2017年01月23日

「私の遺言」


私の遺言 --- 佐藤愛子/著 新潮文庫 2005

(佐藤さんと遠藤周作さんとの逸話が)先日から気になって、この本だったかなと思って読むことに。
読みすすめながら、めっちゃ既視感あるんですけど!?
これ、読んだことあるかも。忘れてるけど。まさか本棚にあるかしら?
でもまた買ってしまったので、怖くて(本棚)さがしてないです...

作家の佐藤愛子さんが、目に見えない糸で手繰られるように、北海道の浦河に別荘を建て、
その土地に因縁のあるアイヌの霊や、佐藤さんの先祖との因縁を持つ霊やらとの繋がり(通路)が開き、
霊体質となり、
すさまじい霊体験をする中で
出会った人との(除霊などなど)逸話やどのようにして怨霊を静めていったかや
そこから佐藤さんの得た「目に見えない世界(まぁほとんど霊の話だけど)」への考察などが書かれています。

たいそうおもしろい(と、いうと気の毒な気もするのだけど)


1997年の神戸の児童殺傷事件は「狐憑き」だってはっきりおっしゃっています......!
(あ、狐とは言ってなかったです)

おおー。

ふだん、そういうこと考えたり感じたりすることはほとんどないけど
この本を読んでると思いのほか多いのかも…って気になってきます
(わたしも、今までたった一度でしたけど、「あ、もらってきた」ってわかったことありましたっけ。
その晩熱が出て、下がったらすっきりしました)


読後、総じて思うことは
とくに最終章は「日本人の精神性」について書かれているんですよね。

「日本人の精神性は、無残に干上がってしまった」
「目に見えて下っていくこの国の波動」


個人的な感覚としては、おっしゃる通りだと思う。
だから、わたしも、(世界が平和になるために)(世直しすなわち自分直しのために)「日拝」なんてやりたいな!とか思う。

だけど、たとえば権力者が(総理大臣とかさ…)妙な義憤に駆られて
日本人の精神性(云々)をただすこと、とりもどすことが
それが自分の使命だと信じて
何か自分勝手な信念を作り出して突き進んで
批判されるとそれは自分だけが分かっている、批判する者は理解していないだけだなんて傲慢に思っちゃうと
なんて危険なんだろうと思うし

そればかりか「昔の日本は素晴らしかった」「そもそも日本民族は素晴らしい」的に(悪いことだってもちろんしたはずなのに)「いや、何も悪いことはするはずがない」なんてふうに
選民意識のために使われたりしやすいんじゃないかなって思いました
そういう身勝手な信念、歪んだ自意識の材料にする人はきっといそうだなって気がします

高いプライドと劣等感を同時に持っているひとがこういうのに弱そうな気がします
(とはいえ、客観的に自分を認識する知性があるといいのだけど...)
そういう人が権力者になったら要注意です



あ、そうそう、「国のことよりも自分のことだ」(の出典)は確かにこの本でした。一番最後の方。

「世界平和」じゃなくて、「この国の先行き」でしたけれども。

佐藤さんの浦河の別荘は、この本にも地名が出ているし、
GoogleMapで見ると案外すぐにわかります。
上空から眺めるような形で... なんだか感無量になります...



posted by しろくま at 18:41| Comment(0) | こんなん読みました^^
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