2015年09月13日

松岡享子さん講演会「子どもとことば」

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いとこたち大集合、みんなで腕立て伏せしています
( ̄m ̄〃)おもしろい…

先週、松岡享子さんの講演会に行ってまいりました
すてきなお話だった…
松岡さんは、ゆったりと、大きくて、知的でした
(お話の構成にも、うなってしまいました)

松岡さんはお若い頃図書館で仕事をなさり初めて
当初は
子どもにとっての良い本はなにか、っていうことが主な関心だったそうなのですけど
あるときから
「おもしろく本を読んで、そこから何らかの益を得る子どもに育てるにはどうしたらいいか」
という風に
「本」から「子ども」に関心がシフトしていったそうです

そのきっかけは
高度成長期の70年代、「子どもの様子がものすごく変わった」


これを彼女は
「社会の変化が子どもにあらわれた」とおっしゃっていました

子どもたちに具体的にどういう変化があったかというと
・以前ほど本を楽しまなくなった
・読み方が浅くなった(心に残っていない)
・お話をあまり楽しまない子が現れてきた
・お話を聞いているときに、語る人の目を見ない子が現れてきた

本は変わっていないのだから、変わったのは「こども」のほうに違いない

子どもの中に育つ「ことばの力」が弱くなってきたのではないか
と考えられたんだそうです

現在は、その時期よりもずいぶん子どもたちの様子は元に戻ってきていて
それは自己治癒力のようなものっていうか、生体の健康な恒常性による回復だとおっしゃっていましたが
(すこしほっとしました)

で、何が子どもの言葉の力を弱めてたのかっていうと
指摘されていたのは
・テレビ
本来「経験」は、五感とともに得られるものだけれど、
テレビによる疑似的な経験は、言葉が視覚だけで入ってくる
これが子どもの言葉を弱くしている。

・刺激が非常に増えている
ずっと言葉が聞こえていて、大量の情報量に子どもが(防衛的反応として)「聞き流す」ことを早く身につけている
子どもの中で言葉が軽くなる

・子どもの生活が忙しい
お稽古が多かったり、やることがふえたり
ゆったり静かな「なにもしない」時間が失われている
(ボーっとしている時間が減ったのは、親の目が届くようになったからかもー)
遊びが減っている
ことで、身体とともに養われる言葉の感覚も育たないし
言葉を聞こうとする静けさも
本を読んだ後に「反芻してイメージを定着させる時間」も失われている

・一番大切な、自分の言葉を「聞いてもらえる」そして「わかってもらえる」経験から育つ
安心感、信頼感が一番大切なのだけれど
これが育っていない
っていうのもご指摘のひとつでした

お母さんに気持ちの余裕がなくなっているのかなぁ。
不安だったり。いろいろ焦ってしまったり。
「感じて」育児をできればいいんだけどより「頭」「マニュアル」に頼ってしまったり。
自分の外に基準や指針があると思ってしまうような気がしませんか
(このあたりはわたしの感想)



で、この頃さらにお考えなのは
・言葉を生み出す「前」の身体にも変化が起こっている
っていうことなのだそうです

体力がない。筋力がないから姿勢が悪い。
これは胎児のころの、空間的な(子宮内の)窮屈さにも原因があるそうな。
(近頃は妊婦さんの体重制限も昔より厳しいみたいですもんねぇ)
あと赤ちゃんが何かしたい時にすぐに禁止する傾向は意志を育てない。

こうおっしゃっていました
「しようとしたことができる、
しなやかな体が
次の意欲を生む」

ちょうど森の声さんのblogでも読んだばかりです
(大切なことを、繰り返し書いていらっしゃるものね)


赤ちゃんは、快いことと快くないことの中で暮らしている。

快いこと を ことば と結び付けていく。

機嫌よく楽しそうにしている状態をどう作っていくか。

「静かであるが、覚醒している」状態が、一番知的なことをできるとき。
本もお話も(子どもの中へ)入っていく



テレビを見るようになって、変わった子どもの姿はここにもありましたっけ

まぁ、テレビは象徴的なもので、それだけじゃぁないとおもうけど


posted by しろくま at 13:30| Comment(0) | こどもの本
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