたっけねぇ(Thanksgivingのターキーのクランベリーとか缶詰だったりするしさ)

わたし、ことさらに「日本人はすごい!」っていう論調は好きではないですが
(人に言われるならまだしも、この頃日本人が自分でそう言い募ったりするのが一体どういう神経かと思う)
イギリスの方から見たら、そういう驚きがあるのっておもしろいね。

まぁ、四季のはっきりしたアジア的(モンスーン的)農業国家(以前は)のわたしたちと
酪農の国の方々とは(年中家畜がいるじゃん。作業の季節はあると思うけど)そういう感性はもともと少し違うのかも。

でも、たとえば、フランスだったら そろそろトリュフが出る頃だ〜 あのキノコが出る頃だ〜
なんての、あるんじゃないでしょうか???

フランス人だったらこうは書かなかったかも?
posted by しろくま at 13:12| Comment(0) | 新聞より
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