2021年03月29日

世界はわたしたちの知らない「ありがとう」であふれてる

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駅のホームから。

ちゅん2は今、ボーイスカウトの春キャンプに行っています。
はい、もう指導者なんですねー(それももう2年経つわけですが

先週出発したんですけど
スカウトの子どもたちが出発した日はとってもいいお天気で
わたしも、よかったなーって思ったし
きっとお母さんたちもそう思ったに違いないのですが

指導者の子たちはそれより前に出発してるんですね。
現地に先に入って、迎える準備をしてる。ちゅん2が現地入りした日は雨でした。
(もっというとその何日も前から、計画を立てたり、下見をしたり、近隣にご挨拶をしたり。。とキャンプは始まっているのでした)

そんなこと、わたしは全然知らなかった。
ちゅん2が指導者になるまで分からなかったわぁ。

世界は
わたしたちの知らない「ありがとう」で溢れてるんだね


で、ここしばらくちゅん2がいないもんで、わたしはわりかし暇です
これから、大学を卒業して就職したりするともう本格的に
ちゅん2のいない生活になっていくんだなぁ
やっぱりちょっとさみしいねぇ。。。
なんて、朝洗濯物を干しながらふと思いました


posted by しろくま at 21:58| Comment(0) | 日々雑感

This is interesting.

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これは図書館の入り口に咲いてた。
綺麗ねーえ!
春です

ところで
先日、bodytalkの練習会に行ってきました。
わたしはまだ、たいして勉強もしてなくて、練習もまだまだ始めたばかりなんですけれども

2人1組でclient役と施術者役と交代して練習していたら。
わたしが施術していた時

「その他のシステム」っていうところに導かれて
聞いていったら(筋反射でクライアントのinnate wisdomに尋ねます)
「ホメオパシー」で

この「その他のシステム」っていうのは
施術者ごとに、これまでの人生で身につけてきたことや技術〜できること〜が違うから
その人のできることをbodytalkの施術に活かせる
っていうなんともまぁ画期的な部分なんであります

こういう賢いところが好き〜!
(まぁ賢いのはinnate wisdomなんですが)

で、それから
特定のレメディーに導かれ
でも
それを実際に使う、ということじゃなくて(そういう時もあるのかもしれないけどさ)
その情報をわたしが認識することが施術の助けになるということみたいで


面白かった。

すごーく


あ、そうそう
Client役になった時
(あんまり詳しく聞いてないんだけど)
「麻酔の毒」っていうのが出てきてました。
まだ、残ってたんじゃないかな。全身麻酔だったしさ。おなかのとき
posted by しろくま at 21:27| Comment(0) | Bodytalk

「古森のひみつ」


古森のひみつ −- ディーノ・ブッツアーティ/作 川端則子/訳 岩波少年文庫 2016

イタリアものでファンタジー(ってことになってた)って珍しくないですか
読み始めたら、最初の方、主な登場人物の退役軍人(大佐)がなかなかとんでもない人物で
あんまり面白くなくって読むのやめたくなったけど

もう最後まで読んだら面白くって

最初へんてこな味だと思うけど食べてるうちに病みつきになる
ってまさにそんな感じでした

面白かったところはまず
風が!
人格があっていろんなキャラがいて。

あとランダムにいきますと

5人の「悪夢」が訪ねて来るのよ。夜中。
大佐と一緒に暮らしていた病気の甥っ子のところへ。

すると大佐は
「驚きもせず、懐中電灯を手に、ベンヴェヌートの部屋まで5人の悪夢を案内しました」
ってなにそれ・・・!!きゃはー!

大佐はさ。この甥っ子が死ねば彼の財産(森)も自分のものになるって考えて
甥っ子を殺そうとするのよね。
森に置き去りにしようとしたり。。。
風に頼んだり。。。

まぁ失敗するわけだし
最後は甥っ子を助けようとして。。。(と、ここからは書かないでおきますわー)

でも
このとんでもない大佐だけど、
普通大人になったら見えなくなる森の妖精たちが見えたり
風と話せたり
するわけなんです


なんかムーミンシリーズを思い出したな。

変な人、感じの悪い人、どうしようもない人たくさんいるんだけど
それもみんな
愛おしい個性じゃないかって
自分の狭量さの方に気がつくっていうか

ともあれ
この人のお話は面白いです
うちにある
「シチリアを征服したクマ王国の物語」の作者だって知らなかった。
これも(積読中。。)読んでみようー^^
posted by しろくま at 21:16| Comment(0) | こどもの本

「これも経験だわ〜」

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今年はさくらも開花が早い早い。
なんならツツジもちょっと咲き始めたりしてますねー

うちの横の道端にも可愛らしい(本当に、とっても小さい!)スミレちゃんが
ここ、人も歩けば犬も歩くのよね
こんなに可憐なのにすごい根性だわ。

ところで
政界の偉い方が、「私は皆さんを信じています」ってなんかの通達を出したとかで。
(ニュースを小耳に挟んだだけ)

よく親とかもいうらしいじゃないですか?
思春期の子ども(大体は娘じゃないだろうか)に「私はあなたを信じてるから」

わたしに言わせれば
本当に信じてる人はそんなことわざわざ言わないんだな

「信じてる」っていう人は本当には信じてない人なのよね
「信じてない」でも「信じたい」だから「わたしに信じさせて」っていうメッセージよね
上から目線だし、これは、この言い方は、卑怯です。ハイ。


てなこと言ってますが、少し前、
わたしもちょっと疑心暗鬼になってたことがあって。
コロナ以降なかなか会って話せないから、ついそういうことにもなりがち。
でも

いや!そんな人じゃないし!信じるわ!って気持ちを変えまして
そしたら自分も(変に心配しなくていい分)とっても楽だし
実際やっぱり(案の定)いい人だったわよ。。。

っていうことがありました。
詳しく書いてもきっと面白くないだろうから書きませんけど。


それで
わたしの日常はもうこれで完璧ハッピーハート︎かと思いきや

やっぱり波立つことはあるんですよねぇ。

まぁどうしたものかしら。
でもね。
こないだお布団に入ってぼーっとしていたらふと

降りてきた。(としか言えない)

あのさ
「これも経験だわ〜」
と、思ったら、イライラしないし腹もたたなくない?
むしろ
楽しみ。おもしろい。

あとは
ユーモアが(どっかで)あればもう怖いもんはないのだ。

posted by しろくま at 21:03| Comment(0) | 日々雑感

2021年03月20日

「転生」


転生〜古代エジプトから甦った女考古学者〜 --- ジョナサン・コット/著 田中真知/訳 新潮社 2007

1987年に出版された"The Search for Omm Sety"の邦訳です。

21世紀になる前、エジプトでは大変な有名人だったそうな
Omm Setiさん(イギリス人女性で、本名はドロシー・イーディー)の人生をとり上げたルポですけれども
著者は直接この方に会ったことはないらしい。
(思い立ったすぐ後に亡くなったそうなので)
それは残念でもあり、でもあるイミ、よかったのかもしれないかなぁ
著者が、たくさんリサーチして、彼女を理解しようといろんな角度から、並々ならぬ努力をしたことがよくわかる。

このOmm Setiさん(息子さんの名前もSetiで、エジプトではセティのお母さん、という意味で女性をこう呼ぶんだそうです)
3歳の時に階段で転んで頭をひどくぶつけて
以来、古代エジプト人であった前世を思い出し
思春期になって前世で恋人だったファラオのセティ1世が彼女を訪ねてくるようになり
エジプト人と結婚してエジプトに移住し、息子が生まれるけど
その後離婚し、エジプトの考古学に携わって一生を送る...

という彼女の人生なんですけども

けども!!!

まぁさらっとこうご紹介したけどすごいでしょ
なんとまぁ、3000年越しのラブストーリーなんですねこれは^^

著者の姿勢も、なんというか淡々としてニュートラルで
好感が持てます

おもしろかったからメモしておきたいところ。。。


女性をOmm Setiのように本名で呼ばないのは
(いまもエジプトに存在する)呪術師に呪われないため…
自分と、その母親の名を知られると呪がかかる。
昔(エジプトでは)男性の名前の後に必ず母親の名前を続けるのがならわしだったのだとか。

寝ている間に魂(アストラル体)が「アク」の姿となって出ていくのだそうですが
帰ってこられるように部屋の窓を開けておかないといけないんだって。
彼女はこの姿で夜な夜なSeti T世に会いに行ったり(あるいは会いにこられたり)してたわけね。


ちなみにアストラル体は銀色の臍帯で体とつながっているというけれど
彼女のアクにはそんなひもはなかったんだそうな。
(古代エジプトの目に見えない体の概念については、バーとカァ、ってのもありましたねぇ)


アビドスにあるSeti T世神殿のすぐ隣にある「オシレイオン」
ここに湧く泉はほんとうになんにでも効くみたいで
(一度行ってみたいです〜)
それを使って人々の役に立っていた様子や

古代エジプトの出産は水中出産。
守護神はカバ。(Omm Setiさんの過去生の記憶による)

呪術師の仕事「呪詛」のひとつとして「サソリの石碑」があった。
書かれていたのはサソリを追い払う呪文。
この石碑がある限り、この村でサソリの被害に遭うことはなかったが
あるとき古代の遺物として発掘されて運ばれて行ってしまい、
まさにその日から、サソリに刺される人が出るようになったこと。

そうだ。
日本でもさぁ、そう古いものじゃないけど、ほら、舞子の何とか閣、6角形だったかの、あったじゃないですか。(ググったら移情閣、っていう名前でした)
あれ、移築されてしまったけど
一説には、龍脈上の押さえ石かなんか(あるいはその上に建ってた)だったとかで

あれがなくなって阪神大震災が起こったんだよね、なんていう人がいたっけね。
まぁその真偽はともかく、
でもそういうもの・・・動かしてはいけないもの・・・って
あるんだろうとおもうのよね。余談でした

本書では、「エピローグ」として、
Omm Setiの体験に対しいろいろな角度からの説明〜いろんな人の説〜を紹介しています。
どっかで聞いたような人の名前がいっぱい出てくる。
これが、この本の視野の広さを見せてる部分。


最後に…

ここで紹介されている、ウィリアム・ジェイムズ(この人の説明をした箇所が見つけられない)の講義(1896、「非日常的な意識状態」)録の中から
とっても印象に残ったところを抜き書きしておきます。
長いんだけど、要約したら意味が変わってしまいそうなので、頑張ってタイプしとく。

「我々は健康と病気の間に、普遍的な区別をもうけている。
しかし、実際は、両者の間に明確な区別はつけられない。
(注釈:ジェイムズにとって、健康とは基本的にバランスの問題である。彼は次のように述べて講義をしめくくっている)

(中略)
完全に健康であることを示す純粋に客観的な基準はない。
いかなる異常も、本人にとって有益ならば正常とみなすことができる。
ある面では人を健康にする働きがあるものでも、別の面においては、その人に害を及ぼすことがある。さらにいえば、われわれはみな社会の役に立つための道具だと言える。もし、感覚過敏や強迫観念や精神異常などが、そのほかの気質と結びつくことができるならば、われわれは社会においてよりいっそう役立つ存在になりうる。そうした観点から見れば、異常があるからといって不健康と呼ぶべきではない。むしろ、その逆である。
問題は、ノルダウのような作家が、異常に対する個人的な嫌悪感に客観的な権威を与えようとして、たんなる方便として症状に説明的な名前をつけて使っていることにある。医学用語が、人を裁くための、ただの権威ある物差しになっているのだ……。
たとえ自分が感覚過敏だったり、激しい衝動や強迫観念をもっていたとしても歓迎すべきである。それによって自分たちの経験の地平がいっそう広がり、人類の遺産をよりよいものにする貢献をなしうるのであれば、それは歓迎に値する。
健康という概念を狭めるのでなく、逆に拡大し、どんな弱点も致命的ではないとみるべきである。
要するに、人生を恐れるべきではないのである



余談なんですけれどもね。

Bodytalkの上級セミナーを今月受けていたのですけど
その中でデモセッションのクライアント役になったり、受講生同士お互いに練習し合ったりすることがあったんですね
(そんな中でもすこしずつ体の中のバランスが取れていく。)
一度わたしをみてもらっているときに
「エジプト」が出てきてちょうどこの本を読んでいたときだったので
なんかびっくりした〜
(くわしいことは、メモとってなかったので忘れてしまったわ)
posted by しろくま at 18:09| Comment(0) | こんなん読みました^^

2021年03月10日

嫌いワードtop2

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「〜しないと」
という言い方が、なんと言いますか、耳障り。
というか、嫌い。
〜しないと、こうなっちゃうよ、って脅すニュアンスが嫌い。予言かよ!?

で、考えた。

「〜A〜しないと、〜B〜になる」
ではなく
「〜C〜には、〜A〜が必要」
って言い換えたらどうよ?

ネガティブBからポジティブCへ焦点を合わせ直すことにもなるんじゃない?


と、思ったけど、まだやはり
〜が「必要」

も気になるんでありました。なんか可能性を限定してない?


うへへー。まぁでも、嫌い嫌いって言ってるだけより気持ちがいいわ


ところで、余談ですが
私政治家やスポーツ選手なんかがよく言う
「しっかりと」
これもずいぶんと嫌いなんであります

政治家は「しっかりと」って言うけど具体的なその中身が何もない。
でも聞いた人が安心感を持ちやすいこの言葉の力を利用している詐欺な感じが嫌い。

スポーツ選手は、決意が感じられてすごいなーと思う反面
そんなに自分を追い込まず楽しんでほしいなぁと思ったりする。
追い込んでいない人には余計なお世話だけどもね
posted by しろくま at 13:49| Comment(0) | 日々雑感

共感〜 おもしろいこと、いいんよねぇ

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少し前からiTunesとiPod(私のは古き良きclassic)との接続がうまくいかないもんで
車ではもっぱらラジオを聴いています
わりかし気に入っているのは地元のエリアFM。

で、これも少し前ですけど、DJさんが曲を紹介しながら、こんなことを言ってました。

「この人、ピアノすごい上手いし、歌も上手いし、でもギター下手くそなんです。
でも、弾き語りすごく面白くていいんです。
上手なばかりがいいのではなくて、上手でもなぜかつまらない人はいるし、おもしろいことが大事なんやなぁと思いました」


うーん。そうだよね。そうなんだよなぁぁ!
posted by しろくま at 13:33| Comment(0) | 日々雑感

因果関係はありません

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「専門家グループ」が、福島の原発事故後の子どもたちの甲状腺癌の増加と放射能の影響との関連はない、と発表したらしい。

あぁまたか、と思った。
この手の発表はよくある。
大体薬害とか、予防接種の被害とか、
苦しんでいる人が実際にいるのに、「関連はない」とかって偉い人たちがおっしゃる。

これ、100%の因果関係はない、ってことですか?

そうじゃないと理解できないわ。
(で、100%に何の意味があるでしょうか)まぁ100%とかいうとおバカみたいだけど。統計的有意、とかなんとかもっと多分違う言葉だろうけど。でもそんなことは本意ではなく。そして私にはわからない。


この被曝と甲状腺癌との関連についても
「ない」って断言することは
そしてこの見解に基づいて今後何かが動いたり動かなかったりすることは

被害に遭っている人を二重に苦しめることだし
あるべき救済や対策を奪うことでもある

偉い人たちが頭を付き合わせてこういう相談は何のため・・・?

自分の家族や友人がそこにいたらそう言える?


と、ここまで書いて、ネットの記事をもう一度読んでううむと思った。
「甲状腺がんの発見率との関連の解析においては、線量の増加に応じて発見率が上昇するといった一貫した関係は認められない」

ってあるんですねぇ。

とっても限定的なんですねー。
限定的な部分にだけ、断言をすることは、きっと良心にも反しないだろうね。

でも、この見解が
「福島の被曝と発癌は関係がない」と、広く読み替えられていく。みたい。

線量の増加と発見率の上昇とは関係が見つからなかったけれど
いや、こっちでは関係がある
とかいう、研究を、発表してくれないものかなぁ。もしかするとしてるんじゃないかなぁ。それを、マスコミでも、ちゃんと大きく伝えてくれないものかなぁ。

ああぁぁ、だれかが何かしてくれないかなぁ、ってただ呟いている自分がちょっと嫌になった。


なんかよくわかんない呟きになりました。でも、今の私はこんなところ
久々の投稿でした
posted by しろくま at 13:18| Comment(0) | 日々雑感