2016年02月09日

「幸福に驚く力」


幸福に驚く力 --- 清水眞砂子/著 かもがわ出版 2006

今日(てもう昨日か)ひょんなことから
うそ:実は講座のある日付を間違えちゃって
これ幸いと車を朝点検に出して預けてからきたものだから
結局4時間以上図書館で時間をつぶすことになってしまいまして

この本を含め数冊読みました
最初から最後まで一言一句残らず読んだのはこれ。
おもしろくて!!!

いっぱいメモも取ってしまった。自分の本じゃないから
ページに書き込みとかできないもんね。

なんか今あれこれ(柄になく)思い悩んでることへのヒントもいっぱいあって

それから
「そんなのフツーできないわよ!」っていう
肩の荷が下りる系のご発言も随所にあり^^


例によって折にふれ読み返したいところなどをメモっておきます

p31 フランクルの「それでも人生にイエスという」からの引用
「大切なのは、『人生に何を期待できるか』ではなく、
『人生が自分に何を期待しているか』を考えることだ」
「生きるとは、問われていること、答えること」



p34 「なんて残酷なことをしているんでしょう。子ども時代は、ひそかに蓄える時期なのに。
それを
(大人が)『表現しろ』とせっつくなんて」

アメリカの広告業者(の偉いさん)が、
「女性に自分の持っているものでは満足できなくさせるのが私たちの仕事だ」
それがコマーシャリズムだって言ったそうです

そうして「あれがなければ不安だ」という気持ちにさせる。
絶えず他人と比較し、心配し、不安にさせる。
p66 「今、おそらく子どもたちに押し寄せている物語は、
コマーシャリズムの物語か、学校の物語か、そのどちらかではないかという気がしますね」
「第3、第4の物語を提示するもののひとつに、実は児童文学を上げてもいいのではないかと思っています」

もちろん音楽や、スポーツなどとも並んで。

サトクリフの自伝「思い出の青い丘」から
「子どもには傷つく権利がある」
そして、アウシュビッツの若い画家とその息子のエピソードより
「ケガをする自由がある」

「ホロコーストとともに生きる」サラ・ロイより
彼女のお母さんのエピソードから
「同質の人間の中にいる限りは愛も寛容も学ぶことはできない」
彼女はこう言ってアメリカに移住し、妹はイスラエルへと、道を分かったのだとか。

p152 ル=グゥイン「夜の言葉」より引用
「なぜアメリカ人は龍が怖いか…ファンタジーや龍が出てくる話を、バリバリ働いている男たち、
ホワイトカラーの人たちは〈女子どものものだ〉と言ってバカにしているけれども、
実際は怖いんだ」

なぜかというと、
「ファンタジーの内なる真実が、自分たちが日々生きている人生のすべてのまやかしを明らかにし、
自分たちの足元をゆさぶるからだと」


p191 老人と子どもが共通して持っているのが
「日常の中にある幸福 に驚く力」

清水さんは曽野綾子さんはお好きではないみたいですが〜
河合隼雄さんにもちょこっと苦言を呈しているっぽいところが2か所くらいあったな。(* ̄m ̄)

pp179−
子どもの文学は、ハッピーエンディングでなければいけないけれど、
「ハッピーエンディングにするためには、いつも明るいことを書かなくてはいけないということではない。
その作家に人生を肯定する思想あるいは姿勢があれば、どんな酷いことを書いてもそれは読者に伝わるのです。
逆にそういう思想や姿勢がないと、どんなに明るく書いても虚しくて、読み終わったときにその作品はわたしたちの背中を押してくれない。
要は、作者が人間を信頼しているかどうか。人間に希望を持っているかどうかなんですね。
闇を書いていたっていいのです。闇だって当然書くべきです。
子どもはとうに見ているわけですし」


p210「わかり急ぐな。青春時代に、問いをたくさん抱えたら、生きられますよ」

「人の名前は、一番短い物語」



昔、子どものころ、「名前を集めてた」のを思い出したな…


などなど、これでも一部ですが。
翻訳について書いていらっしゃるところもおもしろかったな!
とにかく!


他の本たちのことは、ちょっと発酵させてから、ゆっくり書きますわ〜(たぶん)
posted by しろくま at 00:45| Comment(0) | こんなん読みました^^
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: