2015年06月28日

「子どもと本」


子どもと本 --- 松岡享子/著 岩波新書 2015

今年出たばかりの松岡享子さんの新刊。

友の会で9月に松岡さんをお呼びして講演会をするもんですから
みんなで奮い立って(?)読んでいます。

で、読みながらあちこちで感激してました
これは名著だ〜〜〜!

お若いころから、一貫して本と、子どもたちと、図書館と、そしてお話と
関わってこられた松岡さんならではの視点と経験が満載の
素晴らしい本だと思いました

「字の読めない子は、字が読めるようになった子の持っていない能力を持っている」


それは
「ことばをこころに刻む能力」でもあり
「ことばに対する信頼、想像力を目いっぱい伸ばして言葉の奥に世界を作り出す力」
だとおっしゃるのです
「わたしたちは、文字を獲得するのと引き換えに、それまで持っていた能力を失うのではないか」

これはちゅん2をみていても鮮やかに感じた経験があります。

…ってふうに
全篇様々な示唆に富む内容なんですが

なかでも
三章 昔話の持っている魔法の力
がわたしには圧巻だったな

たとえばー

昔話は「リアリスティックな文学ではなくて、シンボリックな文学」

このあたりは、リュティ他からの引用が多いんですけれども
(単なる引用でなくご自身の経験に裏打ちされているところに常人にはない重みがある)

だから昔話で
見た目が美しいとか、宝を持っているとか、いじわるとか怠け者というのは
実際の美人とかお金持ちという意味ではなくって
その人の「内面」「性質」をシンボリックに表しているってこと。

わたし以前に「よい絵本」と言われる松居直さんの「ももたろう」の製作譚を聞いて
(どうもこれは大戦後侵略を反省する意味で唱えられた説でもあるみたいなんですけども)
「たからは いらん。 ひめを かえせ」
だったかな?
宝を持って帰ったら略奪になるなんて、そんなのおとなの解釈じゃんってすごい違和感があって
ぜんぜん好きじゃなかったしいい本とは思えなかったし

あとそんなことをあれこれ考えているうちにどうも「夢」と昔話の構造はとても似ているなって
個人的にですが確信めいたものがあったので

「昔話はこころの奥深くで起こっているドラマを描いており、
それは現実の世界とは次元の違う原理によって動いているのだから、
この世的な基準で判断してはいけない」

ってきっぱりこの本に書いてあったことに

大いに賛同した次第。ああすっきりした!

それからもうひとつ、これは(わたしの)自戒を込めてでもありますが
心理学的な昔話の分析は、おもしろいしとくに素人は夢中になりやすいんだけどってご指摘の上で
「分析はつまるところ、解釈であり説明です。
物語を生かしている力ではありません」


と、あくまで素朴にお話を楽しむことを大切にすべき、
って書かれているところは本当にそうだなと思いました

その場と時間をを共有する大人も子どもたちも一緒に、
おはなしの魔法にかかってしまうのがいいのかもねぇ^^
(でもわたしはやっぱり、知識を持っていてそのうえでそれを忘れて魔法にかかりたいかも〜)



最後のほうは日本の図書館がもっとこうなってほしいという
提言です
図書館に「よい読者を育てる教育機能」をもっと持たせてほしい、
そのためにはまだまだ運用も遅れていて人も育っていない(そもそもそういう目的がない?)
ということで本当に同感です

でも
アメリカの公共図書館って高校の時すんでたときもそういえば行ったことがないのよね
学校の図書室はよく利用したし、そもそも「リサーチでの図書室の利用法、資料の探し方、文献の記載の仕方」っていう授業がありましたから
これには本当に感銘を受けた!!ものでしたが
(日本では探すことより「記憶していることを尊ぶ」じゃぁないですか…どっちが実用的かつ有効かは深く考えなくてもわかりそうなものなのにね)

そもそも教育というものに対する概念の相当違う国の間で単純には比較できないと思うけど

(それにわたしは田舎にいたからかもしれないけど)
ろくな本屋のないアメリカに比べて
ちゃんとした本屋さんがたくさんある(この頃はちょっと違うかな…)日本であまり図書館がよくならないのも
なんだかわかる気がするようなしないような。

まぁこのあたりはぜひ知人と語り合いたいところです
この本のことも…








posted by しろくま at 23:40| Comment(0) | こんなん読みました^^
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: