2021年08月19日

「氣の呼吸法」つづき



先日の書きかけの続きです)

そうそう。オットに聞いたらばやっぱりというかなんというか
藤平さんのこと知ってて、っていうか
オットのいっこ上の代の、我が合気道部の主将だったFさんが
藤平先生の指導されてる道場に通っていたって。オットもご著書1冊くらいは読んだことあるそうでした〜

こういう時はオットそういえば先輩やったわって思い出す。

ともあれ

この本の

「正しい姿勢」の作り方。
見た目の形ではなくて、だって骨格も筋肉のつき方もあれもこれも人によって違うじゃないですか?
なので
自分の体の感覚で、自分の「正しい姿勢」を見つける。
(そして「氣のテスト」で確認する)
「ふわっとして、しかも安定している状態」

それから
「臍下の一点」

「頭を意識すると、姿勢は不安定になる」

「臍下の一点」は、いわゆる臍下丹田とはちょっと違う場所かも?
(おへその指3本分下)よりはずっと下のような気がします。(本書によると)

「臍下の一点に心を静める」

ほほぅ。
臍下の一点を思うだけでよいのだそうよ。これ、使える〜!
(でも、咄嗟に思い出せるかな)

乗馬の時も。
考えなくても体が反応できるように、習い性にしたい。


何度も出てくるのは
「心が体を動かす」

それから!
「自己氣圧法」
やり方の詳しくは、どうぞ本書をご覧くださいね。
そう特別な感じじゃないです。でも

「・心身統一した状態で行う(安定した姿勢・自然な姿勢で行う)
・無理な力で押し込まない(氣の出た指先を痛い部分・硬い部分におく)
・揉まない(触れた指先は動かさず、曲げ伸ばしなど身体を動かすのはかまいません)
点ではなく流れを考える(悪い部分だけではなく全体の流れを考える)


この最後の一項がすごいです。覚えとこう・・・

ということで(これだけじゃよくわからんかもと思いますが)
いい本に出会えて嬉しい〜
posted by しろくま at 00:18| Comment(0) | こんなん読みました^^

2021年08月18日

「幸せに生きる方法」


アドラー心理学×幸福学でつかむ!幸せに生きる方法 --- 平本あきお・前野隆司/著 ワニ・プラス 2021

どこかでこの本を絶賛しているのを読んだのよねー
タイトルは何やらほんわかしておりますが
「アドラー心理学」をわかりやすく紹介されてる本です

アドラー心理学、いろんなとこで耳にするし興味も惹かれるのですけど
正直
どの本を読んだらよいかわからなかったのですけども

これはいい本だった!

1番心に残ったのは
「原因論」と「目的論」のところ。


「原因論:ってのは「正しさ追求」
つまり
正論を言ったり
何かできないことの「原因」を指摘したり
そのあかんとこを直したらいいやん、というアプローチのコミュニケーションのこと。

一方で「目的論」は「楽しさ追求」
結局、どうなったらいいと思っているか、は原因論者の人も目的論者の人も一緒なわけで
反対の「よいところ」に意識を向けてそこを強化する(そもそも、意識を向けられたところは自然と強化されるらしい。だから原因=直さなあかんところ を注意するっていうのはここでもうすでに逆効果なわけです)

で、ここまでは実は前段でありまして。

こうくると、原因論をなんとか変えて行かなあかんな。
っていうのはわかるわけなんですよね
でも

「原因論に原因論で関わるという構図は、日本でずっと起こり続けている負の連鎖」

身近なところでいうとさ

(例えばです)
「うちのオットがね〜!子どもたちに向かってすぐ原因論で!
お前はここがあかん。ここを直せ
とかっていうのよね〜!
あんたのそこを直せ!!そこがあかんのや!!」
と、オットに指摘するのは、
ほら、原因論に原因論で関わっちゃってる。(不毛)

アメリカでアドラー心理学を学んで帰国された平本さんが
後書きでこう書かれています

「日本の社会の空気感、『原因論』が蔓延しているコミュニケーション
(中略)
日本は今、9割方が『原因論』によって、ものごとが動いていると感じます。
『何が悪いのか』『誰が悪いのか』『どう悪いのか』『どうして悪いのか』……。
社会も、政治も、会社も、家庭も、学校も、医療福祉も、どこが悪いのかを探しては責め合っています。
自分が悪いところを指摘されないように、ビクビクおどおどしすぎてチャレンジできないのです。
さらに、相手から悪いところを指摘されないよう、その準備に躍起になります。また、他の人を責めることによって、自分があげつらわれるのを無意識に避けようとしてしまっています」


ううむ。
私は幸いなことにというか、なんというか、ここ20年ほど
たいして社会と接点がないので…っていうかあるけどさぁ…
(でもお仕事されてる方々に比べたら、のんきなものだよねぇ)
なのでわりと平穏というか、原因論でぐいぐいくるからうんざりするのはオットだけですけれども。

でも
原因論の雰囲気の中で日々生活するのはなんというストレスだろうとは思いますよね

平本さんのように。
「私の願いは、『目的論が日本の社会基盤になること』」
同感です!!!!

自分と周りが今より幸せになって
社会も幸せになるって、よくない〜?♪♪
(まぁ、まずは身近な家庭からなんだろうけどさぁ)


この本に書かれているテクニック、スキルのようなものは、
アドラー心理学を学んでいなくても、似たようなことをしている人は結構いると思うの。
(文中にもあったけど、どこだったかわかんない)
一つ一つは特にオリジナルってわけではないし
野口晴哉先生の本にも似たようなことが書いてあった(子どもへの声の掛け方について、ちゅん2が小さかった時に読んだので、よく覚えている)

でも
まとめてあって関連性が分析してあるのが面白いし理解しやすいな。

この本おすすめです。詳しくはどうぞ手に取ってみてください!

posted by しろくま at 20:40| Comment(0) | こんなん読みました^^

2021年08月12日

「氣の呼吸法」


氣の呼吸法〜全身に酸素を送り治癒力を高める〜 --- 藤平光一/著 幻冬舎文庫 2008

日高に行ったときにカフェに入ったら
本棚にぎっしり本が並べてあって
(しかも1/3くらいはうちにもある本だった。要するに、好きなジャンルってことね)

コーヒー飲みながらこの本読んでて、カフェのお兄さんとぺちゃくちゃ喋って帰りがけに本を本棚に返そうとしたら
それ2冊あるからあげますよ〜
ってお兄さんがくれた。

超感謝!!

これすっごいいい本だわ。
合気道をやってたので(大学時代ね)藤平さんのことはお名前だけ…聞いてましたが
(合気の先輩だったオットはもっとよく知ってると思うが)
合気道の本ではなくて

もっとベーシックな、そしてシンプルな、
人間が生きて生活しているときに必要な技術の本。

だって呼吸だもんさぁ


と、ここまで書いて、今日は仲間とbodytalkの練習をする日なのでもう出かけなくっちゃ。
帰ってきたら続きを書きまーす♪
posted by しろくま at 11:36| Comment(0) | こんなん読みました^^

「ホ・オポノポノジャーニー」(再)


ホ・オポノポノジャーニー --- 平良アイリーン/著 イハレアカラ・ヒューレン、KR/監修 講談社 2015

この本は先日ちょこっとご紹介しましたけども
とってもいい本で
読み終わってから少し日が経ってしまいましたけどやっぱり書いとこう。
と思います

平良さんがハワイを旅しながら、
長年(ホ・オポノポノの)クリーニングをしながら生きてきた人たちと会い
語られたことや気づきなんかを紹介している本なんですけど
とっても心が動く。心に響く。

この本を読みながらわたしに起こった変化というのはですね

その時その時の
感情が動いたり
目の前に難しいことが現れたり
その度に
クリーニングを思い出せるようになったのですけど

何よりの収穫は
こんなに頻繁に、一瞬一瞬、違う感情や判断(judgement)が湧き起こっているんだっていうことに気がついたことで
これは自分でもしみじみびっくりです。

そういえば1番初めにヒュー・レン博士の講演会を聞きに行った時
もう何年前だろう?(2008年でした)
博士がなんだっけか随分、データのビット数の話をしてましたけども
(ウニヒピリが再生するデータの膨大さの話だったっけ)
なんかそんなことを思い出した。

わたしは小さい頃からきっと
こういう自分の内面の動きに無頓着に、或いは意図的に気づかないようにして
生きてきたんだなぁと・・・

これはそれはそれは大きな気づき。

あと、そうだなぁ
「言葉のクリーニング」(p.159)
「その場所に挨拶をする」(p.204)


あたりも心に残ったところ。

それから
「あなたが誰かに願っていること、こうしてもらいたいと思うこと、そうしてもらえたら嬉しいことを、自分自身に与えてごらん。どんなにあなたの外側で問題が起きていても、すべてはウニヒピリが見せてくれていること。あなたのウニヒピリにまずは応えてあげてごらん」(p.226)
ってそうだこれ、ほんとほんと、おすすめだった。またやってみよう^^

「あなたの前で笑っている人がその潜在意識の部分で何を体験しているのかはわからない。だからこそ、まずはあなた自身をクリーニングしていなさい」(p.320)
そしてその人への判断も、クリーニングさぁ。

「判断が出てきたら、クリーニング。アイディアがあったり、人からアドバイスをもらってもクリーニング」
(p.266)

「ほんとうの自分」に帰っていくためだね〜♪

posted by しろくま at 02:10| Comment(0) | こんなん読みました^^

バランスボールを使ったエクササイズ

https://youtu.be/8cvjTsUDd9Y

(iPadで書いてると、youtubeが貼り付けられないんですよね。。。URL載せときます。)

乗馬ネタです。

バランスを練習するのに、バランスボールがいいよっていうのはよく聞く話ですが
どうやって練習するのが効果的なんでしょうね?
っていつも思ってましたけども

(バランスボールを使って乗馬のために鍛える、っていうのは本に載ってたけど。)

さっきたまたま見てたyoutubeで、いい動画があったので貼っておきます。

骨盤の角度。これを体に覚えてもらう〜!
posted by しろくま at 01:43| Comment(0) | 馬とわたし

2021年08月02日

「不謹慎」とか「マナー」とか。

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北海道は馬産地・三石のお土産のミニ羊羹。かわいいねぇ〜!
(羊羹も美味しかったです)

ところで。
先日7月30日の朝日新聞の社会面に、
益川敏英さんの記事が載っていまして
1番最後にこんなくだりがありました。

「益川さんは、ノーベル賞の受賞講演でも戦争体験を語った。
『アカデミックな席で戦争のことを語るのは不謹慎だ』という声もあったが、
『わたしの年代が戦争を語れる最後の年代だ』と話し、予定していた原稿の内容を変更しなかったという」


いやー、わたしは憤慨しましたね。
「不謹慎」なんて、言った人だれ?

考えてみたら
「それは不謹慎だ」とか
「それはルール(違反)でしょ」とか
「常識でしょ」
みたいな言い方ってどちらも

言っている人の方がちょっと聞くと良識がありそうな雰囲気を醸し出しながら、実は
「自分の思うように相手を動かそうとして」発する言葉ね。

何かそうしてほしい事があるならば
その人にきちんと言えばいいのにね。
でも日本では、はっきりいうのは難しいのよね。角が立ったり、「傷ついた」なんて逆に責められたりさ。

正確な意見交換をして、さっぱりと後腐れなく、
歯に物が挟まったみたいな「ルールでしょう」みたいな言い方が必要なくなるような
私たちの社会にならないものかしらねぇ。

そもそも議論慣れしてない私たち。
義務教育で、(建設的な)議論の技術を教えてほしいものだねー
(そしてまずは家庭でも!)
posted by しろくま at 18:26| Comment(0) | 日々雑感