2018年06月11日

完璧主義の謎が解けた(その2)改め 存在承認の世界のはなし(その2)

201607丹生川上神社_s.jpg
ふとアルバムを見ていたら出てきました、丹生川上神社(中社)
2016年の7月に訪れたときの写真です。
どこかの会社の方々がみえていて丁度、お祓いが始まるところで、椅子などが準備されていました。
馬だらけね♪

ところで。表題の件。

続きを何書こうと思っていたんだっけね、
そういえば、「意識承認」(これコーチングの用語のようですね?)もOK〜!なんていえば

もしかしたら
「考えただけでいいっていうの???」なーんて、疑問を持つ向きもあろうかと思いまして


でもさ。
いいとか、悪いとか、じゃないですよねー?
ただ、そう意識しました、っていう事実があるだけ。
そしてそれでOK!という。
そうしたらね、なんといいますか、自分の中の塊のようなものが溶けていって、
“上の方”とつながっていきやすい気がするんですよね。
で、結果うまくいく。

そういう経験が何度もわたしにはあります。(たとえばこれとか。これとか。)

そうそう
以前に読んだ本でこういうのを思い出しました。
「誰もが幸せになる、一日3時間しか働かない国」

「だれしもが自分のことを自然が生み出した傑作だと考えているし、仲間のことも同様に捉えてる」という
これ、まさに、存在承認の満ち満ちた国です。

それから、「たのしいムーミン一家」
へりくつ屋も文句言いも手癖の悪いのも
ぜーんぶ
愛すべき大切な友人。これも、存在承認の世界だわね


正直でないといけない
いい人じゃないといけない
っていう、ほら、↑こんな文章では日頃思い浮かばないとは思うけどさ
自分の心の中に、深いところに根付いている「考え」…

正直でないと愛されない
いい人じゃないと愛されない
有能でないと愛されない
いい人じゃないと価値がない
有能でないと価値がない……

極端に言うと(でも決して極端ではない)そういう「考え」ですよね
人生のどこかで(たぶんごく小さいときに)拾ってしまった、
そんなものが根強く自分の中の自分からも見えないところにある、ってことに気づかないうちは
(あってもよくって、気づいたらそれだけで自分を縛っていた鎖が緩むのよね)
こういう物語はちょっと心がざわついて読めないのかもしれません


先日ちょっとした気づきがありまして。
わたしたち7月にコーラスグループのコンサートをすることになったんですけれども
ランチ付き2000円のレストランでのコンサート。
もちろん私たちはアマチュアだし、お金をいただけるわけもなく、2000円は丸々、召し上がっていただくランチ代なのでありますが
みんなそれぞれ知り合いに声を掛けてきてもらおうね、集客しようね、っていうことで
わたしはどきどきしていましたけど、一方で頭では結構来てくれるんじゃないかとも思っていて
話したら、友人が5人もいくよー!って言ってくれて。

うれしかったー♡♡♡

で、お誘いするのにも結構どきどきしたんだけど
予約をもらってもまだどきどきしていたのです
なんだこれ?って、自分の胸に聞いてみたら
やっぱり来れなくなったらどうしよう……
とか…って思ってた。
でも、自分でもこれおかしいなぁって、同時に考えているのです
感情と頭は違うのであります
こんなに胸がどきどき、不安になる必要ないのにねぇ??おかしいねぇ??って。


わかったのでした
もし、集客できなかったとしても。
もし、〇〇できなかったとしても。
わたしの価値は、ぜーんぜん、まったく、減ったりしない(^▽^)/
そう思ったら、そう思い出したら、それだけで、とっても楽になった。

自分への存在承認。

就職活動でも
お仕事のセールスでも
ステージに立つ時でも。

もし、うまくできなかったとしても
わたしの価値は、ぜーんぜん、減ったりしない♪

そう思ったら
そう思いだした
きっと楽だし、リラックスできるし、パフォーマンスもきっと最高になるんだろうと思いますー!


「しんどいな」っていうことってホント大切なサインなんだね。
向き合えば、そこに必ず何かのヒント、人生の知恵があるね。
そう思えたある日の出来事でした。



posted by しろくま at 01:46| Comment(0) | 日々雑感

2018年06月08日

「こんぴら狗」


こんぴら狗(いぬ) --- 今井恭子/著 くもん出版 2017

これ面白かったわぁ! もったいなかったけど一気に読んでしまいました。
表紙はなんだか一昔前の感じなんだけど、去年の暮れに出たばかりの新しい本のようです。

むかし、庶民の娯楽がお伊勢参りだったりこんぴらさん参りだったりしたころ…
(もちろん娯楽というだけでなく願掛けも熱心にされてのことではございましょうが)

代理参拝、のなかにあろうことか、犬を!
犬を、飼い主のかわりにお参りに行かせる、っていうことが行われていたんだそうです
犬よ犬!!

首に、「こんぴら参り」と札をかけて、
初穂料と道中の餌代相当のお金を首につけた袋に入れて…


もうこれだけで半分くらい読めちゃうよね

思えば
昔の日本って、前にこれを読んだ時にも結構びっくりしたんですけど
道中の(ときに見知らぬ)人々の善意を信頼して何かを託すようなことが結構行われていて
しかもわりかしそれがきちんと届いたようなことで

これはイマドキは難しいような気がするね。
(逆に、犬の代参みたいなことは、SNSでフォローしたりされたりして話題になって案外うまくいくような気も…するけど…)

ええとようするにこれ(こんぴら狗、と呼ばれたそうです)は歴史的事実だそうで
この物語のエピソード自体はもちろん(調査に基づいた)創作でしょうけれども

お江戸から、
睦月くんという(どう見ても雑種の)わんちゃんが
道中いろんなことがありながら、3か月ほどで金比羅さんに行って帰ってくる…という話です。

どうも小さいことに引っかかってしまうのは同じく今日読み終えたこの本にもあったんだけどさ
作中では名前が漢字で書かれたのは命名時の一回だけで、
あとは全てカタカナで「ムツキ」って書かれ呼ばれるんですよねこのわんちゃん。

わたしの頭の中ではついつい「襁褓」に変換されるわけ。だってさぁ…
これは…… どうも具合が悪かったです(最後まで完全には慣れなかったわ)

最後の道連れの一行とのくだりもなかなかよくて。

大変面白かったです!

posted by しろくま at 23:18| Comment(0) | こどもの本

「ピッと宇宙エネルギーにつながる方法」


ピッと宇宙エネルギーにつながる方法 --- Lily Wisteria/著 リンダパブリッシャーズ 2017

この方の本は結構なぜか読んでしまう。(といっても2冊目ですが)

ところがね。
裏表紙(と文中にも)に、二重の虹の絵があるんですけども
これが明らかにアリエナイ絵なんですよねぇ(色の並びが反対…などなど)
これが私は気になって気になって

この本は挿絵も著者。
これはきっと、この人は実際に二重の虹を見たことがないか、
または(2重の虹自体は結構よく出るもんだしね)
見ていてもよく観察していないんだろうなぁと思います。

なーんて思っていたら、昨日みたTVでも(俳句を添削するやつ)
二重虹を詠んだ方がいて、そのときTVにでてた写真がやっぱり違うやつでした
(きっと画像処理の人が合成した写真なんだろうなぁ。本物使えよ〜!)
まぁ世の中こんなものなのかもね。

ともあれ
本は面白いのであります
内容の一つ一つ自体は、別にオリジナルでもなくて、どこかでどなたかもおっしゃっているようなことなんだけど
この本にはそれが絶妙な順番で並んでいて
しかも平易な言葉で書かれていて(これが一番すごいところかも)
なんだかすーっと入ってくるんですよねー

今回響いてきたのはこんなところ。

「一つひとつ、あなたが決めたことが形になります。
まずは、日々の小さな『決める』を大事にしていってください」


怒りのエネルギーを、行動のエネルギーに変える、っていうところでは
「怒りのエネルギーが向けられている矢印を、
あなたが本当はやりたかったことへと向けていくのです」
「サッと切り替えて、勇気ある一歩を踏み出していきましょう!」

「日々の小さなワクワク、小さなエネルギー反応に注目することです」
「あなたも小さなエネルギー反応をキャッチできる人になってください」


エネルギーの感じ方は
「空間のエネルギーを波形でイメージ」

「エネルギーをチューニングするために、その空間の波形と、自分から出ているエネルギーの波形のリズムをゆっくりと同調させてい」くのがよいそうです。

「『こわい』は、行動すれば『最高のワクワク』に変わりますので、ほんとうに心臓がドキドキバクバクしてこわいのは最初の一歩だけなのです」

だれかと対した時に、
「ふつふつと沸き起こるその感情は、あなたの内面で、まだクリアになっていない未解消で未解決な部分の表れです」
「目の前の、受け入れがたい人は、あなたの中の受け入れていない部分を見せてくれているだけなのです」

いや、ほんと、そうですよね… あらためてこういわれると、
あれとか、これとか、思いだしてしみじみと納得...
「気づいた瞬間から、世界は変わり、嫌な人との関係も劇的に改善されるでしょう」

そうそう、それから!
豊かさは、「お金」じゃなくって、お金と交換される「何か」。
「豊かさが、形を変えて循環する流れは、水とよく似ています」
お金を使って、何かを得たり、体験したりしたことで
「純粋に、貯金の残高が減った、増えただけで見るのではなく、生活の中に豊かさとして交換されているということに意識を向けましょう」
そして
地球上にはあらゆるところに豊かさが存在していて、それは決してなくなることがなく、形を変えて絶えず循環しているのです」
「手にしている豊かさに意識を向け始めた瞬間から、あなたのエネルギーの流れが変わり、
豊かな世界へと変化していくでしょう」
「あなたのもとにやってきた豊かさは、堂々と遠慮なく受け取りましょう」

これ、いい話やな〜〜

それから、
「お金や豊かさがやってくるには時間差があ」るという話。
人事を尽くして天命を待つ、やね。
そのタイムラグの間にあきらめないで!!
時間さを乗り越えよう!
と著者はいっています。

最後に、今回いちばんハッとして、しかも同じメッセージが他からも同時に来ていた件2つ。
ひとつめは
「今この瞬間に集中する」
先のことを心配したり、目の前のことを見ずに頭の中で答えを急いで出したりするのではなくて、
(これ、わたししょっちゅうやってしまいます)
「あなたが今この瞬間に集中できるようになったら、
その瞬間から、仕事が瞑想状態になるでしょう」


もうひとつは
『自分一人で頑張っている』という感覚を解き放つと、自分以上の力を発揮できるようになります。
『自分がやっているんだ』という自我の意識が強すぎると、『果たして自分にそんなことができるのか?』という不安も湧いてくるでしょう。
でも、私たちは常に宇宙とつながっていて、宇宙からのエネルギーによって動かされているのです」

前作でも強調されていましたが、
宇宙のエネルギーはLight♪ なんだそうですから

「『よし!頑張ろう』と思ったときこそ、逆に肩の力を抜き、心の力みも解き放ち、
リラックスする」
「愛のエネルギーは、決して頑張りすぎずに、ふわっとLightに贈りましょう」

「もし、これから自分がちっぽけに感じたときは、『大いなる宇宙が、私を通して何を表現しようとしているのか?』と自分の内側に問いかけてみてください。
もし、これから何かを行動する勇気が欲しいと感じたときは、『宇宙はいつも私に愛のエネルギーを贈っている。私は宇宙から応援されている』ということを思い出して、思い切って行動していきましょう」


おもしろいでしょう?
結構引用しましたけど、コレはわたしに響いたところばかりなので、
あなたにはまた別のところが響くかも。

ということで、しつこいですが、虹の絵以外には何も文句はないのであります。
(*´∀`*)
posted by しろくま at 22:52| Comment(0) | こんなん読みました^^

2018年06月05日

「あなたの中の神様が目覚める奇跡の神体法」


あなたの中の神様が目覚める奇跡の神体法 --- 万福たけし/著 祥伝社 2018

いつどこで買ったんだかちっともわからないんだけども(いや絶対にどこかで買ったはずだけど)
気がついたらうちにあったこの本。

丁度美容院に行くところだったので
これ(と、もう一冊)持っていった。鏡の前に座ってがっつり読んでます。いつも。

この本の教えは

「わたしの身体は、“神様が宿るもの”」
と考えて、自分の体を大事に大切にする
っていうことです
後半はボディーワークが載っています

この頃樟葉で有名な「ゆにわ」っていう食堂があるでしょう
(料理人の方が本を出していて、読みかけたけどどっかその辺に転がったままになってる)
この本の著者も「ボディヒーリングサロンゆにわ」っていうのをこの春開業されたそうで
これも樟葉。
(なんだかね、樟葉にゆにわ会みたいのがあるらしくってそんなホームページをさっき見ていました)
みなさん、「北極老人」っていうふしぎなおじいさんの教えを受けた方々のようです

ともあれ。
その北極老人の教えがこの本にも少し載っていました

老化しない方法。(55ページ)
(老化の)最大の要因は、人の意識が歳をとるから」

「『老けていく人と、ずっと若くいられる人、その違いはなんですか?』
『それは、身体に、“役割”を与えているか、いないか、の違いだ。

(中略)
晩年まで元気に農作業を続けるお百姓さんも決して珍しくない。
顔には特に役割をもたせていないから、しわくちゃになるかもしれないね。
けれど肉体には、野菜を育てる役割を与えられている。だから、老けないし、ボケもしない。

(中略)
顔にも、肌にも、筋肉にも、肺にも、腸にも、心臓にも、身体の各部位に役割を与えて、
寝ても覚めても、その意識を切らさない。
そうすると、老化は迫ってこなくなるのだよ』」


ほほー!

この本自体はすぐ読めます。
e-bookになってから買う、ってくらいでいいかもぉ。持ち歩けるし。
posted by しろくま at 23:55| Comment(0) | こんなん読みました^^

「犬ヶ島」


犬ヶ島 --- ウェス・アンダーソン/監督 アメリカ・ドイツ 2018

この監督の映画はそういえばたまーに観るんだけれども(これこれ
なんだかなんともいえないもやもや感というか粘着感というか引っかかり感があるのよね

今回は舞台は仮想(あくまでも!)日本のメガ崎市
冒頭から太鼓の演奏が始まったり
神主さんらしき人が神社らしきところで鐘をついていたりと
なんともいえない微妙なズレ感があってそれも妙にシニカルなんですけれども
まぁそれにしてもビジュアルの美しいこと。

そうよ。政治家って、こういうもんよ。振り回されてる私たちは、すっかりこんな体たらくよ。

そうそう、主人公のアタリ少年
わたしがアメリカにいた頃、(大昔)
「アタリ」っていう名前のTVゲームだか何だかがすごい人気だったわよ
(よく、「アタリって日本語でどういう意味ー?って聞かれたもんでしたわ)

あと、そうだった、字幕以外に文字がちょこちょこ(しかも小さく!!)書いてあったりして
それがすごーく面白そうなので
わたしはメガネを持っていかなかったことを後悔いたしました。


唯一叫びたいことはこれです

柴犬を出してーーーーー!!!!


↓これめっちゃかわいい
posted by しろくま at 09:42| Comment(0) | たまに観る映画のはなし

2018年06月01日

「流れのほとり」


流れのほとり --- 神沢利子/作 瀬川康男/絵 福音館日曜日文庫 1976

ということでつづきも読んでしまいました
ここでは作者(作中では麻子)が小学校高学年になっていて
女学校への入試に向かうところで終わっています

舞台は樺太の小さな村、内川。

もうこっちの方が断然好きだなぁ
やっぱり村では特別扱いのお嬢様なんだけれども
それに自分でも少しづつ気づいてきて、いたたまれないような思いもして。

思春期の入り口で
当時、日本の辺境であった彼の地には、いろんな事情のある人たちも流れてきていたでしょうし
そもそも日本人自体が今よりもっと
粗削りであったのだろうと思いますけど
そんなさまざまなこと、にんげんの美しくないこと、にも
と同時に、人がどういおうと美しいものがあることにも
直面して気づいていく。

読みながらなによりも
土地の空気感が…… わたしの生まれ育った町札幌に近いのが感じられて
もちろん
札幌市内よりもっとずっと自然がおおきく厳しいのですけれど

50年近く前の札幌を思い出しながら読みました
今ではきっと
ずいぶんちがうかもしれないけどね。

「おばあさんになるなんて」に収録されていた記念写真の
くだりなんかもあって
本棚からまた出してきて眺めたりしたのも楽しめました

勇くんとはどうなったのかな
たしか突然東京に転居になったんだったから… それ以降は一度も会えなかったのかなぁ
勇くんのその後も気になる^^


posted by しろくま at 00:57| Comment(0) | こんなん読みました^^

2018年05月29日

「銀のほのおの国」


銀のほのおの国 --- 神沢利子/著 堀内誠一/画 福音館書店 1972

というわけで、なんですか40年ぶりかと思いますが
読んでみました

なんかさぁ、予想通りお話は全く覚えていなくって
というよりあろうことかアンデルセンの「雪の女王」と記憶内でかぶっておりまして
(まぁだって、男の子と女の子が魔法の北の国に旅する話でしょう^^)
あれだよね、あの、男の子の目の中に氷のかけらが入って…

なーんて思っておりましたらぜんぜん違った。

主人公はたかし(とゆうこの兄妹)。
不思議の国に入っていく、その入り方がほんとーにドラマチック、劇的よね!

その世界では食うもの(青犬=狼)と
食われるもの(トナカイを筆頭にうさぎやらビーバーやら鳥やらリスやら…)が
覇権争いをしておるのですが

わたし個人的にオオカミだいすきなもので。
一方的に悪役に描かれているのがなんだか納得はいかないのですけど
(だって残酷で悪辣なのは人間であってオオカミじゃぁないものね。)

まあでも。

印象深かったのは
動物たちの喋る言葉が、まぁなんというか、やっぱり昔のこういう… 年代記ものっぽいというか…

それと
「食われるもの」が、現実の厳しさを理としてわかっているということね。

甘ったれ感の出ている妹キャラはやっぱりあまり好ましくない。(わたしには、ってことです)

でも
終わりに近づいたあたりの、ビーバー爺さまの、わが身を犠牲にした一世一代の太鼓のシーンは
感動して涙が出た。

やっぱりすごいファンタジーだなと思います

これを夢中で読んでいた当時のわたしは
何を受け取っていたのかなぁ。
まだ小学生だったのに夜の夜中もやめられず読んで読みまくって2時とか3時とかになってやっと読み終わったときの
感じはまだ覚えているんだけれども。


posted by しろくま at 00:28| Comment(0) | こどもの本

2018年05月26日

暮らすように旅したい


Geese Chase Alligator Across Golf Course

ガチョウが追っているのかワニが連れ歩いているのか……

わたしはなんだか、ハーメルンの笛吹きが頭に浮かぶんですけど。
このまま水に入って、食べられたりしないといいなぁ


ところで
今日も(すでに昨日か〜!)なんとも爽やかな一日でございました
まぁ日差しが強いので暑いくらいでしたが
日陰(家の中とか)でのんびりしていると本当に爽やか。昨日(もう一昨日)もそうでした!

こういうお天気の時って
無性に旅に出たくなるんですけどそんなことありません?

コーラスの練習の帰り道(その日もとんでもなく素敵なお天気で)「あー旅行に行きたいなー」ってつぶやいていると
「しろくまさん息子さんと旅行行ったばかりだよねー??」って言われて

なんというかハッとしました

そうかー
この人にとっては旅行ってたまに行く楽しみとかなんかもね。

わたしとは違うもんだなぁって
まぁ、人によって違うんは当り前よね

もっと日常寄りのもっと衝動的なものです。わたしには。


JAFの機関誌で特集していた西伊予もいいなぁ。

暮らすように旅したい
posted by しろくま at 01:38| Comment(0) | 日々雑感

2018年05月25日

「いないいないばあや」


いないいないばあや --- 神沢利子/作 平山英三/絵 岩波書店 1978

さきほども書いた通りこちらの本が「児童文学を読む会」のお題でした

でもねえ この主人公の橙子ちゃんというのがねぇ
6人兄弟の5番目なんだけれども、だから上のお兄さんたちにいじわるされたりするんだけども
そのたびにびちびちと泣くわけ まあそりゃぁしょうがないだろうけど

わたしには面白くないわけです
まあ長女ですから
小さい子でもただ泣いて甘えてるっていうのがなんだか胸がざわざわして腹が立つわけ

で、つまんなくなってこっちを先に読み……

でまあ、そうか、ご自分の思い出を名前だけ変えて書かれてるのねぇって
(ご自分以外は読みも全く一緒で漢字だけあて変えた名前ですけど)
で、そうやって流れが見えてくると(こういう人生のこの時期のことなのねって)
舞台は札幌だし、わたしの子どものころ(札幌時代)とそっくりなところもあったりで
こちらにまた戻ってあとは思いのほか楽しく読めました

(そうそう、遊び歌なんてね、
♪じゃんけんほかほか北海道〜♪ ですけど
もうほんとこれ、歌って遊んだわわたし♪ 神沢さんより40年以上あとですけども)

この小さい女の子が、まだ口も回らず頭も回らず
でも自分の中にいいたいこと言えないことをたっぷり溜めて大きくなったんだなぁって
そのはちきれんばかりの胸の内が、のちの神沢利子をつくったのだねぇって
今日(でした)読む会でみなさんと話し合ったことでした

そのあまったれだった女の子が
樺太に転居することになり、頼りにしていたばあやとも別れ
自分のことを「とこちゃん」じゃなく「あたし」って呼ぶようになる

そんな感動的なシーンで終わります

続きの本も借りてしまった〜


posted by しろくま at 14:12| Comment(0) | こんなん読みました^^

「おばあさんになるなんて」


おばあさんになるなんて --- 神沢利子/談 小島希里・志澤小夜子/聞き書き 晶文社 1999

神沢利子さんといったら、わたしには「銀のほのおの国」!!
小学生の時、夜寝るのも忘れて読みふけったのを覚えています
(その割に、内容は覚えてなくて、アンデルセンの「雪の女王」とごっちゃになっている…)

月一で集まっている「児童文学を読む会」のお題が神沢さんの「いないいないばあや」だったのですけど
なんか読みにくくて〜

で、こっちに手をだし始めたら面白くて先に読了したという次第。

この方のことよく知りませんでしたけれども
炭鉱の偉いさんのお父さんについて、日本全国あちこちに住み
その中で幼児のころ札幌に住んでいられたときのことが「いないいないばあや」に書かれているんだそうですが

この本はご自身のことを子どものころのことや、
家族…ご両親や兄弟や“ばあや”や居候の男の人のことや
結婚した後のご主人やお子さんたちのことや…

率直に語られていて面白かったんです

児童文学を書かれる方っていうのは
(もちろん皆がそうではないみたいなんだけども)
対象としての子どもたちを、まわりにいる自分やそれ以外の子どもたちというよりは
今でも自分の中にいる自分自身…… 小さい頃の自分…… にむけて書くものなんだなぁって
改めて思ったのでした

小さい頃から目をつぶるといろんなものが見える
それはすてきなものだったり怖いものだったり
自分の中を通してはるかかなたのクジラやそのほかの動物などと交歓することができる
この方の豊かな内面を育んだものはなんだったんでしょうね

小さい頃の環境や
豊かな感受性ももちろんだったと思うけど
案外(こどもの心にとっての)圧倒的な現実からの逃避的なことでもあったのかも

まあそのおかげで銀のほのおが読めてわたしなんかは幸せだったわけなんだけども



posted by しろくま at 13:46| Comment(0) | こんなん読みました^^