2019年01月24日

「多くの人が、この本で変わった。 津留晃一コンセプトノート」


(注:↑リンク先のアマゾンでは中古本がびっくり価格になっていますけど、
版元ネットショップで注文したら定価で買えますので… ご注意くださいませ)
多くの人が、この本で変わった。〜津留晃一コンセプトノート〜 --- 津留晃一/著 英光舎。 2001

この本は実は前にちょっと紹介してたんですけど
先週ようやく読み終わりまして……


なんていうか
人生を変える本だな
もう
これまで読んできたあれやこれや……のたくさんの本たちは
要らないかも

もっと早く出会いたかったような気もするけど
遠回りもわたしの身になっているという実感もあるのです

「この本は、繰り返しお読みください」ってあとがきにある通り
何度も読み返したい本。

ご紹介したいところ、覚書しておきたいところがたくさんあるんですけれども
たくさんありすぎてそんなのむり―
まあ実際に読んでいただくしかないかなーぁ

ということでさわりだけ、ランダムに挙げてみます。

「現実と思っているすべてが、あなたの創造物です」

わたしが一番印象的だったのは
「咎めない」

咎める心、批判する心が今自分の外側に投影されているだけ。
「ああすればいいのに」は裁く心の現れ。
「なんでそんなことをするの」は、正しくないというジャッジ。

そう思ったら、わたしたちはいかに自他共をジャッジして咎めて生きているかなぁ。
それが投影されて現実をつくっているなぁ。

「『良いからする、良くないからしない』。そういった習慣は、基本的に〈恐れ〉から作られました。
〈恐れ〉から始まったことは、すべてあまりうまくいきません」


なんですけど、この本2か月くらいかけて読んでいたので、
その間にわたし自身が少し変わってきていて、
今改めてこのblog書くためにパラパラめくっていると
心に響くところが読んでた時とまた変わってきていることにも今気づいたな。


「『私はこれまで何かを〈すること〉を目的としてきたが、これからは、〈体験〉を目的としよう。
起きてくることこそ、私が体験したかったことなのだから。
だったら、今体験している私は、すべてが〈思いどおり〉ということではないか』。
こう思えるようになって以来、私の世界から〈思いどおりでないこと〉が消えてしまいました」

「どうぞ気づいてください。『相手に伝えたい』と思う心は、〈自分が正しい〉という観点からの発想であることを。

(中略)
あなたが〈自分は正しい〉の観点に立った時、相手も『自分は正しい』の観点から発想を始めます。
こうして対立は生まれます」

「『できる』と想い込んでいることだけが〈できる〉」
「『しよう、しよう』と頑張ろうとするのは『できないかもしれない』と疑っていることにほかなりません。だから、『しよう、しよう』としていることはできないのです」


「あなたを悩ませているのは、」そのものや出来事などではなくて、
あなたの「考え方」〈想い〉の方です、っていうことが
他人のいびきや騒音の例を挙げてわかりやすく書かれています。
「嫌いな理由はあなたの内側にあるのですから」
「あなたは、あなたが〈良くない〉と考えているものによってのみ傷つきます」

「あなたを傷つけ続けているのは、あなたが抱いている否定的価値観なのです。
他人の態度は、あなたが手放すべき価値観を教えてくれているというわけです」

「判断するという行為を通して、あなたは自分自身のパワーを失い続けました」


こう部分だけ列挙すると、なんだか禅問答みたいだから
わかりやすいのも一つ書いとくね。

「怒鳴るその人は、あなたの中に潜んでいて、あなたがまだ認めていない部分を見せようとして現れます。
自分を否定している何らかの考え方が隠されている、その証拠として、あなたの外に表現されているにすぎません」
「『だれかに否定された』と感じるなら、それはあなたが自分を否定していることの現れです」

「『あの人は、こうしたほうがいい』と分かるのなら、あなた自身がもっとそうしてください。
相手に『こうすればいいのに』とアドバイスしたいことこそ、あなた自身がすべきことだと思って、それを実践してください」



「人は自分の信じたものを見ています。
自分の信念が、心の立体鏡として〈現実〉という幻影を生み出します。
ですから、その考え方を変えた瞬間からあなたの現実は変わり始めます」
posted by しろくま at 14:00| Comment(0) | こんなん読みました^^

2019年01月21日

おふろRAS からの〜 自分を大切にしない自分に自分が怒っていたという話。

20190121fullmoon_s.jpg
ここんとこ数日、ずいぶんお月さまが明るいなぁと思っておりましたが
今日満月なんですねぇ

帰宅してふと見ると、山の端から出てきたお月さまがとってもきれいでした


昨日また面白い(?)ことがあったので書いておこうと思ったのですけど
なんか散漫な話になりましたスミマセン(と、はじめにお断りしておこっ)


昨日ですがオットと些細なことで喧嘩をしてたのです
オットはたいていは穏やかな人なんですけど時たま急に
怒り出すことがあるのです

で、この怒りをコントロールできないこの人はいったい私のどんな部分を見せてくれているのだろうって
今日はこれに取り組んでみようと思ったわけ

この、目の前の人は自分を映す鏡っていう
こういう考え方自体は、特に目新しいものではありませんけど
(鏡の法則とかあったよね。「外側は内側の表れ」って昔のエントリにも書いてたりしましたっけ)

RASの上級コース(12月に受講した)で何度も「内側が外側」って繰り返し聞いたもんですから…
(あ、でもRASの説明ではこれが徹底してて、“全ての”事象は自分の内側の現れ。ってことなのです)

で、昨日ゆっくりお風呂につかりながら、
この外側の怒りはわたしの内側のどんな怒り?? って“感じて”みた。
(脳みそを使わないってのがポイントかもー)

わたし一体何に怒ってるの?

そしたらね。
すぐにふっと出てくるのが「自分」

へ?自分??

なんか話が長くなりそうなんでここからは端折りますけれども
「怒りを感じている」とか「怒りを感じてはいけないと感じている」とか思いつくまま解放してみました。

【ここで若干追記なのですが、自分で自分の解放は、しないようにということをこの後確認しました。なので、どうぞRASを学ばれた方は、こんなわたしの真似っこをしないようにお願いいたします。
ただ、今思うに、解放せずとも自分で「気づいた」だけで、ずいぶん変化があったのではないかなと思ったりします】


そのあとお布団に入ったときに
(2,3カ月前から、股関節の柔軟をちょこっとだけしているんですけど)
いつものように股関節の開脚してみてびっくり。
もちろん少しずつ柔らかくなってはいたんだけど、昨日はいきなり、めっちゃ開く。

えええええ??????これって解放のおかげかしら。

でね。
朝になって、出かける支度をしていたときにふと閃いた。
わたし、自分に怒っているっていうのは
自分で自分を大切にしてこなかった、って自分が自分に怒っているんじゃぁないかって

やりたいことがあっても人に遠慮したりとか
気兼ねしたりとか
自分はこの程度で十分って考えて何かをあきらめたりとか

それって自分の価値を自分で認めてないよね
自分のすばらしさを見てないよね
(何かができるから価値があるとかいう意味ではなくて、生きている私たちはそれだけで美しくて素晴らしくて価値があるっていうおはなしです)

あああああーーーーーって
思った。

で、ああー分かったっていう気がしたのは
昨日オットともめた後あまりに眠たくてちょっとうたた寝してた時に
印象的な夢を見たんですよね
 ↓ ↓
家の周りの枯れ草に火がついて燃え始めるんです
他の人も手伝ってくれて一通り消えて、ああ延焼しなくってよかったって安堵するんですけど
よく見ると火が消えたみたいでも、ワラが深く積もったところは中でまだ燃えてるんですよね
あ、また燃え始めちゃうってそれを一生懸命消そうとしている夢なんですけど

この夢の意味(メッセージ)を考えてみたけどもよくわからなくって
(そのまま寝た)

それで今朝やっと、この夢の意味が分かったかも!って思った
自分の怒りを消せるのは
自分を大切にできるのは結局
自分だけってことなんじゃないかなーって

で、そんなあとで車を運転していたんですけど
そして今、車の中では3月までに覚えないといけない、ストーリーテリングのための「おはなし」を覚えるべく
自分の声で録音したものをたいてい流しているんですけど

ええ、いつもは、聞いていても(特に最初の録音なんてさ)自分の読み方のまずさが耳について
聞くのもちょっと嫌になっちゃうっていうか
あーーここ直そう、なーんて思いながら(自分にダメ出ししながら)常に聞いているんですけども
(そしてこれまでは、何度も録音しなおして、updateするようにしてた)

それがね。
それが!
今日は!!

その自分のまずい読み方が気にならないのだー。

これちょっとびっくり。
まぁそりゃ難はあるけどさ。とにかくこれ聞いてまず覚えようよ、そっちに集中しようよ。
って気持ちになるのよ。


そんなこんなでどうにも散漫な文章になりましたが
結構自分なりには大きな変化があったの。
なんのおかげかよくわかりませんけど
RASとか今朝の「気づき」とかたぶんいろいろなのかな



あぁ楽。
そして股関節も楽。(* ̄m ̄)


posted by しろくま at 19:40| Comment(0) | RAS ストレス解放システム

「風と行く者」


風と行く者〜守り人外伝〜 --- 上橋菜穂子/著 偕成社 2018

いや〜〜 出てたんですねー!
本屋さんで発見、早速買ってイッキに読んだ^^
まだ少女のころのバルサとジグロが出てきて(回想ではありますが)

ジグロは大好きなキャラクターだからうれしいなぁ

ジグロにとってバルサがどんなに大切だったか
そんなバルサのためにバルサを殴るシーンは涙が出た

でもなんかさ、読後感が爽やかってわけじゃあないのよね
やっぱりこのシリーズはわたしはチャグムが好きで

この本は読み返すことはないかもしれないなぁ
posted by しろくま at 18:57| Comment(0) | こんなん読みました^^

2019年01月14日

イケメンすぎ♡

ojuuchosan_s.jpg
わたし競馬はしませんけど馬が走る姿をみるのは好きっていうか
がんばってるなーきれいだなーって思う
このお写真、大活躍中のオジュウチョウサン(8歳)です
こちらのスポニチのページからお借りしてしまった〜)


イケメンすぎません?
(あの、馬の方です(* ̄m ̄))

お顔のアップ。
オジュウチョウサン3.jpg
りりしいわ。もうなんか夢に出そうかも。


(↑クリックで元ページにリンクします)
posted by しろくま at 22:20| Comment(0) | 馬とわたし

なんちゃってself RASデスガ…(※追記あります)

dawning_s.jpg
10日の明け方。
何ともきれいな朝焼けでした。そのあとお日さまが昇ってきて…
sunrise_s.jpg
こんなんなりました
思わず拝みたくなるような朝日でした

ところで。

昨日の晩、モーレツに(←古)左肩が痛かったんです〜(涙)
オットに肩揉んでもらおうと思ったけど先に寝ちゃってたしぃ
(わたしはお風呂入ったり乗馬のビデオ見てべんきょーしたりしてた)

お布団に入って、痛いし、つらつら考えてたら

あれ?
これも
なんかの信じこみがあるよっていうお知らせちがう??
(相変わらず気づくのが遅いっす)

そっかー
ええとー

そういえばー

もう、ちゅん2の入試(センター試験)まで1週間切ったのでありました
いくらのんきな私でも、すこしぴりっとしてきた
しかも
先週ちゅん2熱出したし…… (ちなみに一昨日わたしも調子が悪くって半日寝ていた)

あ、調子は寝たら治ったんですけどもね。
なるべく栄養のあるもの、あったかいものつくろうとかっていつになくがんばってたし

お布団の中で寝ながら、心当たりのある感情を名指ししてセルフオーリング。
で、
RASのセルフケア(感情の解放)で、2つほど解放。(しかし、ナンチャッテ...... かも……)

んー 肩の痛みは、どうかなぁ。

で、右手で左肩を触ってみると、ふと下りてきたきたのが

「責任がある」

わたし、ちゅん2の入試に、責任を感じてる??

で、この信じ込みをテストしてみたら。
あるあるある。セルフオーリングの輪っか固っ!!

で、この信じこみをナンチャッテ解放。
オーリングで確認、
外れている感じだったのでそこで瞬時に眠りに落ちました。


朝。
肩、全然痛くない。
昨晩痛かった、っていう痕跡っていうか、枠みたいなものは残ってた。

これはRASのおかげか? それともぐっすり寝たからか???(* ̄m ̄)

午前中に一度、痛みがぶり返してきましたが
そのあとまた消えて

今はいたくありませーんv


なんか、先月の講座(ファシリテーター養成講座)から少し間があいてて
インストラクターに会ってないので、その間自己流でやってる、って感じもなくもないのですけど

技術はともかく、RASの技術を知らなくても、
「気づき」が一番の解放に導いていくものだそうなので
まあいいんじゃない?

来週またお会いするのでこんなんでいいのか聞いてみよう
いろいろ実験するの楽しいなぁー^^


【追記デス】
インストラクターに確認してみたところ、自分で自分に解放…(しかもわたしのはかなりテキトー)ってのはしないでくださいっていう感じのことを言われましたー!
なんか無理があるのかなぁ。
なので、どうぞよい子はまねをしないでね... 
と、申し添えておきます。m(_ _)m
posted by しろくま at 14:39| Comment(0) | RAS ストレス解放システム

2019年01月08日

今年は〜

Screenshot_20190104-174540.jpg
この詩書いた人天才〜!
ってネットで流れてました。ホント、すごいねぇー(≧∇≦)

さて。
今年は

フランス語と乗馬とRAS を目いっぱい楽しみたいです☆

ということで宣言してみた……(* ̄m ̄)


posted by しろくま at 23:10| Comment(0) | 日々雑感

2019年01月07日

ポジティブな「信じこみ」

hatumoude_s.jpg
初詣のお宮前でぱちり。
今年のお正月は暖かめでお天気続きでした〜^^

ところで。
RASで「信じこみ」を解放してもらっていくときに
わたしは結構ポジティブな信じこみがたくさん出てきたんですよね
インストラクターが、この多さは珍しいですね〜って。

ポジティブな方の信じこみって、たとえば
「愛されている」
とか
「優しい」
とか
「調和がとれた」

とかなんですけども

RASではこういうのも解放しちゃうっていうんですねー

なぜ?って聞いてみると
わたしは〇〇だ、っていうポジティブな信じこみは、「わたしは〇〇でなければならない」になってしまうから
っていう説明だったのですけど

……じつはあんまりピンと来ていなかった……

で、今日です。

前にもお話しましたけどわたくしには
なんか頼まれたことを(むしろ得意なこと、やりたいことであるにもかかわらず)
期限ぎりぎりまで手をつけようとしない、なんだか手を付けられない
っていうよくない癖があるのでありまして
自分ではてっきりこれがある種の完璧主義からくる悪癖と思っていたのであります
(でもこれホント困るの)

RASを受けてからその(ああやらなきゃ!!っていう)ストレスはずいぶん減ったのですけど
それでもやっぱり、なーんか気になる、こういうの嫌だなぁって思っておりました。
(っていう案件を実は今日ひとつやっつけたところ。)

で、そうだそうだと思って
セルフRASはわたし若干自己流なんでありますが(でもこれがおもしろい!)
さっきお風呂に入りながら
一人オーリング(これRASで教えてもらうものではなくって、精度も比較的低そうなんだけどねー)で、
持っていそうな信じこみをいくつか探して、解放してみた。

(注:RASはストレスの元になっている「信じこみ」をキネシオロジーで特定し、眼球筋運動で解放する技術です

そしたらね。

ポジティブ側の信じこみが一つ出てきた。
「有能だ」
っていうの。

ほほー!
(で、さっさと一人解放…RASのセルフケアやってみました。)


今日昼間に読んでいた本で(読み終わったらちゃんとご紹介しますね〜)
こんなくだりがあったんです

「〈儲かった〉という実感を得るためには、〈損〉を伴う必要があります。
〈損〉の体験なくして〈儲けた〉という喜びは生まれようがないからです。
ですから、儲けようと思ったとき、必ず儲かる話と儲け損なう話の両方を引き寄せてしまいます。
損するからこそ〈儲かった〉と心から喜べるわけです」


ほほー。そうか!
この世界はなにごとも陰陽両面でセットなんだもんね。
「有能だ」っていう信じこみは、それを証明する「無能」な状態も作り出し、引き寄せてしまうわけなんだね。

そして「〇〇であるべき」って強迫的になっていくのもそれで分かる気がするわ。

なんか腑に落ちた〜

と、いう気がしています。これRASのカテゴリで書いてもいいもんかしらね?
なんせ自己流の気づきかもしれないんですけど(* ̄m ̄)

posted by しろくま at 00:32| Comment(0) | RAS ストレス解放システム

2019年01月06日

「ボヘミアン ラプソディー」


ボヘミアン・ラプソディ --- ブライアン・シンガー/監督 ラミ・マレック/主演 英米合作 2018

もう観た〜? って何人もの人に言われて
ようやく
オットと一緒にみてきました
ちょうどいい時間が「胸アツ!応援上映」だったんで割合こわごわとでしたが

フツーの鑑賞回だったわ
最後にちょっと拍手が起きた程度(* ̄m ̄) でも
(観てた人みんな結構な大人ばかりでしたしね)
ライブのシーンはノリノリになっても気兼ねしなくてよくって楽しかった

役者さんがみんなそっくりで驚いた

前評判がよすぎたせいか?映画としては
「そんなにいいかな?」って思っちゃいましたけど
懐かしい名曲の数々、やっぱりQueenいいねー♪

わたしが当時一番好きだった曲はフィーチャされてなかったけどね!

I was Born to Love You
posted by しろくま at 16:11| Comment(0) | たまに観る映画のはなし

あけましておめでとうございます〜

Screenshot_20190101-172308_s.jpg
(facebookのCreative Evolutionより転載しました!)

あけましておめでとうございます

お正月のTVは地上波は面白くなくってBSばかりみてました。

マイケルサンデルの熱湯教室?熱血教室?(白熱教室でした。調べた〜)
in Greekみたいなのをやってて
いつもの教室での授業よりはずっと講義を受ける人が少なくて

生徒は年齢もいろいろ、キャラの立つ人が多くって

なんかね。鼻持ちならないような人っているじゃないですか
でも
ここでも終始そんな感じだった人が、
個人インタビューでふと「じぶんも裕福な家で育ったわけじゃない」みたいなことを話しだし

そんな瞬間がなんだかとても心に響きます


どんなひとも
精一杯の自分の人生を生きているよね
だから本当は見える部分でjudgeなんてできないよね
そう思えたら一人一人がいとおしいような気持ちになるよね

と、しみじみ思ったお正月でした

(そういえば3、4年前も中学生と話していてそう痛感したことがあったっけ。
blogに書いた気がするけどみつからない〜)

今年もどうぞよろしくお願いいたします
posted by しろくま at 02:43| Comment(0) | 日々雑感