アイヌの物語世界 --- 中川裕/著 平凡社 1997
著者は日本人(和人っていうのか本州人っていうのか)ですけれども
北海道でアイヌ文学を研究されている方で(フィールドワークも)
この本は
一度出版予定だった出版社の倒産を経て
紆余曲折の末にようやく出版とあいなったもののようで
ホンマに出してくださってありがとうございました…
わたし札幌出身ってこともあって(か?)
アイヌの伝承文学って好きだし興味があって
先日も書いたようにお話を探しているんですけれども
(それであれこれ読みあさりながら並行してこの本を読んでた)
用語や習俗だけじゃなくて形式やら筋立てやらも結構風変わりで
不思議だなーって思っていたことが
この本を読んで目が覚めるような心もちがしました
日本の中の、そして近いのによく知られていない、異文化だなぁ
たとえば
「カムイ」って「神さま」って訳されてますけど
普通わたしたちが想像する「神さま」とはずいぶん違うものなんですね
この本にはこうあります
「この世界は二種類の精神的存在によって構成されていると考えられていた。
ひとつはアイヌ=『人間』であり、もうひとつがカムイと呼ばれるものでる」
つまり(極論すれば)
人間以外はカムイなのよ?
で
「つまり、一羽一羽のスズメ、一匹一匹のキツネ、一本一本の木や草が
それぞれカムイなのである。
日本語で『キツネの神様』や『桂の木の神様』などというと、
キツネ全体をつかさどる一段と偉いキツネの王様のようなものや、特別な桂の木を思い浮かべてしまうかもしれないが、
そういうことではない。
何百匹ものハチが群れていたとしたら、そこには何百ものハチのカムイがいるのである」
それにそれに、はやり病みたいなものも「カムイ」なのだそうです!
著者はこのことから、
「われわれの言う『自然』という言葉に非常に近い」
と書いていますが、
わたしからみるとカムイ=「精霊」 っていうのがしっくりくる気がするな
そんな精霊たちとの交信でおもしろかったのが
「夢」
わたしたちは「そんな夢みたいな」「夢物語」「夢でしょ」とかって(=非現実、という意味で)いいますけど
アイヌにとって「『夢』というのは『事実』と対立する概念ではない」
「夢で得られた体験というのは現実の体験と全く同じ価値を持っている」
このあたりアイヌの物語を読んでみるとよくわかります。
アイヌの文学はよく「わたしは…」ではじまって、「…と、○○のが語りました」
で終わるものがありますけどこれも
にほんごにすると「わたし」となる一人称に、いろいろ種類があるんだそうで
このあたりの説明は結構専門的で一度読みましたけどあまりよくわかっていないです
でも
近くても異文化。
ってしみじみとおもいました
(そしてとても魅力的)
本書によるとアイヌ文学のなかには大きく分けて
★神謡(カムイユカラ、あるいはオイナ)←呼称は地域によって異なる
★散文説話(ウェケペレ、あるいはトゥイタク)
★英雄叙事詩(アイヌユカラ/人間のユカラ)
というジャンルがあって
神謡は「サケヘ」(っていう話ごとに違う繰り返し言葉、これといっしょに歌われるように語られる)がついてたり
英雄叙事詩っていうのは娯楽っていうか、
人間離れした超人が出てくるし、
聞く人が血沸き肉躍るわくわくする体験を楽しむものだから
闘うとか殺すとかいう場面が多いということとか(まぁチャンバラを見るようなものか。)
ジャンルによってもかなり特徴が違うのだそうです。
いやー そうなのかー なるほどー
(オキクルミは神謡にも、英雄叙事詩にもでてくるよ。神謡カムイユカラだとカムイっぽくて、英雄叙事詩アイヌユカラだと人間ぽい。
パナンペペナンペ川上のもの川下のもの、は散文説話の中に入るんだそうな)
すごい。この本、読んでよかった。面白かった。
そして
いつか、アイヌ語の語りを聞いてみたいな…
とりあえずこれをみつけたので貼っておきます
萱野茂さん
(アイヌ資料館の館長さんで、アイヌ初の国会議員としてTVなどで拝見したことがあります。
いまのアイヌ文化継承の担い手、第一人者だそうです)
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